第3話「初めての敗北」-Chap.1

1.


 7月の終わり。夏の盛り。エネルギーに溢れた若者たちは限れられた青春を存分に謳歌する。

 この物語の主人公海条王牙は山地にある避暑地に旅行に来ていた。補習仲間の黄門銑次郎と浜松も一緒だ。

 午前10時ごろにバスが目的地に到着し、そこからホテルにチェックインする午後4時ごろまで、外でぶらぶら遊ぼうという計画だった。

 午後1時ごろ。旅行先の名物であるそばを昼食に食べた後、3人はホテル近くのテニスコートでテニスをやっていた。

「やっぱ涼しくていいなー、山の上は。俺らの地元って夏すげー熱いもんなー。」と言い、海条が黄門に向かってボールを打つ。

「あぁ。あんなクソ暑い中部活なんかやってらんねーよなーマジで。ホント部活やってるやつはスゲーよ。尊敬するわ」と黄門が浜松に向かってボールを打つ。

「まったくよ。いっそ夏の間はずっとこっちに居たいね。ま、そんな金があればだけど。」と浜松が黄門へと球を返す。

「おいおい。あんまりそう急ピッチに球を返すなよ。忙しいったらない。こっちサイドは俺一人なんだから。」と黄門は二人に文句を言う。

「ハハハ。いいじゃん。いっぱい動いてもらおう!」

「帰宅部なんだから、この機会にたっぷり運動しとけよー!」

と、二人は球速を緩めるどころか、前よりも早くした。

「待て待て冗談じゃないって!こんなの一人でさばききれねーよ。俺はプロテニスプレーヤーじゃないんだからな!」と黄門は焦って球を追うが、すぐに追いつかなくなった。


 そのような会話を交えつつひとしきり球を打ちあった3人は、まだチェックインまで時間があったのでホテルの近くの茶屋に入って休憩することにした。

 海条は団子、黄門は抹茶プリン、浜松は蜜豆を注文。

「なー、こんな時に出す話題じゃないんだけど、お前ら将来のこととか考えてる?」と浜松が切り出す。

「なーんだおまえー。ホントにヤな話題だな。考えてなんかないって。今を全力で楽しむ、が俺のポリシーよ。」と黄門。

「俺たち成績ダメじゃん。大学進学は向いてない気がすんなー。やっぱ卒業後は就職とかなのかな。どうよ、海条?」

「うん?俺もまじめに考えたことはないな。親はもっと成績上げて大学行ってほしいみたいだけど。でも俺高校出てからも勉強って絶対嫌だし。」

 高校2年生なら誰しもが抱く将来への疑問と不安を彼らもまた抱えていた。もっとも、大抵は笑い話になって終わるのだが。

「まっ、どっちみち学業にはもっと身を入れるべきだ、君たち!やっておいて損はないのだからね!」と黄門がふざけて言う。

「うわぁ、進路指導の教師風にいうなよ。腹立つな。」

「自分を棚に上げて説教すな!お前も頑張るんだよ!」と海条は黄門に突っ込んだ。


 休憩が済むと3人はホテルに入り、そのあとは温泉に入ったり、夕食を食べたり、卓球をしたりしてまったりと過ごした。


2.


 この国の、人里離れた場所にある岩で作られた建物。

 その建物は、ほとんど人の寄り付かない荒海のすぐそばにあった。

 薄暗い建物の中で怪人が5人、壁を切り出して作った椅子に腰かけて会話をしている。

「ジェリルまでもがやられた。今回は2体送り込んだのに。」と、怪人の一人が言う。

「死体回収班の報告によると、どうやら敵は覚醒して変身したらしいぜ。それであっさりやられちまいやがった。」と、別の怪人が言う。

「さて、こちらもさらなる対策を練らなければならんな。」と、また別の怪人。


 そこへ、ある怪人が入り口から入ってきた。

「貴様ら海族では役に立たんようだな。どうやら相手の戦士も海属性の力を持っているらしいが」

「ふん。空族のお前がやけにこちらの事情に詳しいじゃないか」と、海族のリーダー格の怪人が言う。

「我々としては、の捕獲よりもその戦士とやらに興味がある。みなが一度戦っててみたいと思っている」

 空族からの来訪者はさらにこう続けた。

「今日はある提案があって、こちらに参った。その戦士に姿を変える人間は今、山に来ている。山は我々のテリトリーだ。どうだろう、今度は俺たちがそいつを始末するというのは?これまで通りを捕獲しようとすれば、ヤツが現れる可能性が高い。そこを狙うんだ。」

「・・・いいだろう。我々海族は立て続けに戦士を失っているため、新たな戦士を目覚めさせる必要もある。今回はそちらのお手並みを拝見するとしよう」と、海族のリーダーは言う。

「決まりだな」空族からの来訪者は言うと、さっと立ち去った。


3.


 ここもまた、人里離れた山奥にある洞窟である。

 洞窟に人間が立ち入ることはまずない。バディア自身が人間やその他あらゆる動物も訪れないような場所を選んで洞窟を作ったのだ。

 その洞窟の奥深くで、バディアは次なる敵の出方を探っていた。

「海条は今日本の中央に位置する山に来ている。『トライブ』の連中が今お前を襲いに来ても、あやつはすぐに駆け付けられないぞ」

「大丈夫よ。この洞窟の中にいれば安全だもの。」そばにいるブレインが言う。

「洞窟の入り口とその周囲に結界を張ったからな。それに、この場所もそうたやすくは見つけられまい。いざという時は俺も居るしな」

「でも、ただ敵の侵入を防いでいるだけではダメなのよね。いずれは私たちもヤツらの本拠地に乗り込んで、根本から撲滅しないといけない。」

「その通りだ。だからお前もいつまでもここに居るわけにはいかない」

「そうね。戦士としての力を与えること、そして必要な時に戦士を支えることが私の役目。でも、私自身には戦う力がないから、襲撃には警戒しないといけない。」

「ふむ・・・なかなか難しいことだな。」

「・・・そうだ!私が海条と一緒に生活すればいいよ!」と、ブレインは突然声を張り上げた。

「なっ、何だと!?」バディアは驚いた。

「だって、私が海条と一緒なら、私が敵に襲われてもすぐに海条が戦えるでしょ。それに、近くにいればサポートもしやすい」

「・・・確かにいい案ではるが、・・・ヤツはまだ戦闘に関しては素人だ。そばにいても守り切れる保証はないと思うが」

「いいじゃない!何事も早いほうがいいでしょ。私すぐに彼のもとに行くわ!」

「・・・うむ・・・」バディアは頭を悩ませた。


4.


 学生なのであまり高いホテルには泊まらなかった。しかし、一泊一人当たり7000円で、風呂も夕食も申し分なく良かったので、3人は少し得した気分になっていた。

「いい湯だったなー。飯も美味かったし、卓球もできたし、部屋も3人入ってもそこそこ広いし、宿選びは成功だな。」と海条。

「うん。あとこれで、いい女がいれば・・・ね・・・。」と浜松が少し物足りなげにつぶやく。

「なーんだよ!あきらめてんじゃねーぞお前。ないものは、探して捕まえる!これ常識だろ。欲しいものは自ら探しに行かないと手には入れないんだぜ、少・年!」と黄門。

「わけわからないこと言うなよ。大体こんな初めて来た場所で、自分からアタックして女の子の知り合いがチャチャッとできたら苦労しねーって。」と海条。

「けっ、ヘタレが!いいか、あそこに女の子のグループがいるだろ?今からあそこに話しかけるぞ。」

 と、声を潜めつつ黄門が指さす先には女子大生5人組が座敷でくつろぎながら談笑していた。

「よし、先発浜松!女の子たちをナンパしてこい!」

「なっ、相手は女子大生だぞ。ハードル高いって~。」

「おーん?だめだな~お前、じゃあ海条おまえ行ってこい!いいか、例えばな、『よかったら一緒に卓球やりませんか~?』とか話しかけるんだよ。」

「さっきから黄門さん、人に指図してばかりで自分は傍観者ですかー?」

「おっ、俺はこの中で一番ナンパスキルがあるから、最終兵器として取っておくんだよ・・・。」

「ずるいですよー、黄門さーん。」

「そうだ!まずは黄門が行け行けー!」

 海条と浜松は、黄門を座敷へと無理やり押し込むように迫った。

「・・・わかったよ。お、俺が一流のナンパテクってもんを見せてやる・・・。」

と、黄門は明らかにナンパに不慣れな調子で女子大生グループに近寄って行った。

「あ、あ、あ、あのぉ、すいませ~ん・・・。ももも、もし良かったら僕らと、たたた、たっき・・・」誰が見てもたどたどしい。


 その時だった。

「おい!この近くの旅館で、謎の怪物がでたらしいぞ!」宿泊客の一人が大きな声で言った。

 それを聞いた宿泊客は、一斉にその旅館に向かって行った。

「おい、聞いたか!?海条、謎の怪物だってよ」と浜松が信じられなそうに言った。

「何?」そのとき海条の頭を1万分の1の確率がよぎった。

「見に行こうよ!俺らも」

「ああ!」

 二人は黄門を置いて、怪物の出たという旅館へと走った。


5.


 その旅館の周囲は人集りができ、大騒ぎになっていた。怪物とやらを一目見たいという人々、旅館から逃げる宿泊客。

 海条と浜松は現場に着いた。

「なあ、怪物ってどんなのだろうな・・・」と浜松は好奇心と恐怖が混ざった表情で言った。

「さあ・・・」海条は、ある可能性を頭に巡らせながら、上の空気味に答えた。

 その時、旅館の入り口から必死の様子で逃げ惑う多くの人々が出てきた。

 その少しあと、この世のものとは思えない姿の怪人が中から姿を現した。

 それは、蜂の姿をした怪人だった。

「海条!なんだあれ!?」浜松は叫んだ。

「・・・!」海条は自分の予想が当たり、すぐにこれから取る行動の流れを考え始めた。

「浜松!逃げるぞ!」と海条は言うと、二人は逃げ惑う人の流れに乗って逃げ出した。

 途中、海条と浜松は人の流れによってばらばらに離された。しかしそれは海条の計画通りだった。浜松は海条を見失ったことに気づかず逃げることに集中していた。海条は方向転換して、旅館へと戻っていった。


 旅館の中にいた人には、怪人によって殺された者もいた。旅館の中と周辺にはもう人はいなかった。海条は旅館の周りを徘徊する怪人の前まで来た。

「おい!」海条は怪人に向かって怒鳴った。

 怪人は振り向いた。

「お前!俺やブレインを狙っているんだろ!だったら関係のない人の命を奪うな!」海条は怒気を含めて怒鳴った。

 怪人にその言葉が通じたかどうかは分からなかった。怪人は海条にゆっくりと近づいた。

(もしやこいつが、例の戦士・・・。戦う力を得た人間なのか)と、怪人は思った。

 海条が闘争心を高めると、瞳が紺碧に輝きだし、手には大剣が現れた。

 両者はゆっくりと間合いを取る。そして、同時に互いに向かって走り出す。

 海条が剣を縦に振るうと、蜂の怪人は腕に付いた大きな針でそれを受け止めた。

 次は剣を横に振るうと、やはり腕でその攻撃を受け止めた。怪人の針はとても頑丈だった。

 これまでとは違って攻撃に手ごたえがないことに海条が少し戸惑っていると、怪人は腕の針で海条に攻撃してきた。

 とっさに腕で受け止めると、海条の生身の腕はいとも簡単に針に貫かれた。

「ぐあぁぁっ!」海条は激痛に叫んだ。傷口からドクドクと血が流れた。

 左腕が使えなくなっても右腕は使える、と海条は剣を両手から右片手に持ち替えてやみくもに振るった。

 しかし、両腕のときよりも威力が劣り、怪人は悠々とそれを避けた。気づいたら左腕の感覚は無くなっていた。針から分泌された毒が回り始めたのだ。怪人はとどめを刺そうと腕を構えてゆっくりと近づく。

(変身だ・・・!)海条は闘争心を再び高めた。

 海条の体は強い青い光に包まれた。次の瞬間、紺碧の戦士の姿に変わった。

 左腕の感覚がかすかに戻ったので、ふたたび剣を両腕で握りなおした。戦士は、それまで以上の力で怪人に剣を振るった。

 罪のない人々を犠牲にさせない。その一心で。

 とどめを刺そうとしていた怪人は、海条の変身に一瞬迷いを見せた。戦士はその隙をついて全力を振るって、一気に何度も切りつけた。

 怪人は身を縮めた。戦士は再び一気に何度も切りつけた。怪人は倒れこんだ。戦士は倒れた怪人の上に立ち、一息に刺し殺そうと剣を構えた。

(まずい、やられる!)怪人は渾身の力を振り絞り背中にある羽をはばたかせて飛び立った。そして、遠くのうっそうとした森のなかに姿を消した。

 海条にはもうほとんど力が残っていなかった。たちまち変身が解かれ、剣が消えた。海条はその場に倒れこんだ。


 10分後、バディアとブレインが倒れる海条の前に姿を現した。

「一足遅かったか・・・」

「海条!大丈夫?しっかりして!」

 二人は駆け寄り、バディアが海条の体を担ぐと一瞬にしてその場から姿を消した。


第4話へつづく

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