ΩRGA -海の戦士-

ダミアン・モラレス

第1話「海の戦士、誕生」-Chap.1

1.


 この物語の主人公は、とある一人の少年である。名は海条王牙うみじょうおうがという。高校2年生、17歳である。

 その海条は、夏の夜の海辺を歩いている。何か目的があって歩いているのではない。明日の期末試験に備えた勉強に疲れ、ちょっと気分転換にと思って、近所の海岸をぶらついているのだ。

 彼の住む町は、海沿いにある。漁業が盛んであるし、毎年それほど人は集まらないが海水浴場もある。海条も幼いころからこの町の海に親しんできた。

 勉強は嫌いで、学校の成績も振るわない、しかし親しみやすく友達も多い、そんな至って普通の少年である彼に、ある日突然、非日常的な事件が襲い掛かる。もしその事件が起きなければ、彼はこれから先も平凡な少年であり続け、この物語が書かれることもなかったであろう。


 同じとき、その海岸から10kmほど離れた海辺で、事件は起きた。海岸で仲睦まじく夜の海を見つめる1組の若い男女があった。二人が幸せな時間に浸っていると、突然、海からイカの姿をした人型の怪人が現れた。男女は目の前に現れた怪人を見て、悲鳴をあげ、恐怖にふるえた。怪人は、逃げる隙も与えぬまま彼らに襲い掛かり、十数本はあるだろう触手で捕らえ、海の中へと引きずりこんだ。それまで、何事もなく海岸にいた男女は、一瞬のうちに海の底へと姿を消した。


2.


 明くる朝、海条は学校に向かった。いつもなら晴れやかな気分で迎える朝も、今日はやや憂鬱な朝である。

 今日は期末試験の初日である。科目は、数学、理科、英語。普段は一切家で勉強することのない彼であるが、試験の前日だけはわずかながら危機感を覚え、勉強に取り組もうとはする。しかし、それまで勉強をおろそかにしていたツケがまわり、到底1日で終わるとは思えない勉強量を目の当たりにし、やる気を失う。しかしそれでもと、ありったけの根性を振り絞って取り組み始めるもすぐに内容が理解できなくなり、投げ出してしまう。定期試験が訪れるたびにこのようなことを繰り返すのだ。よって当然、今日も準備と呼べる準備はしていない。

「ああ・・・どうせまた今回も赤点で補習だ。中でも今日は特に苦手な数学と英語ときた。こりゃあ、補習確定を前提にして、その後のことを考えたほうがいいかもな。」

「なんだよ。お前の赤点祭りは今に始まった話じゃないだろ?何を今更落ち込んでんだ。」

 と、慰めにもならない言葉をかけるのは、同じクラスの黄門銑次郎こうもんせんじろうである。かくいう黄門も赤点常習者であり、海条とともに補習を受ける仲である。

「はぁ、バカにはバカの友達がくっつくっていうけど、まさにこのことだよな。いやまて、お前とつるみ始めたことで、俺はバカになったのかも!?」

「いーや待て海条。勘違いも甚だしいぞ。お前は俺とつるむ前からバカだったはずだ!絶対。」

「そういやそうだったかも。」

「おうよ。1年の時も同じクラスでよう、初めての定期試験で一緒に補習になってさ、そこで仲良くなったんじゃんか。」

「・・・俺とお前は、初めから今に至るまでバカつながりだったんだな・・・今思うと。」

 そんな会話が登校中に続いていた。そして二人は、案の定テストの解答用紙を半分白紙状態、半分を当てずっぽうで埋めた状態で提出したのであった。


3.


 テストが終わり、海条は帰路についた。普段なら、何人かの友人たちとゲームセンターなどで遊んで帰るのだが、この日は2日目の試験勉強をしなくてはと、やはり危機感だけは抱いたためだった。帰り道、彼はいつも海岸の前を通る。海へと落ちてゆく夕日を見ながら帰るのが習慣だった。

 (明日も試験だけど、どうせ家帰っても勉強しない気がする・・・。あーだるい・・・。)

 と、沈鬱な気分になって海を眺めていると、浜辺を歩く一人の少女を見つけた。年齢は15歳くらい。彼女も海岸線へと落ちていく夕日を眺めていた。

その時だった。海の中からイカの姿をした怪人が突然現れ、浜辺に上がり少女へと向かってゆっくりと近づいた。

 普通の人間なら恐怖のあまりその場にへたり込むところを、少女はすぐに状況を理解したようにとっさに走って逃げた。怪人も走って追いかけた。しかし、怪人の方が足が速く少女はすぐに捕まってしまった。

 その様子を見ていた海条は、瞬時に少女を助けたいと思った。しかし、少女に襲い掛かっているのは海条はもちろん、世界のあらゆる人間が遭遇したことの無いような、奇怪で剛腕そうな怪人である。彼は、一瞬恐怖を感じ、ためらったが、次の瞬間には少女へと向かって駆け出していた。海条はとても正義感の強い人間であった。

 怪人へと掴みかかる。しかし、怪人の体は想像したよりも頑丈で、人間の素手での攻撃ではびくともしなかった。海条が殴り掛かっても全く倒れず、彼の拳を痛めるだけであった。それでも、海条は果敢に殴り掛かかった。少女を助けたい一心で。

 やがて怪人は、ターゲットを少女から海条へと変えた。海条の始末を優先したのだ。今度は怪人が少年に殴り掛かった。海条が怪人を殴るのとは真逆に、海条の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。体に痛みが走った。怪人は再び殴った。海条は今度はすぐに起き上がれないほど痛みを覚えた。怪人はとどめを刺そうと、あおむけに転がる海条の体を足で踏みつけ、触手が何本も生えた腕を構えた。海条は、もうおしまいかと思った。大けがを負うか、下手すれば死ぬと思った。

 様々な人間が死を覚悟したときに走馬灯を見る如く、彼の体感時間は大きく引き伸ばされ、様々な思いが駆け巡った。

 その時、少女は紺碧の石を少年へと向かって投げた。その石は見事少年にぶつかると、少年の体に吸い込まれていった。次の瞬間、海条の目は石と同じ紺碧に輝き、体中に力がみなぎるのを感じた。

 怪人が何本もの触手を蠢かせながら振り下ろした腕を海条はサッとよけ、さっきまでの痛みがうそかのように立ち上がった。少年の心に消えかかっていた闘争心に再び火がついた。すると、彼の右手に自分の背丈よりも長い大きな剣が現れた。その剣は、少年へと取り込まれた石と同じ紺碧にやや黒味がかかった色をしていた。

 少年は、最初その剣の出現に驚いたが、瞬時に扱い方を理解した。同時に戦い方も理解した。怪人が再び少年に向かって襲い掛かってくると、少年は剣を横向きに大きく振り、怪人を切りつけた。切られた怪人はうめき声をあげ、数歩後ずさった。 再び少年は怪人を切りつけた。今度は斜めに。怪人は再びうめき声をあげ、身を縮めた。さっきとは打って変わって、海条の優勢となった。海条は何度も怪人を切りつけ、先ほど自分が怪人にとどめを刺されかけた時のように、怪人を追い込んだ。

 とどめだ!と思ったその時、海条の体から青い光が立ち上り、剣も青色に光った。海条は、通常ではありえないほどの跳躍力をもってして、3mほど飛び上がった。そして空中から落ちる勢いで、あおむけに倒れる怪人の体にグサリと剣を刺した。怪人は、大きなうめき声をあげて爆発した。爆発のそばにいた上条は、不思議な青い光の力に守られて無傷だった。


 戦いが終わると、すぐに青い光と剣は消えた。いつの間にか海条の中の闘争心も静まり、穏やかな心に戻った。

 海辺には海条と少女だけが立っていた。日は間もなく沈み切ろうとしていた。二人は互いに見つめあった。

 海条はつぶやいた。「君は一体・・・?」


第2話へつづく



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