第38話「復讐の始まり」-Chap.10


1.


 王族のメンバーをすべて倒す。

 その決意を胸に、ふるさとを離れた矢倉蹴人。

 だが、出発してすぐに困ることがあった。

(王族の城ってのは一体どこにある?)

 ブレインは、城の場所については説明しなかった。かといって、今更彼女に聞きにいくわけにもいかない。なにせ、ブレインとバディアには知られずに動しなければならないから。

「何か手掛かりはないか・・・」

 ところで、これから想像を絶するほどの長旅になるかもしれないというのに、矢倉は手ぶらである。荷物は、時計に財布、携帯電話、それにクラッチバックの中に入ったわずかな小物である。服装も何の耐久性もないちゃらちゃらした普段着である。とても強大な敵に立ち向かおうとしているいでたちではない。

 とにかく抜けている。戦うという意欲ばかりが先走って、用意も計画性もない。

「その辺のヤツに尋ねても知ってるわけねーしなぁ」

 などとつぶやきながら、とりあえず隣の市まで歩き、街の中心にある駅に向かった。車も原付も持っていない(そもそも免許をもっていない)ため、遠出をするには電車だな、と考えたのだった。

(いっそのこと、またメンバーが現れねーかなぁ。とっちめた後に、城の場所を聞き出せそうだからな)


 駅に着いたときには、昼近くになっていた。朝や夕方のラッシュに比べて駅前は人が少なく、静かである。

 矢倉は東口から駅の中に入ろうとした。だが、ロータリーであるものに目を止めた。

 男が一人、ベンチに座ってかがでいる。ベンチのそばには街路樹が一本生えていて、その真下にカラスが10羽ほど集まっている。よく見ると、男はそのカラスに餌をやっていたのだった。男の風体はと言うと、髪はクセのついた長髪で、口元にひげを生やし、黒のズボンに黒の丈の長い上着を羽織っている。年のころは青年といったところである。見方によっては都会風の男にも見えれば、あるいは浮浪者に見えなくもない。

 奇妙な光景である。

 そばを通り過ぎるときあまりにも目立つその男に目を奪われたが、関わらないことに決めてさっさと駅の中に入ろうとした。

 だが、予想外にも男の方から声を掛けてきた。

「君、俺がおかしく見えるか?」

 男は矢倉の視線に気づいているようだった。餌をやりながら矢倉の方を見た。矢倉は立ち止まった。

「カラスってのは、しぶとくて利口な鳥だからなぁ。人間が作り上げた街の中でもたくましく生きていく。ゴミなんかを漁ってな。だから人間がわざわざ餌なんかやる必要はないんだけど・・・」

 餌を全部放り投げると、男は体ごと向き直った。

「こいつらは俺の相棒だから、こうして可愛がってんだ」男はフッと笑って見せた。

「あ、そう」

 話を聞くとなおさら変な人間だと思い、そそくさとその場から離れようとした。

「おいおい、待てよ」

 離れていく矢倉に男は小走りで近づいた。そしてポンと肩を叩いた。

「君の行きたい場所、俺は知ってるぜ」

 背後から話しかけると、矢倉は厄介そうな顔をして振り向いた。

「何?」

「王族の城」男は少し声を潜めて言った。

(まさか・・・)「キサマ、メンバーか?」矢倉はさっと男の方を向くと、心の中で身構えた。

「まあそんなところだ。でも君と戦うつもりはないぜ、カリダ」

 「カリダ」、という言葉を聞いて矢倉は驚いた。これはブレインが、矢倉の変身する戦士に付けた名である。

「お前、なぜそれを?」

「俺は情報通でね。君のことに関して知っているのは、それだけじゃないぜ」

 次に出てきた言葉に矢倉は度肝を抜いた。

「王族を潰そうとしていることもな」

「なっ・・・!なぜ知っている!?そのことは、ほとんど誰にも言ってないぞ!!」

 フフン、と男はからかうように笑った。

「ブレインから聞いたんだよ。君がそうしたいと言ってたって。その場では、あきらめたふりをしていたようだったけど、俺はいずれ君は行動に移すと確信していた」

(コイツ・・・ブレインとも知り合いなのか!それにしても・・・)

「なぜそう確信した?って顔してるな。クククッ。それはね・・・うまくいえないけど、男ってそういうもんだよなーってところ?」

 話を聞けば聞くほどおかしな男だと思った。

「さぁ、そんなら早速案内しよう!ヤツらのところへ!言っとくけど、いくら電車なんかで走ったってたどり着きやしないぜ」

 言い終わると、男は指をぱちんと鳴らした。すると、男の足元に群がるカラスたちが矢倉の周りに円を描くように並び、彼を足元から持ち上げた。

「なっ!!」ただの鳥とは思えない規則正しい動きと剛力さに、矢倉は驚いた。

「出発だ!!」

 男の背中から黒い翼が生えて、空へと飛びあがった。つづいて10羽のカラスの上に乗った矢倉も空に舞い上がった。

 二人はあっという間にはるか上空に上がり、街は箱庭のように小さくなった。

 矢倉を乗せたカラスたちは、急降下するジェットコースター並みのスピードで飛び続けた。

(こ、こいつらただのカラスじゃねえ!)

 その前方を飛ぶ男が顔だけ後ろを向いた。

「ふふん。どうだ?俺の相棒たちは優秀だろう?気持ちいいし、スリル満点。最高のフライトだろ?」

 最初は、振り落とされやしまいかとハラハラしていた矢倉も、徐々にスピードに慣れてきた。やがて、眼下に街や森は見えなくなった。周りは四方が雲に囲まれていた。

「ずいぶん高く飛ぶんだな」

「ヤツらの城はな、まず人間がたどり着けないはるか空の向こうにあるんだ」

 気圧が地上よりもだいぶ小さくなったようだ。耳の奥がツーンとする。

「だが、これだけとばしていればあと2時間ほどで着くだろう。もう少し辛抱してくれ」

 矢倉はある疑問が浮かんだ。

「場所を知ってるってことは、お前も王族なのか?」

 男は笑った。

「ハハハハハ!いやいや、俺が王族だったらこうしてお前を案内しやしないよ。・・・いろいろ苦労してね、居場所を突き止めたんだよ」

 矢倉はとりあえずその答えに納得した。


2.


 そうこういしているうちに、二人は地上約一万メートルの位置にはあるまじき、明らかに何者かによって作られた石の地面に着地した。その地面の周囲は不思議と雲がなく、青空が広がっていた。

「着いたぞ。降りろ」

 男は翼を背中に戻した。矢倉もカラスから降りた。地に足をつけてもなお、ふわふわした感覚が残っていた。

「見ろ!あれが城だ」男は飛んできた方とは逆の方向を指さした。

 矢倉はその方向に目を向けた。石畳の地面がつづくずっと先に、厳かなる錆びた鉄の色の建物がそびえたっている。

 まさに「城」と呼ぶにふさわしい佇まいだった。

「あれが・・・」

「そう、あれだ」

(この世にこんな場所があったのか・・・)今立っている場所がはるか空の上にある、その事実だけで十分幻想的だった。

「済まないが・・・」

 男の声で、夢の中に居るような感覚から引き戻された。

「何だ?」

「俺が付きあえるのはここまでだ。この先は一人で行き給え。俺はまだ地上でやらなければならないことがあってね。その・・・」

 言葉に詰まるも、低い声でつづけた。

「万が一、ここで死ぬわけにはいかないから・・・」

「いや、これで十分だ。居場所さえわかれば、あとはカンタンだ。一人でやれる」

「健闘を祈ってる」男は矢倉の肩をたたいた。


 男とカラスは、すぐさま地上へ戻っていった。矢倉は、一人城に向かって歩き出した。

 歩きながら、男が言っていたあることが頭にひっかかっていた。

(万が一、ここで死ぬわけにはいかない・・・か)

 その言葉は、これから立ち向かう敵の強力さを思わせた。しかし、その強さというのは、まだ彼の想像の範疇での話だった。

 実際は、そんな程度ではなかったのだった。


 城の周りに広がる石畳。それは、城を中心とした半径1kmほどの円形になっている。敷き詰められた石と石の間からは草が生え、長く伸びたものもあれば短いものもある。生い茂って草むらのようになっているところもあれば、まばらなところもある。そしてところどころ樹木が立っていた。ただし、それは林のように密集しているわけではなかった。そして、はるか上空にあるせいか台風のように風が強い。

(ところで、さっきからどこを見渡しても敵はおろか生き物ひとついないな。本当にこんなところにメンバーがいるのだろうか?)

 不審なものが接近している、ということでいつ敵が襲ってきてもおかしくないと身構えていただけに、その光景が不気味だった。

 そしてごくあっさりと、城壁のそばまでたどり着いた。

(向こうが来ないなら、こっちから入ってやるぞ)

 変身し、入り口を探すことなく、手にした三又の槍で外壁を砕いた。

 カリダの体は、興奮に打ち震えた。

「復讐の始まりだ!!!」


第39話につづく


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