第39話「王の目覚め」-Chap.10
1.
時間はおよそひと月まえに遡る。
王族の城にて。
「パ=ナトムも、ワイヤ=ドリュークもやられた。それも脱走者と脱走者によって作られた訳の分からぬ戦士によってだ!」
騎士階級のメンバーが集う一室。他よりも一際背の高い一体のメンバーが嘆いた。
「予想外のことだ!王族のメンバーとあろうものが、何者にも負けてたまるものか!」
「ナトムもドリュークも我々に劣らぬ力の持ち主だった。次そいつらと我々が戦うとすれば、やはり危うくなるな」別のメンバーが言った。
「ならば、そいつら一体につき、我々は二体一組で戦えばよい。まだ7体もいるのだから、問題はない」さらに別のメンバーが言った。
「そんな戦い方ができるか!王族としてのプライドが許さないぞ!」先ほどの背の高いメンバーが怒りを含んで言った。
「だがそれでは・・・」
「私ならできる。たとえ一人だって勝ってみせる。確か脱走者の作り出した戦士の中に、まだ一体だけ戦っていないヤツがいるだろう。私がそいつを狩りに行く!」
「みすみすやられにいくのか」
「なんだと!」
口論のさなか、部屋の扉が勢いよく開かれた。
中に入ってきたのは、貴族階級のメンバーだった。
「緊急事態だ!」そのメンバーが強く言った。
「何事ですか?大臣」
大臣とは、王の護衛を担う戦士のことである。
「陛下の御霊が突然目覚められた!任務はいったん中止だ!皆の者、速やかに「天上の間」に集まれよ!」
「天上の間」は、城の最上部にある城内で最も広い一室である。王族の頂点たる「王」の体を収めた棺と、その魂が眠る水瓶が置いてある。
そして特別な場合を除き、この部屋に入ることが許されるものはただ一人、「天母(てんぼ)」と呼ばれる者だけである。王族の中のいる者のほとんどが怪人体である中、この天母は数少ない人間の姿を持つ者である。とても若い女で、顔つきは大人のようにも少女のようにも見える。魔女が着るような黒いマントを身に着け、髪は金色の長髪である。
王の霊魂が宿るべき肉体はかつての戦いで打ち砕かれ、現在修復の最中にある。天母は、この肉体の修復、そして霊魂の管理を担っている。霊魂の管理、というのは要は王の御霊の様子を常に観察し、機嫌を損ねることの無いよう必要があれば意思疎通を図る、というようなことである。
瓶の中の青白い水の中で眠る霊魂は、それまでは至って穏やかで安寧を保ってきたのが、その日になって急に不安定になりだしたのだった。
(今日は珍しく落ち着かれないご様子)瓶の中を覗きながら、天母は思った。
その時、瓶の中の水が突然天に向かって柱のように噴き出した。天母は驚いて後ろに倒れた。
「へ、陛下・・・」
王の霊魂は目に見えないものだが、青白い水はまるで意識を持つかのように集まって動き、やがて一つの球体となった。
その水は、声を発した。電子音のような声を。
「タイクツニタエカネタ。カラダハマダカ」
「はい。しかし、あと少し、あと少しで修復が終わります。なので、もうしばしご辛抱を・・・」
「イマスグダ。イマスグオレヲカラダニイレロ」
「いけません!今の状態で入られたら、またすぐに壊れてしまいます!」
「ダマレ。イマノママジャナニモデキヤシナイ。カラダヲテニイレテハヤクアバレタイ」
「そうおっしゃらずに!ね、あと少しして、お体が元に戻られたら何をいたしましょう?今からそれを考えられてはいかがでしょうか」天母は、必死に霊魂の機嫌をとろうとした。
「コロスニキマッテイルダロウ。コロス。ダレデモイイカラコロス。コノテデナ。ソレガイチバンノタノシミダ」
「さようでございますか。陛下は血気盛んで何よりでございます」
霊魂は少し黙り、再び声を発した。
「ソウダ。イマスグ、オレガフッカツシテスグニ、タタカウアイテヲツレテコイ、ココニ」
「戦う相手を!?今すぐに!?」
「ソウダ。イマスグダ。オレノイウコトガキケナイノカ」
「は、はっ!今すぐ、今すぐそのようにいたします」
ご機嫌をとろうとしたのが、かえって裏目にでたのだった。
以上のような経緯があり、天母は緊急で全メンバーを天上の間に集めたのだった。これは特例のことだった。
集まったメンバーはみな、王の霊魂の前に跪いた。
(ほ、本当に・・・陛下の御霊が飛び出しているぞ・・・。何が起こることやら・・・)メンバーはみなそう思った。
「以上申した通り、陛下は復活してすぐに戦いたいと仰せられる。そこで皆の者に通達を言い渡す。現在遂行中の脱走者の始末についてだが、その者たちを始末せず生きた状態で城へ持ち帰るように。そして捕獲した脱走者は陛下の相手とする。以上だ」天母はメンバー全員に言い放った。
「はっ!!」
と、メンバーたちが返事するや否や、
「ソレデハダメダ」王の霊魂がその場を一刀両断した。
「!!?」その一声に一同は凍り付いた。
「コノオレニ、タタカウアイテガヨウイデキルマデ、マテトイウノカ?イヤ、マテンゾオレハ!!・・・アァ、ナンダカ、イマスグタタカイタクナッテキタ。ソウダ、イマスグヤルゾ!コンナニイルジャナイカ、コノバニ!ダレデモイイ、オレノアイテニナレ!!」
「へ、陛下・・・何を!?」天母はうろたえた。
「ウツワナンカナンダッテイイ!・・・オマエダ、オマエニキメタ!!」
言うや否や、霊魂は一人のメンバーのもとに飛んでいった。そして、そのメンバーの体の中にスウッと入り込んだ。
「ぐあっ・・・ぐあああああっ!!!」
霊魂に体を支配されたメンバーはもがいた。その周囲にいたメンバたちは一歩後ずさった。
「ぐぁ・・・ふっ・・・。あぁ、久しぶりの感覚だ。もう待てやしないさ、俺の体の復活なんて。さぁて・・・」体を手に入れた王の霊魂の声からは、電子音のようなノイズが消え、深い闇のような低い声だけが残った。
「ひぃ・・・」体を手に入れた王を見て、周囲のメンバーたちはより一層距離をとった。
「誰が相手をしてくれるんだ?ん?」王は、おびえるメンバーたちをぐるりと見渡した。
「陛下、どうかお気を確かに・・・」天母はふるえながらもなだめるように言った。
「黙れ!!!何年間も俺を窮屈な瓶の中に閉じ込めた意地悪めが!!」天母の方を向いて怒声を放った。
再びメンバーの方を向くと、
「キサマだ。キサマが相手になれ!」一番近くにいたメンバーの一人の腕をつかんで、自分の方に引き寄せた。
「ひ、ひぃぃぃ・・・ど、どうかご勘弁を!!!」
「フハハハハハハハハハハハ!!!!!」おびえる相手の嘆願に耳を貸さず、わずかな猶予も許さずに、王は相手の顔面を思いきり殴りつけた。
天上の間は一気に大騒動になった。
2.
復讐に燃える心を胸に、城の外壁を打ち破った戦士カリダ。中に入ると、そこは薄暗く、何やら薬品のようなにおいのする部屋だった。大理石のようなものでできた台が並び、そのうえにはガラス製の試験管やらフラスコやらが所々置いてある。その中には緑やピンクの液体が入っている。何かの実験室のようだ。
「誰かいるか?」カリダのマスクに隠れた矢倉蹴斗の目は鋭く光った。
「いるともさ」返事はすぐに来た。中が薄暗く、そこに誰かが居るのを認識できなかった。しかし声のする方に目を凝らすと、確かにそこに人影があった。
それは人間の姿をしていた。男だった。背が高く、少し茶色みがかった髪をオールバックにし、顔立ちはシャープで整っており、色白ながら少しも女っぽくはなく、黒の上下に白衣を羽織っている、そんな見た目だった。
男は実験台に浅く腰掛け、長い脚を持て余している。
「キサマ、王族のメンバーってことで間違いないな?」
「だったらどうするのだ?」
「即座にぶっ潰す!!」
「ククク・・・」白衣の男は体を曲げて笑い出した。
「ハッハッハッハッハ!!!」顔を天井に向けて高笑いした。
男は台から腰を上げるとカリダの方に向かってきた。
「ククク・・・いずれ君がここに来ることは分かっていたさ。だから、いつでも君の相手をできるように準備していた。そして君はこの俺に殺される」
「たわごとをぬかすな。殺されるのはテメェの方だ」
「王族の恐ろしさを知らずにここまで来てしまった者は哀れだ。いつもなら、そんな者には己の無謀さを思い知る程度に痛めつけて返すのだが、君の場合は扱いが変わってくる。君はおたずねものだからね」
「俺からすれば、この城に住まう連中はみな抹殺の対象だ。お互い様ということだ」
「ハッハッハッハッハッ!!我が王族のメンバーを皆殺しにするだと?笑わせてくれるな。残念ながら、君はこの部屋より先には進めんよ」
「!!!」ここでさらにカリダが反論。とはならず、代わりに三又の槍が相手の胸部に向かって突きだされた。
しかし、男は不意を突かれるも、突き出された槍の刃先を自分の体に当たる寸前で受け止めた。
その受け止め方が普通ではなかった。攻撃を受け止めたのは、男の腕でも脚でもなく、突如現れた銀色のシールドだった。男はそのシールドを手に持っていない。宙に浮いたまま、男の前にあるのだ。
「何!?」その怪奇現象にカリダは驚いた。
「もう話はおしまいかい?血の気の多いことだ」
カリダは槍を引いた。同時にシールドは、液状に変わり男の手元にある試験管の中に戻っていった。
全くもって、怪奇な現象だ。
「何をしやがった?」
「あぁこれか?これは俺の開発した超変形物質というものだ。驚いたか?」男は試験管の中の銀色の液体を振って見せる。
「正体をみせやがれ」
「変身はまだしない。いや、する必要はないだろうな。この超変形物質のみで君を倒すことができると踏んでいるからね。例えば・・・」
男は試験管を逆さまにすると、中の液体が重力に従ってこぼれ落ちた。そして、男が差し出しておいた左手に到達したとき、再び形を変えた。今度は、三又の槍になった。カリダの使用するものと全く同じ槍に。
「!!?」
男は驚くカリダの様子を見るのを楽しんでいた。
「先ほど君の武器に触れることによって、物質がその形状を完璧に記憶したのだ。そして君のと全く同じ武器に変形して見せたというわけさ。もっともコレそのものに意思はなく、あくまで俺が操っているのだがね」
「ゴチャゴチャうるせえんだよ!」
カリダは再び槍を構えなおした。今度は刃から紅い炎が現れた。
「そんな即席の偽物なんかドロドロにとかしてやるよ!!」
炎をまとった刃を相手に突き出した。男は自らの槍でその攻撃を受け止めた。
ガキィィッ!!!という鋭い音とともに火花が飛び散った。
男の持つ槍の刃は砕けず、また熱で溶けることもなかった。
(ぐっ・・・なんて頑丈な!!それにしても、コイツ変身してないのに相当な腕力だ・・・)
互いに刃を交わせたまま、押し合い、にらみ合いが続く。
「残念だな!その程度の熱では融けんよ。この超変形物質は、俺の意志によって強度、さらに耐熱性を相当に高めることができる!」
男はカリダの腹を蹴り飛ばした。
「この世に存在するあらゆる物質とはわけが違うのだよ。物質を構成する粒子の配列や密度を変化させることで、液体から固体、気体へと、さらに強度、耐熱性、粘性、その他あらゆる性質を自在に変えられるのだ」
(もし本当だとすれば・・・かなり厄介だな)
「ちなみに強度でいえば、ダイヤモンドに匹敵するレベルまで引き上げることが出来るぞ」
「そうかよ・・・」ざっ、とカリダは一歩前に踏み出した。
「それがどうした!!!」そして再び男に突っ込んでいった。
「解らない男だな」
カリダの燃える刃を、今度は自身の刃を強く振って受けた。カリダの刃はいとも簡単に柄から離れて吹っ飛んだ。炎の消えた刃がカランカランと床に落ちた。
矢倉は目を剥いて凍ったように動きを止めた。自身の槍は何物にも壊されない。その強い自信がへし折られたのだった。
(バカな・・・いくらヤツの刃の強度が高くても、これをへし折るほどの腕力がヤツに・・・)
「残念ながら、これが超戦闘集団たる王族とただの人間との力の差だ。所詮人間がわずかな戦闘力を手に入れたところで、我々の前にはただの人間も同じ」
男の手元の槍が再び銀色の液体となって、試験管の中に戻っていった。
カリダの前身はガタガタとふるえた。
「絶望、というやつか?その苦しみを俺は理解しえないが、君にとっては相当のものだろうか?ならば、早く楽にしてやる」
フフフと笑いながらゆっくりと近づく。試験管を傾け、超変形物質を流れ出させた。物質は男の手元で拳銃の形に変わった。
カリダはまだ動けない。
(や、やはり・・・復讐なんて・・・間違っていたのか・・・)
「最近開発したコイツを試してみたかったんだ。ただの拳銃じゃないぞ。どんな金属よりも硬い弾を、粒子構造変化によるとてつもないスピードで飛ばすんだ。君の体など豆腐のように貫いていくぞ」
腕を伸ばし拳銃を構える。
「や・・・やめr」
「あばよ」
次の瞬間、火薬庫の爆発のような音が鳴り響き、赤い鎧を身に纏った戦士の体がどさり、と倒れた。
「フハ・・・フハハハハハハハハハハ!!!!!」
第40話につづく
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