第40話「カリダ、アシラ、そして…」-Chap.10

1.


左胸を血で紅く染めた矢倉蹴斗の体は城内の「蘇生の間」へと運ばれた。彼の体を使って新たなメンバーを生み出そうという考えだった。

「ここまで順調にことは進んでるよ。すべて予定通りだ。あとはこの遺体にあなたの錬成した魂を吹き込み、新たなメンバーとして蘇らせるだけだ。頼みますよ、天母どの」戦士カリダを仕留めた背の高いメンバーが言った。

 蘇生の間には、メンバー一体が入る棺が10ほど、ずらりと横に並んでいる。そして今、一体のメンバーと天母のみがいる。

「あの混乱で我が一族のメンバーは随分減ってしまいましたからね、アベク・デフどの。一体でも多くの戦士をつくり出す事は重要な課題です。現在騎士階級はあなたを含めてわずか2体しか残っていないのですから」

「いや、あの時の陛下の気まぐれには私も随分焦った。おかげでこの一ヶ月間、全く任務を遂行できなかった。だがこの男が自らここに来たことで、手間が一つ減りましたよ」


 天母のいう「混乱」とは、王の霊魂が目を覚ましてメンバーの一体に乗り移った、あの後の出来事である。王はメンバーの体を操って、他のメンバーを次々に殺していった。王の戦闘能力はすさまじく、騎士階級では足元にも及ばなかった。当初7体いた騎士階級メンバーは3体にまで減り、王自身の体も激しい戦闘によって使い物にならなくなった。そこで王はようやく満足し、再び瓶の中で眠りについた。これでひとまず混乱は収まったのだった。


「陛下に対しては私も抵抗を試みましたが、全く歯が立たなかった。しまいには逃げ回ることしか出来なくなった。次は、次こそは自分の番かと震えていたところで、陛下が機嫌を取り戻されたので幸い助かったが」アベク・デフはやれやれと首を振った。

「一度戦闘を始めてしまっては陛下はもう言うことを聞きません。なので私もすっかり絶望しました。しかしこれでまたゼロから仕切り直せます」

「ええ。数は減ったが、みなで協力し合って一族を立て直さねばならない。そのためにもまずはメンバーの造出、お願いしますよ」言いながら、デフは部屋を出ようとした。

「お任せを。・・・あと、それと・・・」

「ん?なんですか?」デフは足を止めた。

「陛下の御霊のこと・・・考え直さねばなりませんね。次また暴れられては困りますから」天母はうつむき、物憂げな表情で言った。


2.


 矢倉を王族の城に連れて行ったあと一人引き返したアシラは、ある人物を連れて再び城に向かって飛んでいた。

「・・・で、その身の程知らずはたった一人でヤツらの根城に乗り込んだってわけか」カラスの上に乗った男が尋ねた。

「そうさ。でも俺にはあいつを止められなかった。復讐心のようなものは本人の思うがままにやらせてやるのが一番、というのが俺の考えさ。でなきゃ、やりきれない怒りがたまる一方だろうからね」

「しかしいくら何でも無謀すぎる。そいつに直接会ったことはないが、戦闘経験が少ないという話を聞けばそう評価せざるを得ん。・・・そこで、俺らが助太刀するとうわけだな?」

「そういうことだ」

(それにしても・・・王族の根城には一体どんなバケモノが潜んでいるのか・・・)

 

3.


 王族では、新たなメンバーを生み出すのに、一度死んだメンバーの体を再利用せず、生身の人間の体を使うという慣習があった。

 まず瀕死状態の人間を横にして蘇生用の棺の中に入れる。このとき当然人間の意識がない状態にしなければならない。棺の中に入れれば、しばらくの間肉体は腐ることなく長期間保存できる。次に体の中に吹き込む霊魂を作る。この霊魂を作りだすことが出来るのは、王族の中でも天母のみである。身体能力、特殊能力、性別、性格などを思い通りに作ることが出来る。作られた霊魂は、棺を通して人体に宿され、肉体と霊魂が合致したときに怪人体として目覚めるのだ。


 天母は今まさにあらかじめ作っておいた霊魂を、矢倉の体の中に吹き込もうとした。しかし、不本意なことに矢倉は棺の中で目を覚ました。

(ん・・・ここは・・・どこだ?)

 真っ暗で狭い場所に自分はいる、ということにすぐに気づいた。

 天母は能力を使って矢倉の体を死の寸前でとどめておくようにしたが、それが原因で意識を回復させてしまったのだった。

 目覚めて数秒で、矢倉は自分の置かれている状況を直感した。

「開けろ!!開けやがれ!!」

 幸い手足は自由だったため、それらを四方八方にばたつかせた。すると、棺の蓋がわずかに開いて横にずれた。

「んがっ!!」

 思いきり蹴り上げて、蓋を蹴飛ばした。起き上がってみると、そこは薄暗いサファイア色の壁に囲まれた空間だった。

「なっ!?」

 天母には予想外のことだった。

 目の前の若い女をすぐに見つけると、襟首をつかんで持ち上げた。天母の手に持っていた霊魂の入った壺が床に落ちた。

「おい!!バケモンはどうした!?俺をブッ倒しやがったあのバケモンは!!!」

(デフ・・・早く!!)天母はデフとコンタクトをとった。

「何か言えコラァ!!!・・・ぐっ・・・」

 この怒声が撃たれた傷口に響いて、持ち上げる手を下した。

 天母は慌てふためいて矢倉から離れた。彼女には戦う力がまったくないのだ。

「くそっ!!あのヤロウ・・・」矢倉はズキズキと痛む胸元を押せえながら呻いた。

 その時、デフが蘇生の間に駆け付けた。

「天母っ!」

 部屋に入ってまず驚いたのは、瀕死だったはずの矢倉が目を覚ましているということだった。

「まさか・・・」

「へへっ・・・ようやく来やがったかクソヤロウめ・・・戦士である俺のしぶとさを侮るな!!!」

 そう、事実あれだけの重傷を受けても生きているのはグランドストーンの力のせいなのだ。

「第二ラウンドだぜこの野郎・・・!!」ふらふらと立ち上がった。

「二度と目覚められぬようにしてやる!!」デフも意気込んだ。

 だが、今の矢倉には変身するだけの体力は残っていない。三又の槍を手にするだけで精いっぱいだった。

 それでも果敢に相手に立ち向かった。

「うおおおおおお!!!」

「はああああああ!!!」

 矢倉の刃と、それをコピーした刃とが激しくぶつかり合い、火花を散らした。

「ひいいいいっ!!」恐れおののいた天母は、戦いに巻き込まれぬようふらふらと壁伝いに歩き、何とか部屋を抜け出した。

 山が崩れるような轟音とともに、燃えんばかりの火花が散る。体にダメージを負っているにもかかわらず、矢倉は変身時以上の力を発揮しているようだった。

 互いに傷一つ付けられず、ぶつかり合いが続いた。二人はパッと退いて距離をとった。

「はあっ!!」すぐさまデフは槍を変形させて拳銃にした。先ほど矢倉に重傷を負わせたものと同じ拳銃だ。

「一発で効かぬのなら数打つだけだ!!」

 続けざまに7発撃った。矢倉は残り少ないエネルギーのすべてを使ってわが身を守ろうとした。するとわずかに彼の体の周りに鎧が現れた。

 7発中4発が矢倉の体に当たった。鎧のせいで、それらは体を貫通しはしなかった。だが、肉の中にわずかにめり込んだ。

「ぐふっ!」矢倉は仰向けに大の字に倒れた。意識はわずかにあるが、体が全く動かなかった。

「はあっ、はあっ・・・やったか・・・?」デフは倒れた矢倉を見た。


「残念ながら、まだ終わっちゃいねえよ」

 どこからか声がした。

「誰だ!?」デフはあたりを見回した。

「お返しだ」

 次の瞬間、正面から3発の弾がデフの体を貫いた。つい先ほど自分が外した弾だった。

「ぐああああああっ!!」人間体のデフは鮮血を流しながら床を転げまわった。

弾の飛んできた先には、いつの間にやら二人の男が立っている。その後ろの壁にはでかい穴が開いている。

 アシラ。そして、ザギ。

「やっぱりな、お坊ちゃん。こんなことだろうと思ったぜ。でもまあ、かなりよくやった方だよ」

 アシラの声だ。それに気づいた矢倉はかすかな声で言った。

「お・・まえ・・・どう・・・して・・・」

「よしよし。まだ口がきける程度には元気だな。ザギ!こいつを安全な場所へ」

 ザギは言う通りに、矢倉を担いで城の外へ飛び降りた。

「誰・・・だよ・・・」矢倉は見知らぬ男に質問した。

「それは後だ。ちょっと待ってろ」ザギは矢倉を外壁にもたせ掛けさせた。そして、二羽のカラスに乗って再び天上の間へ飛んでいった。


 倒れたデフは、眼前に立っている長髪黒服男を見上げた。

「貴様は・・・あのガキを許すのか?あいつは・・・貴様の同胞を殺す連中の仲間だぞ・・・」

「同胞?空族のことか?・・・ふん、死にぞこないで寝言を言ってるのか?俺はとっくのとうにアソコを抜け出したんだ。だからそのメンバーがいくらやられようとどうでもいい。それにあんたがさっきまで戦っていたあの男はな、俺と共通の目的を持つ仲間みたいなもんだ。その目的とは・・・」

「テメェら王族を・・・全滅させることだ」戻ってきたザギが言った。

「オイオイ。一番キメるところを持っていくなよなぁ」

 デフは怒りに震えた。

「きっ、貴様らが・・・貴様らのようなザコがいくら束になったところで・・・この王族を・・・1ミリも揺るがすことなどできんぞ!!」

「どうかな?」ザギは前に進み出て、デフの胸倉を掴んだ。

「今にわからせてやるよ」空いた右手を構えた。

「ぐうっ!」デフは掴まれた手を振り払い、よろよろと後ずさった。

「こ・・・これだけは・・・これだけは出したくなかったが・・・やむを得ない・・・」

「ん?何を始めようってんだ?」

「俺の最強の姿を見せてやる!!」

 すると、床に落ちていた拳銃は銀色の液体に戻り、デフの手元にある試験管の中にすうっと戻っていった。

「最後の切り札だ!この変身をしたらどんな副作用が体に出るか分からない!だから今の今まで試さなかったんだ!だが今回は特別だ!なぜなら・・・我が族に歯向かうクズどもをまとめて抹殺するチャンスだからなあ!!!」

 デフは試験管を口元で傾けた。超変形物質をごくりと飲み込んだ。

「げ・・・」それを見た二人は気味悪がった。

 すぐにデフの体に変化が現れた。銀色の流体が全身から分泌され隅々まで覆った。ベールのように。そして、流体は再び体内に戻っていき、元の白衣の男の姿になった。

「??何が起こったんだ?」二人には何も変わっていないように見えた。

 デフは片方の口角を大きく上げて、ニヤリと笑った。

「死ね」

 次の瞬間、デフの両腕はスライムのように伸びた。そして原型をとどめないただの触手に変わって、二人の体をからめとった。

「なっ!?」

「コイツ、自分の体を変形させやがった!」

 腕がすぅーっと縮み、二人はデフの方に引き寄せられた。抜け出そうにも、今度は石のように固く身動きすらとれない。

「自分自身があの液体のようになったのか!?」

「その通りだ」感情のない機械のような声で言った。

「まずい!!怪人体になっておくんだった・・・!」

「それでも無駄だ。強度はダイヤモンドと同レベルまで上げられる」

「弱点はないのか!?」ザギが尋ねた。

「分からん。こんなヤツ初めましてだからな・・・」アシラが答えた。

「くたばれ」

 デフはこの一撃で二人ともの息の根を止めようとした。耳の下あたりまで口が裂け、大砲のようにぱかっ大きく開かれた。

(な、何がでてくるんだ・・・!!?)身構えようにもできない二人は、死すら覚悟した。


 次の瞬間。

 デフは大口を開けたまま動かなない。二人は不審に思った。

 そして、二人を掴んでいた触手がするりとほどけ、アシラとザギは解放された。

 デフの体はぐらりと傾き、床に倒れた。たちまち、肉体は氷が解けるように崩れていき、銀色の液体になった。

「どうなってんだ?」気味が悪かった。

 足音が聞こえる。つか、つか、つか、と。

 二人は足音の方を向いた。蘇生の間の扉から、一人の男が現れた。

 彫りの深い、西洋人のような顔立ちをしている。背が高く、まっすぐな黒髪は背中のあたりまである。瞳は金色で、首から下を真っ黒のマントで隠している。そのマントには、金色の線がいくつも入っていた。

 その男が入ってきた瞬間、二人は今ままでに感じたことの無い威圧感を感じた。戦士であることは戦わなくてもよく分かった。そしてその力は計り知れないほどのものであることも感じ取れた。

「だ・・・っ」何かを言おうとしたザギは、声が出なかった。二人とも、極寒の雪山に裸でいるかのように、体が硬直した。

「ラ、ラダーどの・・・一体何を!?」液体となったデフは、井戸の中から発したような声で言った。

「神聖なる蘇生の間が破壊されては困るのでね。ここで死んでもらおう」

 男が銀色の液体に手をかざすと、たちまち赤い炎を上げて燃え上がった。

「ぐああああぁぁぁ・・・ぁぁぁ・・・ぁぁ・・・ぁ・・・」炎が消えるとそこには何もなかった。

 男はジロリと二人の方を見た。

「近く、君たちは我々にとって大きな脅威となりうる。・・・この下で眠っている者も。よって、速やかに存在を消し去らねばならないと直感した」

 この言葉が二人に強い恐怖を与えた。体が細かく震え始める。

「それだけではない。我が族からの逃亡者、そしてそれが作り出した戦士。それらもいずれ脅威となる。消さねばなるまい。・・・これから計画を練り、すぐに実行に移す。そう決めた」

 男は身をひるがえすと、扉に向かって行った。最後に振り返って、

「だが抵抗するなら全力ですることだ」

 と言い残して去っていった。

 そこでようやく、二人は金縛りから解放された。


4.


 こうして冷たい冬は終わりを告げた。

 季節は廻り、春が訪れる。

 しかしこの物語に、温かくやわらかな光が包み込む、そんな春は訪れるのだろうか。

 どうやらそれまでにはまだ遠いようだ。

 闇はさらに闇を深くし、戦火はより一層熱を帯びることだろう。

 そんな最後の戦いの始まりの一片を少しお見せしてから終わるとしよう。


 王族の城内。

 デフの死から少し経ったころのこと。

 天母は、天上の間にて王の体の修復をしていた。もうあと少しで修復完了というところまで来ていた。

「もうすぐ陛下の復活の時が来るでございますよ」部屋の中央に置かれた大きな水瓶に向かって話しかけた。

 すると返事があった。

「ソンナ・・・」

「へ?」

「ソンナナンノヤクニモタタナイカラダニハハイラン!!」

 瓶の中の水が噴き出し、中から光の玉が現れた。王の霊魂である。

 天母は驚いて床に尻餅をついた。

「テンボ、オレハモットイイカラダヲミツケタ。ソイツニキメタゾ!!!フハハハハハハハ!!!」

 すると、光の玉は宙に浮いたまま壁を抜け、どこかへ飛んでいった。


41話につづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る