第41話「新学期」-Chap.11

1.


 春。暖かい空気に、やわらかな日差し。木々や草花のにおい。頬を撫でるそよ風。満開の桜に囲まれた校舎で迎える新学期。

 海条王牙たちは、最終学年の3年生に進級した。

 校舎に着けばまずドキドキワクワクのクラス分け。壁に貼られた名簿に自分の名前を見つけ、クラスメイトの名前を眺めて一喜一憂。体育館で全校生徒が規則正しく並ぶ中、校長の説教臭いお言葉を賜った後に、教室に集合。

 3年C組。そこが海条の配属されたクラスだった。

 海条は廊下側一番端の列の一番後ろ。黒板からは大分遠いが、元々授業を真面目に聞かないので問題なし。それよりも、クラス全体が見渡せるこの位置は、授業中にそれぞれのクラスメイトの様子を観察できるので退屈しない。

 同じクラスになった友人は5人。アホ仲間の浜松、月村、日和田。文化祭の演劇をきっかけに親交を深めた香村水里に、漁のバイトで世話になった日暮航もいる。昨年度同じクラスだった黄門銑次郎の姿はない。

(なるほど、こんなものか)新しいクラスに対する海条の反応はそれだけだった。


 新学期初日は昼頃に終業した。ぞろぞろと教室から出て帰路につく生徒、学校に残ってクラブ活動をする生徒。それぞれが思い思いの行動を始め、学校全体がにぎわっている。

 C組のアホ仲間3人と一緒に黄門の姿を探していると、向こうから声を掛けてきた。

「よっ!!バカどもちゃんたち!!ぶじ進級できたよう何よりでちゅねぇ~。キミタチの半分くらいは留年したんじゃないかと思ってたよぉ~」海条の背後から現れるなり、開口一番子供をあやすような声でイヤミを吐いてきた。

「そりゃこっちのセリフだ!!俺らん中で一番成績悪いのお前じゃなかったか!?」

「ヒドイなぁ。俺はな、ま、成績は芳しくなくとも、ちゃんとね、進級できるギリギリのラインをせめてたわけよ。最小限の労力で片付ける!要領がいいってわけだな俺は、うん」

「ウソつけ!たまたま進級できただけだろ!」

「ななっ!!そんなこと・・・」どうやら図星のようだ。

 クラブに入っていない海条、黄門、浜松の三人はあとの二人と別れた後学校を出た。

「なぁ、A組もそのうち進路面談あるだろ?」海条が尋ねた。

「あるよぉ。明日からイキナリ始めるってさ。俺出席順早いからすぐ回ってくるん

だよなぁ」黄門が答えた。

「イヤ、俺なんかア行だからもっと早く回ってくるぜ。ホント嫌になるよ、新学期早々。せっかく春の陽気なのに、気分は冬に逆戻りだよ」

「ハハハ・・・それうまいこと言ってる・・・のか?」浜松の曖昧な反応。

「つっても俺らもう3年だもんなー。進路、考えなきゃいけないトコまで来ちまったってワケだな。・・・にしても気が乗らねー!」黄門は両手を頭の後ろに組んだ。

「何か考えてる?進学?就職?」浜松が二人に尋ねた。

「考えてねーよ。つか、そんな場合じゃねーっつーか・・・」海条の頭には、「トライブ」のことがあった。

「なんだよそれ。・・・お前、まさか!!が、GIRLFRIEND(発音よく)でも出来てそれに夢中とか言い出すんじゃないだろうな」浜松が話題を掘り下げていく。

(めんどくさ・・・)「まぁ・・・そんなかんじ・・・」

「ウッソだろー!?コイツッ、抜け駆けしやがってェー!!」浜松の羨望の声。

「じょ、冗談だよ!!何真に受けてんだよ。俺の冗談発現パターンぐらいもう分かり切ってんだろ?」適当に受け流したら、かえって面倒になった。

「なんだぁ」浜松はホッとする。

「できるわけね―ジャン、こんなスカしたヤツによ。俺みたいな超絶フレンドリーならともかくさ!」黄門が煽る。

「そういうことは、彼女ができてから言ってくださいねぇぇ」海条は黄門にヘッドロックを仕掛けた。


 その後三人は街に出て、ゲーセンで遊び、本屋やビデオ屋を物色したあと、ファミレスでティータイムをして各自家に帰ることにした。

 途中浜松と別れて、海条と黄門の二人になった。

 ようやくあの話ができる、と海条は思った。

「ところで、あの幻術使いのメンバー以来、ヤツらからの襲撃はないな」

「ん?あぁ、確かにそうだな。俺の調べたところだと、どうやら王族の内部でゴタゴタがあったらしい。それで近頃は音沙汰なし、って想像だ。詳しくは分からないが」

「本当か?ヤツらが襲撃を止めるほどのゴタゴタって一体何なんだ?」

「さあな。だが俺らも安心してはいられんな。またいつ来るかもわからん」

「そうだな・・・チクショー!進路どころの話じゃないぜ、まったく」

「ホントだ。俺らはこれでも、人類への危害を防ぐために戦っている。そういうトコロもあるからな」

 この言葉を、黄門が真面目っぽく言うので、海条は少し可笑しくなった。

「ふん。それ、ヒーローものの主人公が言うお決まりのセリフじゃねーか。だったらもう少し、キメた感じで言った方が雰囲気出るぜ」

「うっせーな!真面目に言ったんだよ!」

 午後六時。太陽は家やビルの境界線から、赤い顔を半分だけ出してまばゆい光を放っていた。


 それから数日。新学年の授業が始まり、新しいクラスの雰囲気にも徐々に馴染め始めた頃のこと。

 朝のホームルーム前の空き時間に、浜松らとの雑談中、海条は少し前から気になっていたことを尋ねた。

「アソコの席、登校初日からずーっといねーけど、どうしたんだ?」海条は教室の真ん中あたりの空席を指さした。

 すると、月村が言った。

「あー、岸波ね。アイツ去年の10月頃からずっと不登校なんだ。理由は知らねーけど」

 月村は岸波と言う生徒と去年同じクラスだった。それまでは何事もなく来ていたが毎日普通に学校に来ていたが、ある日突然姿を見せなくなったという。

「友達っだったわけじゃねーし、それどころかほとんどしゃべったこともねーからどんなヤツなのか分かんねーけどさ。見た感じ、すげー大人しいやつなんだよ。誰かとしゃべったり遊んだりしてるところもほとんど見たことなかったしな」

「よくある学校行きたくねーってカンジのやつかな?」浜松が言った。

「そうなんじゃねーか?にしても、学校辞めようか、とかは考えたりしねーのかな?」日和田が言った。

「そーゆーのは分かんねーな、本人に聞いてみないと。ま、正直どうでもいいことなんだけど」それが海条の感想だった。

 そこで、担任が教室に入ってきてホームルームを始めた。海条たちは会話をやめて、担任の方に向き直った。


2.


 ちょうどそのころ、王族の城では・・・。

 貴族階級メンバーの集まる一室では、戦士たるメンバー全員で話し合いをしていた。人間体が2体に、怪人体が4体。

 人間体のうち一体は、長い黒髪で、金色の目を持つ、黒地に金色の線の入ったマントを着た男。もう一体は、この男とは対照的な、真っ白な長髪で、銀色の瞳を持ち、白地に銀色の線の入ったマントを着た男だった。顔立ちは、黒い男のほうが彫りが深く、白い男の方が浅かった。

 4体の怪人体は、みな似たような外見だった。いずれ復活するだろう王の側について護衛を担うメンバーであり、うち2体は全身を金の鎧で覆い、他の2体は全身を銀の鎧で覆っていた。それぞれの腰に、長剣が一本と銃が一本装着されており、さらにシールドを一つ携えている。

「そちがアベク・デフを殺したことで、騎士階級の者は誰一人としていなくなった。そちの判断は適切だったと言えるのか?」白い男が黒い男に話しかけた。

「やむを得なかった。彼は変身すると自己を制御できず暴走する性質があると私は見ていた。神聖なる蘇生の間を破壊されては困るからな」

「なるほど。確かにそれには一理あるな。・・・ところで今後の計画だが、今戦えるメンバーはここにいる6体だけだ。我々でどう動くか・・・」

「数は少ない。だが、新しいメンバーの追加を待つ余裕もない。早急に、我々への反乱分子を駆逐せねばならないと考えた」

 終始、護衛メンバーらは一切口出しをしない。

「それほどまでに強敵であるというのか?ラダー・ルーカスト」白い男が尋ねた。

「私が見た限り、元空族のカラスのメンバー、そして元海族のサメのメンバーに関しては強敵であると感じた。ハーデ・ビショット」黒い男が返事した。

「なるほど。いくら我々でも、この度はてこずることになるかもしれんな」ハーデは顎に手をあてた。

 そのときだった。部屋に巫女服を着た若い女が焦った様子で入ってきた。

「た、大変です!!陛下が・・・陛下が!!」息も切らせながら言った。

「どうした?天母」

「陛下の御霊が城外へ・・・!!!」

 この時、一室全体にかつてない緊張が走った。


3.


 その日、海条は放課後に進路面談があった。

 担任の言うことは海条の想像通りだった。これまでの成績のこと、卒業後は進学か就職か、など。

「海条、進学する気があるならもう少し成績をどうにかした方がいいぞ」担任は成績表を睨みながら言った。

「はあ」海条には卒業後の進路など全く決めていなかったので、成績を上げろと言われてもほとんど身に沁みなかった。

「将来についてはどう考えてるんだ?なにかやりたいことがあるのか?」

「うーん・・・」そう言われても困った。

「やりたいことなんか何だっていいじゃないか。家を持ちたいとか、世界中を見て回りたいとか・・・」

「やりたいこと・・・ですか」

 なぜかふと、世界平和、ということばが頭に浮かんだ。

「もし就職を選択するなら、時間がないからな。なるべく早くきめなさい。そして決めたら先生にすぐにいうことだ。・・・ご両親に迷惑をかけないように、真剣に考えるんだぞ」とりあえず今日はここで終わり、というふうに締めくくった。

「はい・・・」結局、海条は最後まで短い返事を返すことしかしなかった。


 この日は一人で校舎を出た。校門まで、グラウンドを横切りながら海条は考えた。

(今は進路どころじゃねー、ってのは甘えてんのかな、やっぱし)

 人生で初めて自分の人生を真剣に考えなければならない時が来たのだろうか、と思った。

 こんな日に限って、空は良く晴れて、夕日が赤々と空を染めていた。枝に半分ほど残った桜の花びらが、風に舞って地面に落ちた。

 しかし、この時の海条にはそんな周りの風景もほとんど見えていなかった。それほど自分の世界に没頭していた。

 だから、周囲の景色が突然変わったことにもすぐには気づかなかった。

「へ???」

 気づいたときには、辺りは真っ暗闇の世界だった。

 真っ暗の荒野。あたりには建物はおろか人一人いなく、あるのは枯れた木々と枯れた草原のみ。空には闇がどこまでも広がっていた。夜闇よりもずっと暗い。そんな中唯一の光源は、空の天頂にポツンと浮かぶ細い三日月だった。

「どこだよ・・・ここ」途端に焦りと不安が押し寄せた。今まで夕方だったが、こんなに早く夜が訪れるわけがない。それ以前に、今の今まで歩いていた学校がない。どこにも見当たらない。

 海条は瞬時に直感した。この世界には、自分しかいないのではないかと。自分一人だけ存在する、何もないとてつもなく寂しい世界なのではないかと。

 その予想は間違ってはいなかった。


第42話につづく

 

 

 

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