第42話「無邪気なる王」-Chap.11

1.


 王族による、下部組織である三族の皆殺しが決行されたとき、海、空それぞれの長であるタクア、リアノスは命からがら逃亡してきた。そしてお互いの意見の相違から、彼らは単独で各々違う道を歩み始めた。タクアはどうにかして自分を王族の一員にしてもらうことを目指し、リアノスはとにかく王族の追っ手から逃れ続けて生き延びることのみを考えた。


 人間体のタクアは歩いて歩いて、自分の本拠地であり家である海族のアジトにたどり着いた。そこには悲惨な光景が広がっていた。一族抹殺はすでに遂行された後で、アジトの周りや中には、それまでともに戦ってきたメンバーたちが一体残らず死体となって転がっていた。悲しみと怒りがこみあげてくるも、それをぐっとこらえた。王族の城の中で突然現れて自分を殺そうとした一体のメンバーを思い出した。ふつうに戦って勝てる相手ではないことはよくわかっていた。だから、歯向かうことは考えず、相手に寝返ることで自分の命を守ろうと決めたのだ。

(しかし・・・どうすればいい・・・)

 時間は限られていた。いずれあの恐ろしいメンバーがまた襲ってくると予感しているからだ。それまでに王族の一員として認めてもらえるだけの仕事をせねばならない、と考えた。

 焦りを抱きながらひとしきり考えて、一つの結論に到達した。

(逃亡者の抹殺、あるいはノマズ・アクティスの奪還。いずれかの一つでも遂行し手柄を立てれば、きっと俺のことを認めてくれる!まだ間に合う!)

 決意を固くした次の瞬間、タクアは再び歩き出した。自分の故郷であるアジトを去った。もう二度と帰ってくるつもりはなかった。


2.


「今日の進路面談だりぃな」などと、朝にぶつくさ文句を垂れていた海条王牙は、その日、日が暮れても夜が深くなっても家に帰ってこなかった。

 心配になったブレインは、王牙の兄の飛沫とともにほうぼうを探し回った。学校にも行って探すも見つからない。黄門銑次郎にも尋ねたが知らないという。

「王牙がいなくなったなんて、君に言われて今知ったよ」黄門も捜索に加わった。

 居そうなところを手あたり次第探したが、すべて無駄足に終わった。もしかしたらそのうち家に帰ってくるかもしれないから、と言って飛沫は戻っていった。するとすぐに、バディアが来た。

「どう?バディア」ブレインが尋ねた。

「いつもならあいつの気配はすぐに探し出せるのだが、今回ばかりはどこにも存在しないのだ。こんなことは今までなかった。たとえ地球の裏側に居たとしても、宇宙空間に居たとしても分かるはずなのだが・・・」

「あり得ないことだわ」

「俺もまったく見当がつかん」

「まさか・・・死んだ・・・んじゃないだろうな」黄門が震えた声で言った。

「バカ言うんじゃないわ!!王牙に限ってそんなこと・・・!!」ブレインが否定した。

「いや、可能性としてはないこともない。もしそうだとして、死ぬほどのこととは一体・・・何があったんだ・・・?」

「何よ、バディアまで!!王牙は生きてる!!生きてるにきまってるんだから!!」ブレインの目は大きく見開かれ、少しうるんでいた。

 何の手掛かりもつかめないまま、その日は捜索を終えた。三人とも、海条の無事を祈りながら。


3.


 バディアの感知能力が無効だったのも無理はなかった。海条はそれまでいた地上とは、全く別次元の世界に迷い込んでしまったのだから。

 何もない、どこまでも暗黒が広がる世界を海条は歩いた。しかしそれは、何の目印もない広大な砂漠をコンパスもないまま彷徨ってオアシスを目指すような、そんな無謀さにすぐに気が付いた。海条は立ち止まって、空を見上げた。

 真っ暗な空のてっぺんにある三日月は歩き出す前と全く位置を変えていなかった。

(そりゃそうか。きっとほとんど歩いていないんだろうな。でも・・・この世界が俺の知ってる世界とは違う法則でなりっ立っていることもあり得るな。だとしたら、いくら歩いても月の位置が変わらない、なんて可能性もあるんだろうな。そもそもここが、地球のように地面が丸くできていなかったり・・・)

 そう直感しただけで、背筋が凍るように怖くなった。まるで、誤って深い井戸の底に落ちて、助けが来ないまま死を待つような感覚だった。

 額や脇から汗が流れた。

(どこまで歩いて行っても、元の世界につながる出口なんかはない!!もっとこう・・・俺自身がここから消えて抜け出すような仕方じゃないと・・・)頭をフル回転させて考えた。

 その時、はるか前方からかすかに足音が聞こえてきた。海条のもとに向かってきている。先が真っ暗で見えないが、確かにそれはここに近づいてくる。

(助けか・・・仲間になれそうなヤツか・・・あるいは、敵か・・・)海条は立ち止まって、乾いた喉に唾をごくりと流し込んで、その姿が見えるのを待った。

 かくしてそれは姿を現した。

 少年だった。年のころは、海条と同じくらい。黒い学生服を着ていた。肌は白く、切れ長の目は鋭く海条を睨んでいる。そして驚くべきことに、

「おっ・・・おまえ!!!」海条は目をひん剥いた。

 学生服の首元に付けた校章が、海条の通う高校のものだったのだ。

 しかし見たことの無い生徒だった。あるいは、見たことはあっても記憶に残っていなかった。

 その少年は口元を釣り上げてにやりと笑った。

「会えてうれしいなあ。ようやくアンタをぶっ殺せる。この時を待ち望んでいたよ」

 少年の言うことが、海条には何一つ理解できなかった。

「初めまして。俺は王だ。一族の王だ。戦う力を持った一族の頂点に立つ、いちばん強いのが俺なんだよ」

「まさか・・・おまえが・・・!!」

 王、という言葉で海条ははっと理解した。今自分の目の前にいるのは、王族の全メンバーの上に立つ者であると。

「俺はね、水瓶の中でずっと見てたんだよ。アンタが戦っているところを。そして思ったんだ。アンタはかつてこの俺を粉々に打ち砕いた『あの戦士』によく似てるってね。だから・・・」

 王は海条を指さした。

「アンタを殺すことで、俺が以前よりもずっとパワーアップしてるってことを再確認するのさ!!」

 キャハハハハハハ、と子供のように無邪気に笑った。

 笑い終わると、右腕を天に向かって高くつき上げた。間もなくして、暗黒の空から漆黒の稲妻が閃き、まっすぐ海条を直撃した。

 バチィィィッ!!!グオォォォ!!!

「がああああああっっ!!」

 指先も動かなくなるほど全身の筋肉が硬直し、体表からは黒い炎が立ち上った。

「キャキャキャキャキャ!!どうだ、すごいだろう!?この世界はね、僕が一から作ったんだ。僕だけしかいない世界。太陽なんか嫌いだから、ここには存在しない。でも月は好きだから、一つだけ置いてみた。真っ暗闇はね、すごく居心地がいいんだ。・・・きっとコイツも暗闇が好きだよ」

 最後のセリフを言うと同時に、王は自分自身を指さした。

 脳みそだけがかろうじて働く海条は、そこでようやく気付いた。目の前に立つ少年は、体を乗っ取られたのだと。

「がっ・・・はっ・・・!!!」(ふざけたことしやがって!!!)

 王は近づいて、海条の前にしゃがんだ。アリを見るような目をしている。

「おや、もうクタバリかけ?意外と弱っちいなあ。・・・そうだ、ねえ変身してよ。そうすればもっと強くなるだろう?ねえ、変身してみせてよ!」

 王は人を殺すことすら、無邪気さをもって行うのだった。

 海条の体は、ピクリ、ピクリと細かく震えるだけである。

「ホラホラァ!早く変身して見せてよ!」

 怒りが、ふつふつとこみあげてくる。

「・・・っけん、な・・・」

「へ?」

「っざけんなってんだよ!!!」

 胸の奥の方がカッ!と熱くなった。そこから全身に向かってエネルギーが河のように流れていく。そして驚くべきことに、それは目に見える形で現れた。エネルギーの筋が青く光って体内から光が透けて見えるほどだった。このときオーシャンストンは、海条の体と限りなく100%に近いレベルで融合し、真の力を発揮し始めたのだ。

「うおおおおおおお!!!」海条は力強く立ち上がった。体内から漏れ出す青色の光は一層強くなり、やがて全身を包んで姿が見えなくなるほどだった。

 光の中から現れたのは、海の力宿りし戦士、オルガ。それもただのオルガではない、紺碧の鎧から青白い光がほのかに漏れ出す、今までにない姿だった。いや、一度だけこの姿になったことがあった。そう、あのザギを倒した時だった。

 それを見た王は、さもうれしそうににんまりと笑った。

「なんだぁ!やればできんじゃーん!」

「うるせえんだよ!!!」

 オルガは超速で相手に飛びかかった。手に大剣は握っておらず、右手の拳で王の頬を殴りつけた。少年の姿をした王は、軽々とすっ飛んでいった。

 先ほどとは打って変わったような強さに、王は一瞬驚きを隠さなかった。しかしすぐに高笑いした。

「キャキャキャキャキャ!!いいよぉ、それだよぉ!!それでこそ俺にふさわしい!!そうだ、かつて俺をぶっ殺した『アイツ』もこんなだった!!」

 反撃に来るか、とオルガは身構えたが、相手の方から向かってくることはなかった。代わりに、また片腕を天に挙げ今度はそれを横に振った。

 風というのは本来目に見えないが、このとき王の起こした風ははっきりと黒に色づいていた。おまけにそれは、ブリザードのように冷たく、鏃状の氷のようなものが無数に混じって、オルガの体に容赦なく突き刺さった。

「ぐっ!!!」体のあちこちに黒く染まった氷の鏃がめり込んでいた。それらは鎧を貫通して刺さり、至る所から血がにじみ出た。

 しかし、

「これが・・・なんだってんだ!!!」全身から放った気合が、青白いオーラとなり突き刺さった鏃を一つ残らず吹き飛ばした。

「うそ・・・マジ?」王の顔に焦りが表れた。

 オルガはゆっくりと歩み寄る。

「おい!すべて話せよ。テメェのその体は誰のものだ!?なぜ俺一人をここに引きずり込んだ!?何が目的だ!?なぜこんなことをする!!?」聞くものを圧倒するような怒気が込められた声だった。

「・・・ふん。いいよ、話してやるよ。どうせアンタは俺に殺されるからね。聞いたところでムダさ。冥途の土産にでもすればいいよ。・・・俺はね、『アイツ』に殺されて初めて気づいたんだ。おれを強くするものは、強靭な肉体でも性能の良い武器でもないってことにね。それは・・・人間の持つ憎しみ、悲しみ、怒り、いらだち、そういった負の感情なんだよ。そしてそれが強ければ強いほど俺は力を増すんだ。その点、このガキは俺の器にうってつけだった。これほどまでに負の感情を抱えた人間は初めて見た。・・・それにコイツ、自ら死のうとしてたんだぜ。だから俺に使ってもらってコイツ自身も幸せなんじゃないの?」

 海条は、目の前の「少年」の本来持つ心を少し垣間見たような気がした。

「アンタをここに連れてきた理由は、さっきも言ったけど、ぶっ殺して俺の力を再確認するためさ。退屈しのぎさ。それだけだよ。他のヤツなんてどいつもてんで弱っちいから戦ったってつまらない。それに俺は基本的に一人でいるのが好きなんだよ。・・・ハイ、答えたよ。これで満足?」

(・・・そうかよ。テメェがこんなことするのも所詮お遊び程度のつもりでしかないんだろ?だけど・・・)

「それだけじゃあ満足しねえな。テメェを跡形もなく消す!!テメェの中身だけを消してやる!!それで初めて満足するってんだよ」

「フン。結局そうなるワケね。いいよ、始めよう」

 両者、向かい合う。

 先に動いたのはオルガだった。再び相手の横っ面を狙う。

(さっきの一発で分かったが、こいつ防御は紙くず程度だ)

 拳を構える。相手までの距離は10メートル。

 しかし、そこまできたところで、オルガの足が急に動かなくなった。下を見ると、いつの間にか地面はぬかるみになっていて、足首までが埋まっている。

「くそっ・・・!何だこれは・・・!」

 王は嗤う。

「クハハハハハ!言ったろ?ここは俺の創った世界だって。だから空も地面も俺の思うままに変えられるんだよ」

 必死にもがくも、両足はびくともしない。 

「そのぬかるみは、一度足を捕えたら二度と放さないさ。自由になりたければ、両足をぶった切ってしまうことだね。クハハハハハ!」

 王は動けないオルガに一歩二歩と近づく。

「自分で自分の足は切れないか。かわいそうに。・・・それじゃ、俺が切ってやるよ!」

 次の瞬間、ぬかるみは容赦なく足にめり込んでいき、皮膚や肉や骨がぎしぎしと音を立てた。

「ぎゃあああああああ!!!」そしてついに、オルガの胴体と足は一体のものでは無くなった。

 激痛は限界を突破して、すでに膝から先の感覚がなくなっていた。

 仰向けに倒れて、かすむ目を上に向ければ、眼を爛々と光らせた少年の笑顔がそこにあった。

「あっけなかったね。もっと強いのかと思ってたよ。・・・俺が強くなりすぎちゃったのかな。いずれにしてもつまんないから、もう殺すよ?いいね?」

 今までに幾度となく死を覚悟してきた海条は、今こそ本当の終わりか、と思った。


第43話につづく

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