第43話「オルガの死」-Chap.11
1.
「ハヤト・・・新学期だし、今日は学校行ってみたら?ね?」
ドア越しに部屋の外から母親の声がした。少年はベッドのなかに潜っている。
「クラスも変わることだし、またやり直せばいいじゃないの」
なだめるような声。もう何度聞いたことか。
そうやって幾度となく、学校に行くことを促され、今日まで一度も行ったことはなかった。いや、外に出たことすらなかった。自分の部屋ですら、たまにしか出ない。
(気に入らないヤツら・・・気に入らない教師・・・気に入らない学校・・・)
気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。気に入らない。
行かない理由は単純。あらゆるものが気に入らないからだ。気に入らないから、そこに身を置くだけでイライラしてくる。それはやがて恐怖に変わった。周りがすべて敵に思えてくる・・・。
学校なんかに行ったところで、外に出たところで、自分の思い通りになることなんて何一つないんだから。だから、一日中部屋の中で、ベッドの中ですべてが自分の思い通りになる世界を頭の中に描いていればいい。それで十分なんだ。
「朝ご飯作ったからね、降りて来なさいよ」
あのババア、こうやって俺の部屋の前に来て必ず3度は何か言っていく。毎朝のお約束だ。
いつもなら、そんなこと言われても部屋からは出ない。そして一日中そこにいる。しかし、今日はいつもと違う気分だ。少し・・・ほんの少しだが・・・
「学校・・・行ってみっかな・・・」かすかにつぶやいた。
新学期だし。
母親の言った通り、この機会に一度リセットできるんじゃないかと思った。俺の気に入らないものが少しでも減ってくれるんじゃないかと思った。何となくだけど。
久しぶりにクローゼットから取り出した制服を着て、通学かばんを持って、駅に向かった。母親はとても喜んだ。それをみて悪い気分はしなかった。
電車に乗って学校の最寄り駅まで向かう。途中1回乗り換える。
家を出るまでは良い調子だったのに、電車が学校までの距離を縮めるにつれて、胸のあたりが苦しくなってきた。鼓動が早まる。
乗り換えの駅で降りたときには、大して動いても居ないのに息が切れてきて、足が重い。
(行きたくない・・・行きたくない・・・行きたくない・・・)
乗り換えのホームに着いた。朝のラッシュ時、電車を待つ通勤する会社員や他行の学生の列に少年も並んだ。
胸がはちきれそうになる。
(電車に乗ったら、ウチの生徒もきっと何人か乗ってるだろう。出くわしたらどうする?ましてや、目があったりしたら・・・。駅から学校までは生徒に囲まれて歩くことになる。不登校だった俺を見てみんな何を思うだろう・・・。新学期があって、ホームルームがあって、新しい担任がついて、新しいクラスに知ってるヤツが居ないとも限らなくて、進路指導があって、授業があって・・・。ああ、もう!考えるだけでイヤだ!イヤなことだらけだ!だから行きたくないんだ!・・・帰ろうかな、ここで引き返して。・・・でも家に帰ったら、また親がいろいろと訊いてくるだろう。そしてまた・・・毎朝あの猫なで声で何か言われる日々が続く・・・)
頭の中が煮詰まってドロドロになった。
電車が来た。先頭車両が見えた。運転手が見えた。ホームに入るとき減速はしたものの、まだ十分な速度がある。
気づいたときには、少年は前に並んだ乗客を押しのけてホームの先頭に立っていた。先頭車両までの距離は10メートル。線路までの距離はわずか1メートル程度。
視界はかすんで何も見えない。無意識のことだった。体がふわっと宙に浮いた。電車がけたたましい警笛をならした。
そこで意識が途絶えた。
ホームでは、事故だと思った乗客たちが騒ぎ出したが、不思議なことに線路には人影がない。一人の少年が、確かに線路に飛びこんだ瞬間を目撃されたのに。
2.
どこまでも暗闇が広がる世界。そこにいるのは、王とオルガの二体だけ。オルガは両足をもがれ、王はそれを上から見下ろす。
「ふつうに殺すんじゃ面白くないからな。ふつうに死ぬより苦しんでもらおうかな。・・・クククッ。どんな声を上げるか楽しみだなぁ」
純粋悪、ともいうべき王の殺しを愉しむ心がそこにあった。
一面のぬかるみだった地面から、どす黒い水が噴き出してきて、辺りは一気に真っ黒な海と化した。
オルガの体は海の中に沈んだ。
王はふわふわと宙に浮いた。
「いくら海の力を持ったアンタでも、この漆黒の海では手も足も出せない。底なしなんだよ。永遠に沈んでいくんだ。そして二度と出てこられない。飢えて死ぬか、窒息死か・・・。フフフどうだ!!?楽しいだろう!!?え?あっ、聞こえてないかな?」
漆黒の海の中は氷河のように冷たい。水は泥のように重く、もがいてももがいても上に上がれない。重力が、オルガの体を下へ下へと沈めていく。
(死・・・ぬ・・・)
その時、オルガの中のオーシャンストーンが燃えるように輝いた。まるで自分の身を削るようにエネルギーを全身へと送り出す。オーシャンストーンは、戦士に戦う力を与えるだけでなく戦士自身を守るのだ。
両腕を懸命に掻いて、オルガは上へ上へと上がった。地上までは随分遠かった。
ザバァ!オルガは久方ぶりの地上の空気を吸った。酸欠で、こめかみが痛んだ。
ナイフのような鋭さで王を睨んだ。
王は信じられんとばかりに、うろたえた。
「な、なんだと!?キサマ・・・一体・・・」
「そう・・・カンタンに・・・死ぬと思ったか!!!」
水面に浮かびながら、オルガは右手に大剣を呼び出した。自身の体と同様に、大剣も青白く光っている。
(あの「少年」の体はできるだけ傷つけたくなかった。だけど・・・やっぱりコイツで攻撃しなければヤツは落ちないだろう!!)
「死ぬのはテメエだああああああ!!!」オルガは瞬時に王の目の前に移動し、まっすぐ大剣を突き出した。
不意を突かれた王の体に、光を放つ刃がぐさりと突き刺さる。
「わああああああああああっ!!!」王は転げまわった。
「痛い!!痛いよおおおおお!!!」子供のように泣きわめいた。
それまで漆黒の海だった地面は、再び枯野に戻った。
今の一突きで十分だと思った。オルガは二度目の攻撃はせず、王の、少年の胸倉を掴んだ。
「出てこいクソヤロおおおおお!!!ソイツをもとに戻せええええええ!!!」
口元から血を流しながらも、王はニヤリと笑った。
「その腕も・・・失くした方がいいね」
「何!?」
次の瞬間、オルガの両肩のあたりの空間がキュゥッとねじれた。そして、肩から両腕を引きちぎり、破れた肉片を飲み込んだ。
両腕がボド、ボドと落ちた。
「う・・・あ・・・」痛みに叫ぶ声も出ず、バタリと倒れた。
「キャキャキャキャキャキャ!!さあ、そんな姿でオマエに何ができるよ!?」解放された王は大笑いした。
意識が遠のいていく。
「今度こそアンタの死が待ってるぞぉ。へへへへへ・・・。特別にアンタには教えてやるよ。あのね、アンタが死んだら、あのウスギタナイ世界のゴミのように多い人間どもをこっちに呼び寄せてみんな殺してやるんだ。俺以外には誰もいらないからね。そしたら俺はコノ太陽のない世界とアノ太陽のある世界。二つの世界の支配者になるんだ。そして広い世界で永久に一人で暮らす。退屈したら、宇宙に出かけて宇宙人でも殺すんだ。・・・どうだ、いいだろう?」
オルガは今まさに、世界の破滅を意味する発言を聞いた気がした。
「ほん・・・とに・・・そんな・・・」
「出来るんだよ。そんなことが。俺にはね」
黒く染まった風があたりに吹きすさんだ。
「さようなら。大したことなかった戦士さん。」
空間がねじれて、海条の心臓が砕け散った。
3.
海条が姿を消してから5日目。バディア、ブレイン、黄門銑次郎は、あらゆる手を尽くして海条を探したが、その努力もむなしく見つからなかった。そんなときに、ある男が三人のもとを訪ねてきた。
海条たちの通う高校の屋上でのこと。
「どうも初めまして。アシラといいます。よろしく」
突然空からフラリと舞い降りてきたその男は、一言めにそう言った。
バディアらは、訳が分からなかった。
「えーと、どちらさま?」黄門が尋ねた。
「こういうものです。握手を」黒髪の縮れ毛の男は、手を差し伸べてきた。
黄門はその手を握った。その瞬間、ただならぬ気配を男から感じ取った。目つきをするどくした。
「おまえ・・・まさか」黄門より先にバディアが問うた。
「そう、ご存じ、あなたらの敵となる種のもんだ」黒い羽根の生えた自分の右腕を三人に見せた。
バディアらに緊張感が走った。
「確か海、空、陸の三族はメンバーが全員殺されたはず。あなたは生き残りね?」ブレインは強い口調で尋ねた。
「生き残りってのとはちょっと違うけどね。・・・あとあなたたち、そう構えないでくださいよ。俺は戦うつもりなんかないんですから」アシラは両手を前にかざしてあとずさった。
「・・・確かにそうだな。アンタが俺らのことを知っているのかは知らんけど、もたった一体で俺たちに戦いを挑もうなんて無謀が過ぎるってもんだ」黄門がふうと気を抜いた。
「質問が二つある。貴様は何者だ?あと、戦いでないとしたら何の用だ?」バディアが尋ねた。
「俺はずっと前にトライブを抜け出したメンバーだ。だから、三族皆殺しも関係なかった。用ってのは、あなたたちに一つ情報を持ってきたのだよ」
「情報?」
「王のヤツが復活したかもしれないということだ」
それはバディアらにとって全く予想外のことだった。
「王が・・・復活?」ブレインが尋ねた。
「ああ。そうと決まったわけじゃないが、その可能性は十分にある」
「本当だろうな?どこから仕入れたんだ、その情報は?」黄門が疑った。
「仕入れ先のことはちょっと言えないが、これは確かなことだ。正直、信じてもらわないとこっちも困る」
「王のことについては俺も聞いている。性格は邪悪にして、力は底知れず。凡庸なる戦士の理解の範疇を超えた奇々怪々な仕方で敵を消し去る。・・・誰も王には反逆せず、また近づくものもなし」バディアが言った。
「そんな魔物がすでにどこかで暴れまわっているかもしれないってことは、俺らにとっても人類にとってもあまりに危険すぎる」
少し考えて、バディアがハッとして口を開いた。。
「まさか・・・海条が突然消えたことも、その王の復活に関係があるやもしれん」
それを聞いたブレインと黄門もハッとした。
三人は、海条のことをアシラに説明した。
「そんなことがあったのか。確かにそれは何らかの関りを否定できないな」
「ねえ、アシラさん。・・・あなたの話、信じるわ。あなたは私たちと目指しているものが同じようだから」ブレインがアシラの目の前に出てきて言った。
アシラは微笑んだ。
「助かるよ。また何か情報が入り次第、伝えにくるから。それじゃ!」そういうと再び空の彼方へと去っていった。
「カラスの・・・アシラか」空へ消えていく黒ずくめの男を見つめながら、バディアがつぶやいた。
第44話につづく
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