第41話
『兄さんが残してくれたデータをフルに活用して、なんとか形にできたんだ』
「本当ですか! ありがとうございます! いやもうッ、嬉しくて……! 今すぐ飛んで跳ねて踊りたい気分ですよ!」
『分かった亞紋さん。それが下ネタだ』
「ちげーッつってんだろうが! なんでそうなるんだよ! 下ネタじゃねぇから!」
「落ち着けよ亞紋。イキるなイキるな」
『そう。落ち着いてきいてくれ三人とも。楽しいお喋りの時間とはいかないんだ』
赤石は今、何が起こっているのかをキングたちに説明する。
従者が襲ってきたこと。郡冶からのメッセージ。そして亞紋たちの現代世界――、地球に攻め込もうとしている勇者カルマ。
「ゆ、勇者さまが!? ど、どどどうして!」
『簡単に言えば、俺達がまだラスボスを倒してないからさ』
ベルンの見立てどおり、まったく同じ事が起こっていたのだ。
異世界に送られた亞紋たち。その裏では、勇者様と賢者さんが異世界に送られていた。
そう、この地球に。
『全てはマチエール。本名、
反応が分かれた。体人や錬は、当然クラブの一位であるマチエールの方に反応し、亞紋は乙廼華の名にピンと来る。覚えがあった。あれは、そう、まさに――
『ベルンや義乱にも協力してもらって、いろいろ調べた』
赤石の掠れた声からは疲労が感じられる。なにやら徹夜して調べたり、作ったりしたとか。しかしとにかくまず知るべきは、飯島乙廼華とは何者なのかである。
『彼女は国の人間だ。元は防衛省に身をおいていたようだが……』
ある日、その座を退き、表舞台から姿を消した。
亞紋も納得した。政治的な内容を扱う番組に度々出ていたのを覚えている。
モネたちに向かって一緒に強くなろうと言った日も、どこぞの番組に出ていたか。
『へぇ、よく覚えてますね亞紋さん』
「そりゃ、あの日はクリスマスだったからね。ま! 皆が股間の棍棒を振り回してようが、僕にはモネ達がいたから寂しくなかったけどね! がははは!」
『………』
「錬くんッ! どうしたの、バグったの!? これ、これだよ! これが下ネタ! どうし――、錬くん! やめて! 無視だけはやめてッ!」
『あ、ごめんなさい。爪、切ってました』
「錬くん! よかった! 死んだと思ったから! でもそれ今やる事かな!」
『伸びてたんで……』「うん! じゃあ深爪しないようにね!!」
『あの、いいかな俺喋っても! 一つ、とても気になる事があって。実は――』
赤石が語ることは、あくまでも予想でしかなかった。
しかし、もしもそれが本当ならばとても恐ろしい事だ。それこそ世界のあり方を変えてしまうのではないかと思うほどに。だから誰もが息を呑む。
『とにかく今ハッキリしている事は、彼女がもう一つのジョーカーを持ってるということだ。兄さんが俺たちをK・Fに送ったと同時期に、飯島は勇者を地球に召喚した。そして、何かを煽ったに違いない……!』
「ん――? 勇者?」
亞紋の表情が変わる。そういえば――。
だがその時、グループ通話の中に、招かれざる女の声が割り入ってきた。
『クカカカ、イヤですわ。もうそこまでお調べになっていたなんて』
間違いない。それぞれのキングの携帯に、飯島乙廼華の姿が映し出されていた。クセのついたセミロングの黒髪、隈が酷い三白眼の目がキングたちを見つめている。
乙廼華は笑みを浮かべているが、それは穏やかなものではなく、べっとりと張り付く嫌な『黒』を感じた。
『なぜ――ッ、携帯に……!』
戸惑う赤石。それが面白いのか、乙廼華はカメラを引いた。
すると彼女の隣にクラゲのような従者が見える。
『あ、バリオールだ』
すぐさま錬が反応、ヘビーユーザーの知識がすぐに答えを導き出す。
バリオールは機械でできたクラゲだ。だが一つだけ人間の脳が中央にある。かつて凄まじい知識を持った科学者が、自分の脳を機械に移植させて~。そんな設定のモンスターである。
ありとあらゆる機械を支配するとフレーバーテキストには書いてあるが、当然そんなものはゲームでは関係ない。そう、ゲームでは。これはゲームじゃないのだ。そういう設定があるなら、それをフルに使っていける。
『なぜ兄さんを切った?』
赤石は、チートを使用していた郡冶にカルマの攻撃が通ったのがずっと気になっていたが、今なら分かる。乙廼華が裏で、そのチートコードを解除していたのだ。
赤石の問いかけに、乙廼華は笑みを保ったまま口を開く。
『欲が出てしまいましたの。カカカ……!』
目的が違えたのだ。郡冶は『共有』だったが、乙廼華は『独占』したくなった。
『素晴らしい力の宝庫ですのよ。幻想世界は』
そこでカメラが動く。乙廼華の周りに何人もの男性が倒れているのが見えた。
気絶しているようだ。このように厳重な警備も、非力な女一人で突破できる。全ては従者の可能性。バリオールの他にもう一体、小槌を持った着物の少女がいた。
マツリカ、ランクはカラーレス。
『ゲームではステータスの低い従者達も、地球においてはその能力が脅威となる』
新しい進化の形がそこにはある。乙廼華もまた、他世界に魅力に堕ちていった。
『古い世界は破壊するべきですわ。私は、カカカ、腐敗臭には耐えられませんので』
乙廼華はカメラを移動させ、周囲の光景をキングたちに見せ付ける。
乙廼華は地球にいた。赤石が真っ先に気づいたが、自衛隊だ。
そこには数々の武器が見える。乙廼華の前にあったのは新型の地対空ミサイル。ここからが問題だった。マツリカが虚ろな目のままミサイルに向かって小槌を振るう。
どうやら洗脳プログラムによって従者は完全に言いなりらしい。予想はしていたが、発射台を含めてミサイルがひとまわり、ふたまわり、どんどん大きくなっていくではないか。そしてバリオールが触手を発射台に突き刺すと、起動する。
「おい、おいおいおい……!」
亞紋はまさかと思ったが、そのまさかだ。
砲台が轟音を上げると、小型旅客機ほどはあるだろうミサイルが発射されて天井を打ち破り、空の彼方に消えていく。
キング達は言葉を失い、その様子をジッと見ていた。
一方で乙廼華はカメラを自分に戻した。しかし後ろからは、まだ発射音が聞こえているので、二発目以降も発射されているのだろう。
『クカカカ! まずは日本!』
そう言って、乙廼華はジョーカーのタブレット端末を見る。
そこには各キングの詳細が記載されていた。
『あら。亞紋さん、良い町に住んでらっしゃる。カカカ、うらやましい。日本海のお魚は美味しいですものね。カカカ……』
「……ッ?」
『けれども向こうにはもっと美味しいお魚がありましてよ。それにあんなもの、もしもミサイルでも当たったら……、あぁ怖い。カカカ』
そこで気づいた。亞紋が住んでいる街には原子力発電所がある。そこを狙う気なのだ。
『コール、ビッグマシン』
さらに乙廼華は新しい従者を召喚する。空間を切り裂いて現れたのは、装甲列車だ。
ランクはゴールド。先端にはサメのような顔がペイントされ、何もない空間に自動で魔法のレールが引かれて発進する。
線路が自分で作れるということは、つまりどこにでも走っていけるのだ。
『あんなものが、病院や幼稚園を通過したら、まあ大変! カカカ』
乙廼華はニッコリと笑い、手を振った。
『それでは皆さん。よき終末を。カカカ……!』
そこで映像は切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます