第47話
「グッ!!」
病院前。体人の汗が一滴、土の上に落ちた。田んぼはもうめちゃくちゃだが、そこは許してもらうしかない。目の前には巨大な鉄の塊が迫っている。
体人は両手、アクセルは背中で押さえつけていたが、もう限界だった。
『体ぢゃん、あだじッ、もうダメがも……!!』
『体くゥウん、はげまじでっず――ッッ!!』
腕と足に変わっているキャミー達も声色から限界が伺えた。
ビッグマシンは凄まじいパワーで前進してくる。体人が踏ん張っている間にアクセルに破壊してもらおうと思ったが、装甲が硬い。パンクも狙ったが、タイヤは分厚いマナでコーティングされており、剥がすにはそれなりの時間がかかる。
なによりもアクセル抜きではとてもビッグマシンを止めていられなかった。
「アクセル! もしもオレがコイツに轢かれればどうなるッ?」
「おそらくテメェ程度のマナじゃ、すぐに車輪に轢きはがされて肉ミンチだろうな!」
そもそも生きていたとしても、後ろにある病院は破壊されてしまう。
「おい、もう無理だろキング! このままじゃ、お互いに轢かれるぞ!」
「じゃあオメェだけ逃げろ! 今ならまだ間に合うだろッ!」
「ナメてんじゃねぇ! このアクセル、逃げ道走るくらいなら死んだほうがマシだぜ!」
その時、体人の目の前に妹の姿が視えた。
これが走馬灯というヤツなのだろうか? だとすれば非常にまずい。
「……世界で一番かわいいヤツだった」
「あ?」
「昔はお菓子をやるとニコニコ嬉しそうに笑って、オレの所に寄ってきたんだ」
体人がボクシングを始めた時も心配してくれて、でも応援もしてくれた。
「だから約束したんだ。必ず世界で一番強い男になって、お前を守ってやるって」
従者達は皆、黙る。
「でも守れなかった。オレはアイツの葬式にも立ち会ってやれなかった……」
ヤベェ、死ぬ。そんな臆病風に吹かれた。体人は逃げようと思った。見捨てようと思った。知らない連中が何人死のうが、それはきっと体人の人生にはそんなに関係ない事だ。だから別にいい。病院が壊れても仕方ない。もう十分頑張ったから――
『お兄ちゃんは、世界で一番強いんだよっ!』
友達に自慢げに語っていた妹の姿が――。
「ァ、ダメだッ! ダメだダメだ! ぜってーッダメだ!!」
体人は雄たけびをあげてビッグマシンを押し返そうとする。
「オレは! 妹とお袋が死んだ時、死ぬほど悲しかったッッ!」
死んだ方がマシだと思った。そしてK・Fの世界に来た時も、死者が蘇る伝説を見つけてそこにフラフラとやって来た。迷信かとは思いつつ縋ろうとした。
だからこそ、この悲しみはもう終わらせなければならない。
「オレには親父がいる。オレまで失うなんて、悲しすぎるぜ!」
だからキャミーとラミーと別れる決断を取ったのだ。
「ましてやこの先にいる奴らも親がいる! 子がいる!」
仮にこの状況を見つけて、病院内の人間が避難を行ったとしても、中には動けない者もいるはずだ。もしかしたら逃げ遅れた者がいるかも。
いやいや、そもそも気づいていない可能性もある。
「どの道、おかしな女の欲望のせいで死なせるのはムカッ腹が立って仕方ねぇ! オレは世界に負けたままなんてのはゴメンだ! 自分の世界で、新しい幸せを、夢を、目標を見つける! それまでは絶対に死なねぇんだよクソがァア!」
「言ってる場合かよキング……! もうヤバイぜこれはッ!」
確かに、腕が、足がガクガク震えてきた。地面を擦る距離が長くなってきた。
「諦めるかァアアアアアアアア!!」
体人が叫んだ。しかし気合でどうにかなるものではない。さらにその時、ビッグマシンの上部に広がるモニタ。その中では乙廼華が不愉快そうな顔を浮かべていた。
『貴方の妹や母親は嘘みたいな事故で死んだ。そう、ごくたまに、我々の世界では嘘みたいな事が起きる。けれどもね、同じ嘘みたいなことでも重さがまるで違うの。この腐った世界の空虚な幻想と、キングダム・ファンタジアにおける真の幻想では価値の差が歴然なのです。だからもうやめて、お願い』
「うるせぇ! ワケわかんねぇ事をゴチャゴチャと! それになッ、オレはそうは思わない! この世界が存在し続ければ、妹がッ、お袋が生きた時間は残り続ける!」
確かに、妹の雪穂が生きた時間は限りなく短い。
「でもな! ぜってー無駄な物じゃねぇんだよ! オレがウダウダ迷ってた頃に積み重ねたプレイ時間より、よほど価値のあるもんだぜ!!」
体人は獅子のような眼光で乙廼華を睨みつけた。
「飯島ァ! テメェ泣いた事はあるかッ?」
『……ありますわよ。そりゃもう何度も。この世界が怖くて』
「奇遇だなァ、オレもあるぜェ!」
腕と足を失った悔しさで。家族を失った悲しみで。
「でもまだオレが生きてるのはなァ!!」
体人は父の泣いている姿を始めてみた。父は遺影を見つめてワンワン泣いていた。
「この世界にまだ価値があるからだろうがァアアアアアアアア!!」
腕が張り裂けそうだった。限界だった。しかしその獅子の叫びが、もしかしたら――、誰かのハートには届いていたかもしれない。
「グランッ! カリバァアアアアアア!!」
巨大な光が、ビッグマシンに振り下ろされる。
衝撃、そして完全に動きが止まった。乙廼華が映っていたモニタも消えてなくなる。
体人は地面に膝をついて息を荒げているが、ニヤリと笑みも浮かべていた。
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