第46話

「それでも貴方は一人ぼっちだった私の所に来てくれた。私を連れ出してくれた! 私を励ましてくれたじゃないですか! 勇者様にはできない事をしてくれた!」

「……キミの力に惹かれただけだ」

「で、ではッ、今は? 今はどうですか? 私が弱くなったら、貴方は私を追い出しますか? 見捨てますか? 使えないと罵りますか!?」

「……そんな事しないよ。だってキミはボクに似てるし。嫌いじゃないよ」

「じゃ、じゃじゃじゃあやっぱり貴方は大丈夫。それが――ッ、優しさです」


 早口で行われる応酬の中、錬は戸惑いがちに視線を泳がせる。


「どうして……!? ボクは、優しさを知らないから、優しくできないのに」

「そんな事ないです! だって主様は、叔父様や叔母様は優しいと自分で言っていたじゃないですか!」

「そ、それは、そうか! あ、あれ? 確かにそれはそうだ。でも――」

「あ、貴方様は、恐怖に縛られてるだけ。亞紋さんと戦って、分かったでしょう? 本当は優しい人なんです、だって貴方は弱さを知っているから!」


 恐怖を知り、憎悪を知り、絶望を知った。それは決して悪い事ではないとサリアンは叫ぶ。負を知っているからこそ、同じ轍を踏まないですむ。恐怖を知っているからこそ、同じ思いを人に味合わせないで済むのだ。

 しかしそれは中々難しい。人は不満を抱えれば周りを妬み、恨んでしまう。自分の苦しみを人にも味合わせてやりたいと思ってしまう。

 だからこそ、傷が塞がったあと、どう動くのかが問題じゃないのか?


「間違えないで主様。貴方が目指したのは! きゅ、救世主ですよね!?」

「そ、そう。ボクは救世主、世界を救うヒーローなんだ」

「そ、そそそそれをッ、どんな場所にいても、どんな時代にいても言い続けて! それが私が愛した貴方!」

「……め、珍しいね。キミがそこまで熱くなるなんて」

「いえ別に! ただッ、モネさん達が、ちょっと! 羨ましくなっただけです!」


 真っ直ぐに気持ちをぶつけることは、とても難しい。

 だがそれができたなら、少しは何かが良くなるかもしれなかった。

 錬は立ち上がると、アメリカンドッグを従者の一人であるヘルカイザーに投げてカルマの前に立つ。サリアンが作った雰囲気にのまれているのか、誰もが無言だった。

 その中で錬は頭を深く下げる。それは紛れもない、謝罪の意を込めて。


「お願いです。地球に攻め込むのはやめてください」

「だ、だが……、しかし」

「たしかに。ボクはろくな人間ではありません。ですが、地球にはコッチに世界に住む良い人たちと同じくらい良い人間がいます。地球を滅ぼすということは、そういう人たちを全て殺すということです」


 錬は知っている。どんな人間も心があれば怒るだろう。

 悲しいのはきっと仕方ない。憎むのも――、残念ながら人間であれば。

 だが知っている。人間には理性がある。優しい人間ならば、なおさら心は痛む。


「勇者カルマ様。ボクは貴方をずっと見てきました。貴方は、とてもよくできた人です。子供や女の命は奪えない」

 カルマはうな垂れ、剣先が地面についた。その時、錬の携帯が鳴った。通話をタップして情報を受け取ると、錬はすぐに電話を切る。

「クラブのキングからでした。勇者様は覚えてますか?」

「いや……、よく知らないな」

「そうですか。でも彼は――、亞紋さんは、貴方の事を思い出したみたいだ」


 亞紋はまさかカルマが地球にいるとは思わなかった。だから気づくのが遅れたが――


「勇者様は亞紋さんを助けましたね。車に轢かれそうになってたとか」


 しばし沈黙。するとカルマはハッとして目を見開く。亞紋がトラックに轢かれそうになった時、金髪の少年に助けられたが、あれがカルマだったのだ。

 乙廼華が亞紋の町を下見に訪れている際、カルマは召喚された。


「そ、そうか。彼がクラブのキングだったのか……!」

「どうして助けたんですか? その時の貴方はまだドゥームズデイの事を知らなかったとか? ならどうして郡冶と戦っている亞紋さんに気づかなかったのか?」


 カルマは黙っていた。いろいろ心を整理しているのだろう。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。疲れたように。呆れた様に。


「目の前で人が傷つくのは嫌だった。顔なんていちいち覚えてないさ。どんな人間であれ、おれは助ける。だからいちいち覚えてない」

「……貴方の言葉で印象に残っているものがあります。全ての人を救う」

「全ての人を救う。俺は――、勇者じゃなくてもその道を選んだ」

「そう、それです。それは今も同じですか? 勇者カルマ」


 カルマは一瞬、卑怯だと叫びそうになったが、本心だ。何も言い返せない。


「勇者様、聞いてください。貴方を騙した乙廼華は、地球を滅ぼすために暴れまわってます。それを止めるために、ボクの仲間が……、キングたちが戦ってます。みんな大切なものがあるんでしょう。だから戦ってる」

「……同じってわけか。おれも、お前たちも」

「はい。ボクも叔父さんと叔母さんを守るために戦います。貴方がもしも、何の罪も無い優しい人達を殺すっていうなら――」


 錬は、しっかりと勇者の目を見て答えた。


「ボクは大切なものを守るため。貴方と戦います」


 カルマは沈黙し、立ち止まった。するとその背後から、賢者エミリアが顔を出す。


「もうやめれば? カルマ」

「エミリア……」

「貴方、そういうの似合わないから」

「なんだよ、急に……! っていうか、今までどこに行ってたんだ」


 事情は知らないが、勇者の側近とも言えるエミリアが、今まで姿を消していたらしい。

 それは何故か? エミリアは腕を組むと、眉間にしわを寄せる。


「やっぱりね。乙廼華って人、目が怖いから。確証がほしくて」

「え?」

「ごめんなさいカルマ。今まで黙ってたけど、私ずっと頭の中に男の人の姿があったの」


 カルマはショックを受けているようだが、そういう意味じゃない。

 本当に文字通り、『ある男性』が頭の中にいたのだ。

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