第45話

 広場には――、錬が立っていた。焦りはない。明確なプランがあったからだ。

 100%勇者が攻撃を止めてくれる自信が錬にはあった。それは、『素直に謝る』ことだ。


「クッチャックッチャッ、なんか、あの、ごめんなさい……、クッチャ」


 それで勇者は思いとどまってくれる筈だった。

 そういうヤツだ。そういう性格だ。だから何の心配もしていなかったが……。


「無理だ」


 勇者は即答だった。終わったと思った。錬は広場で立ち尽くしていた。


「な、なんで……、クッチャクッチャ、どうして、ペッチャ!」

「地球はおれ達の世界を操作する力を持ってる! 向こうの人間が、戦いを望めば、世界はそれを望むように姿を変えてしまう!」


 カルマは叫ぶ。もともと勇者という事で、厚い信頼や友好はあった。既に多くの従者がカルマに賛同し、地球を落とすために集まっている。

 錬は周りからの敵意溢れる『視線』を受けて、吐きそうになってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよ。でも勇者様はボクたちを助けてくれたじゃないですか……」


 確かにカルマは郡冶戦で颯爽と現れ、光の剣で足止めしてくれたではないか。


「あれは助けたんじゃない。一番初めに目についた大きなターゲットを攻撃しただけだ。あの後は、お前たちを攻撃するつもりだった」

「えー……。モッチャモッチャ」


「お前たち地球人はドゥームズデイを引き起こした! そしておれの村をッ! いやそれだけじゃないッ、それが結果的に戦いの火種になった。そうだ! 全てはお前たちの責任だ! お前たちの身勝手な行動のおかげで、おれたちがどれだけの迷惑を――」


 え、めっちゃ喋るじゃん。錬は迫力に圧され、両手をあげながら後ろへ下がっていく。


(なんだよ、なんで分かってくれないんだよ。あぁあ、クソクソクソ!)

 錬の中にドス黒い炎が宿っていく。するとカルマが錬を指差した。


「だいたい、お前の従者とやらを見せてみろ!!」


 錬は見せろと言われたので素直に見せた。前回とは違い、全員揃っていたので包み隠さず、お見せした。なのに勇者様はもっと怒り出してしまったではないか。


「スマイルマーダー・ジルルート! 指名手配中の犯罪者だ!」

「だって、ステータスいいから……。クッチャクッチャクッチ」

「そのデカイのは究極邪神ディアボロス! 破壊の限りを尽くすマキナロイドだ!」

「だって、必殺技が強いから……。周回するのに便利で」

「邪星のヘルカイザー! 魔王四天王だろうがソイツは! おれは殺されかけたぞ!」

「だって、スキル強いし……。モッチャモッチャ!」

「そして最後は沼地の魔女のサリアンだ!」

「いや、だからね。とにかく勇者さまは乙廼華に騙されてるんですよ」

「黙れ! お前の方が怪しいわ!!」


 錬のパーティは全員が設定的に『ダークサイド』である。

 勇者がブチ切れるのも、まあ仕方ないのかも。

 そんな従者の上に立つ錬は、どう考えても信頼できる人物には見えないだろう。


(無理だ。もう無理だよ。なんだよ、アホのくせに。あーあー、もうダメだ。はい地球おわり。ボクのせいじゃないし、何にも知らない勇者が悪いし)

 錬はへたり込んで、人差し指で地面に『勇者しね』と書き連ねる。


「クッチャクッチャクッチャ!」

「あとそれだそれ! さっきから気になってたが何クチャクチャ鳴らしてんだ!」


「はぁー、見りゃ分かんだろ。アメリカンドッグ食べてんだよ。美味しそうだからさっき、そこの屋台で買ったんだよ……」




「謝罪に来たんだよなお前!?」




 乙廼華もそれを見て声を出して笑っていた。

「クカカカカ! なんてアホなガキ! 物を食いながら謝罪なんて。食い方も汚いし!」


 亞紋も頭を抱えている。やはり人選ミスだったのか――?


「屑からは屑しか生まれない。地球の掟よね。カカカ!」

「確かに彼はエキセントリックな面があります。ただ――」


 従者を操る機能はジョーカーだけのもの。

 つまりモネやキャミー達は、自分の意思でキング達に従っていたのだ。

 だからその時、一人の少女が広場で叫んだ。


「違う!」


 皆が注目する。サリアンが、錬を庇うように立っていた。


「私は沼地の魔女として恐れられ、多くの人間に迫害されてきました! 私はッ、な、何もしていないのに!」


 たしかにサリアンの母は、悪さを働いてしまったようだ。

 しかしサリアンは本当に何もしていなかったし、知らなかった。

 なのに母が死んだ後、サリアンは娘という理由で差別を受けてきた。


「家に火を放たれ、大切に育てた動物を殺され! は、畑も荒らされてッ、うヒヒッ! ももももう本当に死んでしまおうかなって思ってました! 勇者ッ、貴方だって世界を救うのに精一杯で! 私のことなんて噂でしか知らないでしょう! そ、それなのに、知ったような口を利かないで! おえぇぅッ、うげぇ! オロロロロロロ!」

「お、おい! 大丈夫か!?」

「し、失礼。ちょっと昔を思い出したのと、皆に見られた緊張で吐いただけです!」


 見れば錬も吐いていた。もらいゲロ、まさに地獄のような光景ではあるが――、サリアンの必死な叫びは、多少なりともカルマの心に刺さったようだ。


「で、でも主様が私の前に来てくれて、いっぱい、いっぱいいっぱい励ましてくれて、その、あの、えっと……!」


 伝えたい事がいっぱいあるのに、それが言葉にできない。だがそれでも、サリアンは拳をグッと握り締め、身を乗り出す。ここで引く訳にはいかなかったからだ。


「私は、主様によって救われました。救っていただきました! 主様は私の寂しさを理解し、仲間に加えてくださいました! ですよね主様っ!」


 それを受けて、錬は一言。


「え? は? ゴメン聞いてなかった。ボクがキミを仲間に入れた理由はステータスが良かったからだよ。クッチャクッチャ! ネッチャペッチャ!」



 ジルルートは大笑いである。ここまで空気の読めないアホも珍しいと。

 サリアンも一瞬ドン引きしたように怯んだが、それでもまた叫ぶ。

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