第44話

 地球は怖い。悪い人たちが沢山いるし、それは世界を見ても同じだ。


「地球は一つ。全て繋がっているんですよ? 世界の端で起こっている紛争も。向こうの国で暗躍しているテロ組織も、いずれは我らの生活を脅かすかもしれない。そう思ったら夜も眠れないでしょう?」


 不眠が続き、隈が酷くなった。


「身を守ろうとするのは当然じゃありませんか。カカカ。だから必死に勉強しました。そしたら――、ね? ある日、見えたんですよ」


 黒魔術の勉強をしている途中だった。世界の真理が視えたのは。


「穴をね、開けられるようになりましたのよ。凄いでしょう?」

「……赤石さんが言ってました。あなたの就任期間中におかしな事件があったと」

 海外での出来事ではあるが、日本のニュースでも少し取り上げられていたようだ。

 ある日、海外で活動するテロ組織がミサイルを撃ったのだが、着弾せずに空中で忽然と姿を消したらしい。

 墜落でもなければ、着弾前の暴発ではない。まさに突然消え去ったのだと。


「同じような都市伝説が過去、飛行機や船で起きてますよね。ワームホール、空間に開いたトンネルだとか噂されています」


 乙廼華は、真っ赤なルージュが特徴的な唇を吊り上げた。裂けるほどに。

「ええ。カカカ! 私が実験したんですのよ。未来の防衛のために、穴をあけてミサイルをそこへ通したんです」

「だったら、やっぱり!」

「カカカ! そうね。そちら側の予想通りだと思いますよ。でも誤解のないように言うと、その時の私はね、穴の中に別の世界が広がってるなんて思わなかったの」


 ブラックホールみたいなものだと思っていた。

 何もない空間があれば、そこへ有害なゴミを沢山捨てられるし、防衛にも役立つ。だから試した。海外の出来事はいずれ日本でも起こりうるかもしれないから。

 そうだ、知らなかったのだ、それは本当だと乙廼華は念を押す。


「でもまさか穴の先が、小さな村だったなんて!」

「飯島さん。貴女が……、ドゥームズデイを起こしたんですね!」

「結果的にそうなってしまったようね。結果的にね。カカカカカ!」


 K・Fのストーリーでも重要なポイントになる事件。勇者の村を消し飛ばした謎の爆発は、乙廼華が地球のミサイルをK・Fに送り込んだからだ。

 そう。カルマの村は地球の兵器で壊滅したのだ。


「そのことを勇者に!?」

「ええ。話しましたよ。もちろん私のせいとは言いませんでしたが……、カカ!」


 だからこそ勇者は地球への憎悪を燃やし、壊滅させようと提案したのだ。


「でもどうして! 日本を守ろうとした貴女が、今は日本を滅ぼそうとしてる!」

「矛盾してるわね。カカカ、でも亞紋さん。人の心は移ろうものでして」


 はじめは本当に防衛のためだった。保身のためだった。

 しかしある日、穴の中にある世界を見てしまった。知ってしまった。


「地球はね、もうね、古いのよ」


 ご覧の通りだ。地球にとってはブロンズやカラーレスの従者でさえ、十分脅威となりうる。いやそれだけじゃない。モネだって素晴らしい力を秘めていた。

 本人はまだよく分かっていないようだが、きっとそんな従者がまだまだいる筈だ。


「でも地球は違う。文明は遅れているし、個性もない。にも関わらず憎しみ合う心だけは一丁前。どうせ今日も似たような理由で殺し合いでしょう?」


 だから同じような事を研究していた郡冶に目をつけ、国としては研究を打ち切られたあとも、個人的には協力を続けた。


「ここだけの話、研究が打ち切られた一番の理由は偉い人が気づきかけたんです。異世界の存在に。でも怖くなった。侵略されるかもしれない事が、魅力に溺れてしまうかもしれない事が。カカカ、すっごく馬鹿でしょう?」


 しかし乙廼華は苦悶の表情を浮かべる。


「でももしかしたら、まだ私たちの知らないところで秘密裏に研究が進んでいるのかもしれない。そう思うとね、怖くてまた眠れないの」


 独占するには、情報を知っている人間を消せばいい。


「世界ごと消すのが一番安心できるでしょう? 魅力的な世界は私だけのもの」


 開発しはい力は郡冶の方が高く、乙廼華はまだゴールドランクの従者だとビッグマシンのような意思を持たないタイプのマキナロイドしか支配できない。

「しかしいずれは全ての従者を意のままにしてみせるわ。私はね、私の望む国を作るのよ。全てを支配して思い通りの生活を送るの。カカカ!」


 一切の抵抗は許さない。全てが思い通りの世界にしてみせる。





「それが、私の理想王国キングダム・ファンタジアなんですのよ。カカカカカ!」





 乙廼華はジョーカーを取り出し、亞紋へ画面を見せる。

 そして指を鳴らすと、画面の向こうで無数のミサイルが追加で発射されていくのが確認できた。通常のサイズではあるが、とにかく数がある。


「巨大化したミサイルを止めたとしても、無数に発射されたものが各地に向かっています。それを全て止めるなんて不可能! カカカ!」

「なんて事を――ッ!」


 乙廼華は淀んだ笑顔を、さらに濃くする。


「貴方達はもう十分ゲームを楽しんだでしょ? 女を侍らせ、力を振るい、成長ごっこ。そして帰還。はい、じゃあ遊びは終わり。次は、私が楽しむ番よね? あなた達に私は止められないわ。ガキが、大人の邪魔をしちゃいけないのよ」


 以前の亞紋ならば何も言えなかっただろう。だが今は、確かに口を開いた。


「違う。あれは遊びじゃなかった」

「?」

「いや、たとえ遊びだったとしても。僕たちは本気で遊んでたんだ」


「フフフ! クカカカカ! そう、そうなの。そうだといいけど」


 乙廼華がジョーカーを操作するとK・Fの世界、広場が映し出される。

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