第20話

 フィリアは――、見たくなってしまった。今、亞紋がどんな表情で愛を告げてくれたのか。だからゆっくりと、ずっと閉じていた瞼を開いてみる。


「こ、こっ、これで……、いいの?」

「………」

「ほら……、やっぱり……、ガッカリしてるじゃない……!」

「待って! お願いです。どうかそのままっ!」

「だ、だめっ、無理よ……! これ以上は……、恥ずかしぃもの……!」

「凄く綺麗です! 黙ってたのは、見惚れてたからなんです!」

「き、綺麗って……。年上をからかわないで……! お世辞なんて嬉しくないわ……」


 余裕がないのか、フィリアは真っ赤になりながら顎を引いていた。

 しかし亞紋の言葉は本当だ。可愛らしくて優しげな目、何よりもエメラルドグリーンの瞳が月明かりを受けてキラキラしている。


「アプリでも――、見たことがありませんでした」

「当然よ……。こんなの……、誰も……、喜ばないわ」

「いえ、安心しました。他の人には絶対に見せたくないから……!」

「――えッ」

「むしろッ、僕の方こそすいません。つまらない顔で……」

「そ、そんな事ないわ。とっても可愛くて、素敵だと……、思うもの」

「そう、ですか。ありがとうござい……、ます」


 それはどちらかが言ったわけでもなく、お互いの意識がシンクロした結果だった。

 唇が触れ合う。それは僅かな時間ではあったが、十分だ。フィリアは顔を離すと、熱くなった頬を抑えて悶える。


「だ、ダメなのに――ッ、マスターくんはまだ子供で、私はお姉さんだからしっかりリードしてあげないといけないのにぃ……、ニヤニヤしちゃうのぉ」


 好き。愛してる。綺麗。何度も頭の中でリピートしてしまう。


「うふっ、うふふ……! うふふひひはは――、ほへぁ」


 結果、パンク。フィリアは白目を剥いて倒れた。


「気絶しております」「だせぇ」「でも幸せそう。良かったね、フィリアお姉ちゃん」


 亞紋も落ち着くために深呼吸をひとつ。

 一方で服を掴まれる感覚。振り返ると、ペティがニヤリと笑っていた。まあ、流れ的にこうなるのは当然だ。意味ありげに笑っているペティに、言いようの無い迫力を感じて、亞紋は引きつった笑みを浮かべる。


「マスター、ごめん。アタシはいいや」

「え? そ、そう?」


 正直、残念だが、ペティがそう言うなら仕方な――


「自分ですっから」


 亞紋はペティの勝ち誇った笑みの意味を理解した。『自分でする』、その言葉通りペティは亞紋の唇を自分から奪ったのだ。それも亞紋の下唇を咥える様に。

(な、なんだかフワフワしてきた……!!)

 ペティは唇だけを使ってフニフニと亞紋の唇を甘噛みするように挟んでいく。

 そうしているとペティは舌先で亞紋の唇をノックしはじめた。くすぐったくて口を開けてしまうと、ペティの舌が進入してくる。絡めあう舌が熱を発し、一瞬ペティと本当に繋がっているのではないかという錯覚に陥った。

 倒れる亞紋。何とか抵抗しようと手足をバタつかせるが、ペティはその手を押さえると、尚もキスを続けていく。


「んっ、ふぁ」「んむっ、んぁ。ぷはぁ」


 しばらくして満足したのか、ぺティは唇を離す。唇をなぞりながら、ニヤリと三日月の様な笑みを浮かべ、トロンとしている亞紋を見ていた。


「どうだったマスター。本で読んで勉強したんだけど。結構自信あんだよねー」

「はぁ、はぁ……! ろうっへ、ひひなりいふぁれてほ」

「あらら、呂律回って無いよ。そんなに気持ちよかった? ヤバいっしょ」

「ふ、ふぁ……、ふぁい……」

「可愛いねぇ、マスターは。フフフ! 愛してるよ、本当に、好き」


 ペティは亞紋を抱きしめて、頬を撫でながら囁く。吐息と言葉が亞紋の耳をくすぐり、脳に直接届いていくようだ。するとペティはゆっくりと人差し指で亞紋の唇をなぞった。


「ゴメン、やっぱ気が変わったわ。マスターからキスして欲しい」

「――へ?」

「好きって言ってからね」


 亞紋はトロトロの目をしながら頷く。もうココまできたら従うしかない。亞紋は愛の言葉を囁くと、自分からペティに唇を重ねていく。今度はただ唇を当てるだけのキスだったが、ゾクゾクとした支配感を感じてペティは満足そうに微笑んだ。


「ふふふ、マスターは良い子だから好きだな。アタシ」


 亞紋としてはまだ体がぐったりして、頭はフワフワしている。

 完全に彼女にされるがまま。それを見てモネ達もオオと声を上げる。


「すごいねペティお姉ちゃんっ! お兄ちゃんを骨抜きにしちゃった!」

「なんと妖艶な……! これは是非参考にしなければなりませぬ。メモメモ……!」

 ペティは亞紋の唇を軽くハンカチで拭くと、さっさと自分の布団へ戻っていった。

「ねむみを感じる。もう寝るど」


 ペティの言葉に賛成する一同。


「うんっ。うん? ん?」


 モネが違和感に気づいた。なんだか硬い感触がある。それは頭、それは服の中。


「え? え? えぇ?」

「モネ、どうしたのでございますか?」

「なんかね、石が……」


 モネの服の中や、枕元に小さな石があった。

 それは先ほどお風呂場で見かけたものと全く同じだ。


「な、なんでぇ? さっきはこんなの無かったのに」

「やはりモネの魔法で生み出されたのではございませぬか?」

「そう――、なのかな? でもわたし、そんなつもりはなくて……」

 立ち上がってバタバタと服をはためかせると、ポロポロ粒が落ちてくる。

「んー、邪魔だよっ」

「あ、あ、じゃあ良い方法があるよ」


 ぐったりしていた亞紋は携帯を取りだすと、音声認識を発動させる。

 というのも、モネ達がお風呂に入っている間に、かなり便利な機能を見つけたのだ。


「キャプチャー」

 携帯裏のキングの口の部分が光って、ライトのようにモネを照らす。

 もちろんただの光ではない。丸い光の中に石の粒が入ると、それが携帯に吸い込まれていくではないか。

「えっ、すごい!」

「でしょ? それでさ、吸ったアイテムが携帯の中に……、ほら!」


 画面の中には、先ほど吸収した石の写真が表示されていた。


 名前の欄には『謎の石』と表示されている。


「アイテムを携帯の中に保存できるんだ。かなり便利だよコレ」


 亞紋は光をモネの周りに当てて、石の粒を全て吸い込んだ。

 まるで掃除機だ。そうやって『謎の石』が9個手に入った。アイテムの名前をタップすると『具現しますか?』と表示され、『はい』を押せば携帯から出せるようだ。


「でも平気? モネ、何かおかしな事はない?」

「ん、んん。大丈夫だよ。いまのところっ」


 モネは地属性、もしかしたら新しい魔法を獲得しようとしているのかもしれない。

 とりあえず今日は様子を見ることに。気づけばペティはもう寝息を立てている。亞紋達も布団を被り、目を閉じた。


(いや、しかし眠れん……。興奮が……、まだ柔らかい感触が――ッッ)

 一時間ほど悶々していただろうか? すると、手の甲をちょんちょんと指で押された。


「お兄ちゃん」

「モネっ、起きてたの」

「うん。あのね、まだ眠くないなら、お願いがあるの」


 小声で囁きあう二人。


「さっきのペティお姉ちゃんみたいにはできないかもしれないけど、もっとお兄ちゃんに喜んでほしいから……、キスの練習させてほしい――、なんて」

「そ、それって」

「うん。練習って言っても本当にさせてほしいの。それにわたしね、さっき凄い幸せだったから……、もうちょっとだけ――」

「?」

「フィリアお姉ちゃんの本で見たよ。いちゃいちゃ? それが――、したい、かも」


 もじもじと上目遣い。断れるわけがねぇ! 亞紋は即答でイエスだ。


「ありがと、お兄ちゃん大好きっ。あ……、でもみんなに見つかると恥ずかしいから、お布団の中でしよっ」

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