第24話

 K・Fにおいて全てのプレイヤーの頂点に立つ男、それが目の前にいる錬である。


「ま、まさかこの城に誰もいないのは……」

「ええ。そうなんです。ボクがぜーんぶ倒しました。凄いでしょ?」


 錬は携帯の画面を亞紋たちに見せる。エネミーリストには倒した者の名前がズラリと並んでおり、錬はそれを嬉しそうにスクロールしていた。


「でもね、魔王がいなかったんです。不思議ですね、残念ですね」


 そこで錬は指を鳴らす。


「ご苦労だったね、ジルルート」

「いやいや。楽勝だったぜ、坊ちゃん」


 亞紋たちの背後。誰もいなかった筈の空間に一人の男が現れた。長い金髪を一つに結んでいる紳士風の男だ。名前はジルルート、ランクはゴールド。

 光の力を操ることができ、自分やマスターを透明にできる。


「透明になっている間は、魔力だって消せます。誰もボクらを探る事はできない」


 錬はずっとジルルートを亞紋にはりつかせ、行動を逐一報告させていた。


「でもモネの家の中までは入らせてませんよ。ボクは常識のある男ですからね……」

「な、なんだってそんな尾行じみた真似……」

「決まってる。集会場で働いていたのも、この今も。全ては他のキングを見つけるため。

 できれば潰し合ってほしかったけど、ん、ん、んん、まあ結果は微妙。邪魔なんですよね。ボク以外のキングは本当に要らない……!」

「い、いらないって……。何を言ってるんだよ錬くん。本気なのか?」

「……あの、いきなりですけど。お二人はキングダム・ファンタジアを愛していますか?」


 愛――? 唐突な内容に亞紋と赤石は固まってしまう。しかし錬は大真面目だった。


「ボクは自分が一番K・Fを愛していると誓えます。ランキングはずっと一位だ。何度も課金したし、イベントは今まで一度も欠かした事がない。むふふふッ」


 ゲームがリリースされてから異世界に飛ばされるまで、錬は毎日ゲームを起動させている。そして時間が許す限りゲームを楽しんでいるのだ。


「ボクッ、学校に行ってないんですよ。だからプレイ時間はたぶん一番凄いんじゃないかな。どうです? 分かります? ボクがどれだけ命を懸けているのか。だからボクがキングに選ばれた時は嬉しかった。そりゃあもうッ、飛んで跳ねて喜びましたよ。ああ、もちろん、心の中でね。人間に翼はない。鳥じゃない……! 当然だ」


 だが同時に複数のキングがいる事に錬は激しく嫉妬した。

 たしかに各スートにそれぞれキングがあるのは当然の事だ。だがすくなくとも錬は自分が、『王』を名乗るだけの資格があると自負している。しかし他のキング達はどうだ?


「あの、あのねぇ、あのですね。ボクの母は……、ボクをトイレで産んだらしいんだ」



 ここにきて、まさかの自分語りが始まる。



「父親が誰か分からなかったから、そのまま流そうとも思ったそうです。あぁ、まあこれはどうでもいいか。いやとにかく母は自由な人でした、父がコロコロ変わってたから」

「い、いきなり何を言い出すんだよ。ちょっと待って、今はそんな――」

「うるせぇええッッ! うるせぇうるせぇ! ブチ殺すぞゴラァァア!!」

 亞紋と赤石の肩が震える。錬は突如激高すると、立ち上がり、血走った目を向ける。

「人が話してる時はッ! ァァん! 黙ってろって先生に言われただろうゥゥ! ハァ、ハァ! では続けますよ! ある時ね、母は本当に好きな人ができたと男の人を連れてきました。その男はドラッグを愛用していました。よく注射だの鼻から吸引だの、母は複雑な表情でそれを見ていましたが止めませんでした。その時から愛ではなく主従関係が成り立っていたのでしょう。男はワケの分からない事を良く喋り、不機嫌になれば母を殴ってしました。もちろんボクもうるさいとお腹を蹴られました。生意気な目が気に入らないと殴られました。痛かったなぁ! ひひひははは!」

 思わず、亞紋は一歩後ろに下がった。錬の背後に強大な闇が見えたのだ。

「アイツはね、母には謝るんですよ! そしたら母も許してしまう。ああ愚かだ、母は仕事をしていない父の為にお金を稼ぎました。まあそれも博打か薬、他の女のために男が浪費するんですけどねぇ! 聞いてください。ボクの――、御剣錬の話をキイテクレ」


 ――でもそうなると父と二人きりの日が多くなりますよね? ええ、そりゃもう殴られましたよ。でも次第に父と母は家を空ける時間が多くなりました。たぶん誰も掃除をしなかったから醜悪な空間に耐えられなかったんでしょう。ゴミ袋は溢れ、部屋には生ゴミの臭いが立ち込めてましたから。床も、外の道路の方が綺麗だったんじゃないかな。しかしあの時のボクはその醜悪な空間であっても母の帰りを待ち続けるしかなかった。母はボクを小学校に通わせませんでしたから、ボクはあまりにも愚直で無知だった! 今でも思い出そうとすれば思い出せる。全身を這う害虫達の感覚! 視界を埋め尽くす程蠢く蟲達が! あぁぁぁ、駄目ですねやっぱり! お部屋は綺麗にしないと。潰しても潰しても出てくるんですから。知ってますか、アイツらって上から見ると『目』に見えてくるんですよ。皆ボクを見てる。ああ気持ち悪い! ガガガ!! オウェエェエエエエ! あ、ごめんなさい。でもたまにね、二人も帰ってくるんですよ。そうしたら部屋を掃除していないのはボクのせいだとか言って二人でボクを殴るんです。たぶん母は父――、違う。あれはクソ男だ。とにかく同調したかったんでしょうね、本当はボクを堕胎させるつもりだったとか、ボクさえデキなければ幸せになれたとか――、ある日ボクは家を追い出されました。雪が降る季節にですよ? 信じられない、あいつらは頭がどこかおかしいんだ。死ね、死のう。そう、そもそも望まれてすらいない生に意味なんて無かったんですよ。母は一時の性欲の発散でボクを作ったんですからね。ボクとしても、いても仕方ない。ボクはあの時、字は書けませんでしたが、言葉は理解できていました。テレビで見た死ぬ方法がふと脳を過ぎったんです。チーン、です。簡単ですよね、高い所から飛び降りるだけで人間は壊れちゃうんですから。近くに廃墟があったから、ボクはそこに行きました。廃墟は三階建てだったんですけど、凄いんですよ! 先客がいたんです。サラリーマンのおじさんでした。借金して怖い人に追われて、もう死ぬしか無いんですって。嬉しいな、みんな友達、ルンルンですね。

『じゃあお先に』

 そう言っておじさんは飛びました。ん? おい聞いてるか? 亞紋、赤石、まだ続くぞ。もう少し続くぞ。黙って聞いてろよ! それでね、おじさんは地面に激突した後、しばらく呻きながらもがいてました。 高さが足りなかったんでしょうね、死ねなかったんだ。可哀想に。

『ウギュゥンンッ! ブバッ! ンベベベッ! ギギィ!』

 汚ねぇ呻き声だった。なんか脳みそか血か知らねぇけど色んなモン撒き散らしながら左へ右へ転がって、しまいには痛いとか助けてとか言いながら漏らしてたしな。んで、しばらくしたら動かなくなった。死んだんだろ。何か死体って汚くてみすぼらしくて、ゴミみたいだった。その時、ボクは思った。死んだら結局肉の塊、死骸じゃねぇか。ボクが潰したゴキブリ共と大差ないんだ。それを考えたら、死にたく無くなった。じゃあどうすればいい? 簡単だよ。舞い落ちる雪が綺麗だった。その下にある死体はクソ汚くて、そのコントラスト、ボクはすぐ答えにたどり着いた。分かるだろ? だからボクは拾った木の枝と石を持って帰りました。枝で目を突けばいい、頭に石を何度もぶつければいい。でもねでもな、ボクが家に帰ったら……、ハハ、思い出してもクソウケルわ、あの男ね、薬取りすぎてショック死してたんですよ。その隣では母が転がってました。人間て、あれだけ殴られると顔が変形するんですね。たぶんボクが出て行った後に喧嘩でもしたんでしょう、母は青痣だらけでもう誰だか分かりませんでした。その後は……、あんまり覚えてないんですよ。警察が来て色々処理してくれて――、ボクは施設に入ったんですけど、すぐに叔母さんがボクを引き取ってくれたんです。叔母さんと叔父さんは最高に優しかったなー。子供がいなかったからかなー、本当にボクに良くしてくれたんですもんなー! 字の書き方とか漢字も教えてくれたし、途中に学校にも行かせてくれました。まあでもあんまり合わなかったんですけどね。だっていっぱい『目』があるんだもん。思い出すじゃないですか色々。気持ち悪い。目は蟲ですよ、蠢く不快感。殺虫しないと殺される。でも叔父さん達は何も言わなかった。理解してくれた。最高ですね、良い人だ。欲しい物があるなら何でも買ってくれる。ははは、ひひひ、ふふふ、へへへ、ほ。中学生になったら携帯を買ってくれました。最新版です。凄いんだ。ボクはアプリで初めてゲームをしました。それが、K・Fです! 凄いね、凄いよ! 凄すぎる! 感動したよ、ゲームって凄いね、あんなに面白いなんて思わなかった。違う世界があるじゃないか、火を噴くドラゴン。魔法で戦う戦士たち。世界を狙う魔王。そしてそれを阻止するべく立ち上がった勇者。それを超える救世主たるボク! 魂が震えた。ボクは夢中でした。だってボクは救世主! カルマは噛ませさ! みすぼらしい自分はいない。こんなボクを世界を守る為に戦える!



「――今から15日前、ボクの部屋の窓を叩く人がいました。二階だったけど、石を使ったんでしょう。ボクが窓から顔を出すと、彼がボクにカードを見せてくれました。そしたら! そうしたらどうだい! この世界にボクがいたんだよ!」


 一瞬、間。


「な……、長い!」


 亞紋は思わず本音を口にしてしまった。おまけに早口だったから内容があやふやだ。

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