第23話

「スペードのキングはどこにいるんでしょう? その人に会えれば何か分かるんじゃ」

「三日前に聞いた話なんだが、旅人が魔物に襲われている時、一人の少年に助けられたらしい」


 少年は圧倒的な強さで魔物を倒したが、魔物を笑いながら刀で切り刻むその様は、少年のほうがモンスターに見えたとか。問題はその少年がなにやらトランプのようなカードを持っていたという点だ。赤石はその人間がキングだと思っているようだ。


「総合ランキング一位はスペードですよね。相当強力なプレイヤーだとか」


 プレイヤーネーム・サルバトーレは、スペードのランキングだけでなく、各スートを合わせた総合ランキングでも常に一位の座に君臨している。

 体人が三位、赤石が二位、とくれば一位が来るのではないか?


「でも気をつけた方が良い。話を聞く限り好戦的な性格なのかもしれない」

「そう、ですか。少し甘かったかも。みんな助け合えるって思ってたんですけど……」

「まあ、キングだけじゃなくて魔物とかもいるからね。この世界は魅力的だけど、厳しい面も沢山あるよ」

「……赤石さん。実は僕、ずっと他のキングの人に相談したい事があって」


 亞紋は俯き、拳を握り締め、搾り出すように声を出した。


「赤石さんは帰りたいですか? 正直――ッ、僕は迷っています」


 亞紋は離れた所にいるモネ達を見た。楽しそうに笑っている姿は、ずっと見ていたい。


「そもそも僕たちの世界は今、どうなっているのか……。もしかしたらコッチとは時間の進み方が違うかもしれない! 帰っても父や母がいなくなってて、モネたちとも離れ離れになって……! そんな事ならずっとココで――ッ!」


 亞紋は言葉を詰まらせた。そのまま口にする事が良いのか悪いのか、分からない。


「まあ、亞紋くんの気持ちは分かるよ。俺だって本音を言えばそう思ってる部分はある。でも、きっと兄さんは良くない事をしようとしている。このまま異世界観光で終わってくれる筈がない。だから従者達と別れる覚悟だけはしておいてほしい」


 赤石は多くは語らなかったが、重みのある一言を亞紋に投げかけた。


「それに……、亞紋くんはお祖父ちゃんとかいるのかな? 俺の祖父は会うたびお小遣いくれてさ。俺もう22なのに。あと、昔誕生日に肩叩き券あげたこと、会うたびに嬉しそうに話してさ」

「ぼ、僕のお祖父ちゃんもまだ生きてます。優しい人で、僕が小さい時は釣りとか、映画に連れて行ってくれました」

「いいお祖父ちゃんじゃないか。それだけ愛されてるって事だ。だから、俺達が突然いなくなったら、すごく悲しむ」


 亞紋は無言で頷くしかなかった。確かにそれはそうだ。両親だってきっとそうだ。


「と、とにかく郡冶さんに話を聞かないと。何か心当たりはないんですか?」

「俺も一週間ほど、いろいろな場所を探し回った。既存のダンジョンや知らない土地、でも手がかりさえ無かった。ただ一つだけ――」


 赤石は携帯を取り出して、一つのダンジョンを指差した。


 魔王城。現バージョンのラストダンジョンである。K・Fのストーリーはまだ配信途中で完結はしていない。しかしストーリーが進む中で、最近魔王を守る四天王が出てきたり、負けイベントだが魔王と戦える機会もあった。


「もしかしたらあそこに兄はいるかもしれない……。もちろん予想の範囲だけど」


 しかし魔王城は、敵対勢力の拠点だ。

 赤石も現在の戦力では自信がなかったのか、詮索を控えていたらしい。


「カルマに協力してもらおうと思っていたんだけど、こっちも目撃情報すらないし。彼を探してるうちに、ダラダラ時間が過ぎてしまった……」


 勇者カルマは、ストーリーでは台詞のないマスターの代わりに話を進めてくれるキーキャラクターだ。ほとんどのストーリーに絡んでくるのだが、今は影も形もない。

 それを聞いて亞紋は俯いた。正直、彼も困ったら勇者に任せようと思っていたからだ。


「とりあえず、様子だけ見に行きませんか? 中に入るんじゃなくて、周りの様子とか」

「そうだね。こうしている間に、兄が動いてるかもしれないし」


 亞紋たちが協力すれば、危険でも逃げるくらいの事はできるだろう。携帯の機能でワープもできる。他のキングなら妨害ができるようだが、魔物だったり魔人であれば止められない筈だ。

 行動は早いほうが良い。亞紋はモネ達に状況を説明するため、席を立った。





 ゲートを通り抜けると、禍々しい空気に包まれた城の前に移動していた。

 全体的に紫色の石レンガで構築された城は魔王の住処としては満点だ。

 だが大きな違和感もあった。ワープに成功した亞紋と赤石は、すぐに近くにあった木々の陰に隠れて様子を伺う。しかし見たところ警備をしている者の姿はない。

 それどころか正門が開いていた。これでは簡単に侵入できてしまうではないか。


「いくらなんでも警備が薄すぎるな。コール、ベルン」


 赤石は従者のベルンを召喚する。なにやら回復以外にも様々なサポートが行えるようで、その中の一つ、探知能力を行使した。

 ベルンは指を丸めると、双眼鏡の様にして覗き込む。これで中の様子が分かるらしい。

 亞紋もフィリアを召喚して、風や空気を中にある魔力を探ってもらう。


「ふむふむ。魔物や魔人の気配が全くしませんなぁ!」

「誰もいないって事か?」

「うん。お城の中ね、からっぽだよぅ?」


 フィリアも頷いた。


「空気や風の流れに乗っている魔力がほとんどありませんね。あの城の中に、誰もいないというのは納得できます」


 亞紋と赤石は目を見合わせる。ありえるのか? いや、ありえるかもしれない。


「兄さんが何かしたのかもしれない! レスト、ベルン」

「行きましょう赤石さん! レスト、フィリア!」


 二人は地面を蹴り、正門から堂々と城の中に入っていく。


『お兄ちゃんっ、無理しちゃダメだからね!』

『気をつけてください旦那様! シズナはいつでも力になりますゆえ!』

『いつでも呼んでよ亞紋。ムカつくヤツがいたらカチ割ってやんよ』

『四葉くん、気をつけて。まだ罠の可能背もあります』

 拠点にいるモネたちの声が聞こえてくる。亞紋は強く頷き、同時に決意する。

(絶対にモネたちだけは守らないと。彼女達は希望なんだ……!)

 城内を走る亞紋たち。だがやはり走れども走れども誰もいない。

 そしてついには『魔王の間』に到達する。広くて長い、長方形の部屋だった。奥には階段があり、それを上がると王座が見えたのだが、やはり何もない。誰もいない。


「遅いじゃないですか。お二人とも」


 しかし気だるそうな声が聞こえたかと思えば、一瞬で王座に人が現れた。


「レンくん?」


「ッ、亞紋くんの知り合いかい?」

「はい。彼はセントラルの集会場で働いてて――」


 違和感。


「いや、いやおかしい。なぜレンくんがココに? だってココは――」


 ふと思う。レンはエリアダイヤにどうやって行くか知らない様子だった。しかしモネは、セントラルに住んでいるものならば汽車を使うのは常識だと口にする。

 なぜ、レンはセントラルにいたのに常識的な事を知らなかったのだろう。


「ボクの名前はレン。御剣みつるぎれんです。よろしくお願いします。亞紋さん、赤石さん」


 答えは、錬も『慣れていなかった』からだ。取り出したのは、携帯電話。




「トランプ、持ってますよね。ボクはスペードです。あとプレイヤーネームはサルバトーレでした。よろしくお願いします」

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