第22話

 エリアダイヤは、全体に赤茶色のイメージがある場所だった。建造物の多くにレンガが使われており、セントラルとは少し違った田舎風景も広がっている。

 体人から聞いた情報によると、ダイヤのキングは、集会場横にある小さな診療所にいるらしい。駅に降りた亞紋達は、早速その場所を目指す。

 赤土色のレンガ道を歩いていくと、やがて目的地が見えてきた。


「どうも、ありがとうございました」

「体力をしっかりつけて下さい。そうすれば早く良くなりますよ」

「お大事にねぇ!」


 診療所の扉が開いたと思えば、そこから老人の姿が見えた。

 続いて出てきたのは二人の男女だ。女性の方はナース服を着ている。ナースと言ってもワンピースにエプロンスカート、そして帽子を組み合わせたクラシックなタイプだ。ナイチンゲールをイメージさせるその衣装、背中には小さな羽根の装飾が施されており、天使を連想させる風貌だった。

 一方、青年の方はシャツにメガネという随分現代的な容姿であった。彼らは歩いてきた亞紋たちに気づいたのか、視線を其方に移動させ、ハッと表情を変える。

 どうやら亞紋が持っていた携帯裏のキングに気づいたらしい。


「そうか。キミがクラブのキング、四葉亞紋くんだね。体人から聞いてるよ」

「ッ、はい! じゃあ貴方が――」


 青年はメガネをクイッと整え、ポケットから自分の携帯を取り出してみせた。


「ああ。俺がダイヤのキング。金剛こんごう赤石あかしだ」

「はーい! 私ッ、従者のベルン・リーンですぅ! よろしくねえ!」


 ベルンは太陽のような笑顔を浮かべると、右手をあげてピョンピョン跳ねる。

 無害そうに見えるが、油断はできない。亞紋が警戒していると、赤石が小さく笑った。


「大丈夫、安心してくれ。俺は体人と違って戦うつもりはない」

「そ、そうなんですか……」

「体人から聞いたよ。大変だったね、ちょっと奥で話そうか」


 赤石に促され亞紋は診療所の奥にあるスタッフルームに足を進めた。患者さんもいるし、流石にココでは戦闘は起こらないだろう。

 部屋はあまり広くは無いので、モネ達は携帯の中に待機してもらう。

 赤石も亞紋の向かい側に腰掛けると、ベルンが二人分のコーヒーを持ってきた。


「亞紋さん! おいしいコーヒーをどうぞぉ!」

「あ、どうもありがとうございま――」

「んひゃぁああ!」


 何かが落ちている訳ではない。床は至ってフラットだった。しかしベルンはバナナの皮でも踏んだかのようにツルンと一発、お尻から床に激突してしまう。


「「ぎゃあああああああああああああああああ」」


 悲鳴が聞こえた。尻餅をついたベルンが首を振って意識を覚醒させると、熱々のコーヒーを被った亞紋と赤石が、仲良く叫んでいるのが見えた。


「も、申し訳ない。ウチの従者が迷惑を……」

「ごめんなさい! 本ッ当ごめんなさいぃ!」


 数分後。なんとか落ち着いた亞紋達は、乱れた呼吸を整えていた。

 赤石は氷水を袋に入れて頭を冷やしており、亞紋は淡い光に包まれていた。

 コレはベルンの傷や痛みを消してくれる治癒の光。彼女はサポートを主とする従者のようだ。カラーはブロンズ、レア度で言えばモネと変わらない。


「そ、それにしても、また他のキングに襲われたかと思いましたよ」

「本当にごめん。ベルンも駄目だろ、もっと落ち着かないと。キミだって怪我をする」

「ごめんねぇ赤石。今度から気をつけるから。ね!」

「……だといいけど。心配だから、あんまり俺の側を離れたら駄目だよ」


 気づけば、亞紋から痛みが消え去っていた。

 ベルンの癒しの力は本物らしい。その流れで、赤石もさっさと治療してみせる。


「悪い。亞紋くん。少し場所を変えようか」


 ココは小さな診療所だが、ちゃんとした大きな病院もあるらしい。


「だからココに来るのはそれほど大きな怪我や病気をした人達じゃないんだ。ここはベルンの知り合いがやっていて。だからちょっとした手伝いをね」


 現に赤石が外出したいと言ったら、初老の先生は何の事は無くオーケーを出していた。

 亞紋としても話はしたい。提案を受けて、一同は集会所の中にある喫茶店へ向かう。




 移動する間、亞紋と赤石は軽く情報交換を行った。

 赤石は10日前にこの世界にやって来たらしい。セントラルでは体人と偶然出会い、フレンド登録を行っていた。


「登録を行うと、フレンド同士で通話やメールができるんだ。それだけじゃなくて、フレンドのスキルを使えるようになったり、いろいろ便利なんだよ」


 赤石は携帯をよく調べておいたようだ。まだまだ知らない機能もあるようだが。


「亞紋くんも俺とフレンド登録してくれないか?」

「あ、はいッ。でも僕で良いんですか?」

「何を言ってるんだ。もちろんだよ」


 携帯を近づけ、フレンドのページを表示させれば、後は電波で登録される。

 そうやっていると、集会場の中、二階にある大きな喫茶店へ到着した。

 ココならばと亞紋と赤石は携帯の中にいたモネ達を解放していく。


「うぉ、かっけぇ……」


 赤石にはベルンの他にもう一人従者がいたらしい。重厚な甲冑に身を包んだ武将のような鎧武者であり、中身はクワガタ虫の甲人である。

 兜の角部分がクワガタ虫のハサミになっており、キャミー達とは違い、人間らしさはシルエットくらいなものだ。顔はクワガタに竜を混ぜたような風貌で、まるで特撮作品に出てくる怪人のようだった。ちなみにランクはゴールドである。


「俺は義乱ぎらんだ。よろしく頼む」

「よ、四葉亞紋です。よろしくお願いします」


 義乱はペコリと頭を下げる。彼に釣られて亞紋も頭を下げた。


「大丈夫だよ亞紋くん。見た目はちょっと怖いけど、義乱は正義の戦士さ」


 赤石の言葉に反応して、義乱はピースサインを浮かべた。

 とりあえず従者達は大人数が座れるテーブル席の方へ。二人のキングはカウンター席に並んで座る。赤石はホットチョコ、亞紋はメロンソーダーを前に、早速本題に入る。


「亞紋くん。キミはどうやってこの世界に来たんだ?」

「白衣の男の人にカードを渡されて、気づいたらコッチに来てました」

「白衣か……。やはり、そうなんだな」

「ッ、なにか心当たりがあるんですか?」

「ああ。おそらく、その男は……、俺の兄だ」


 つまりなんだ? 赤石の兄が、全てを仕組んだ黒幕だとでも?


「朝起きたら俺の机の上にカードが置いてあった。それを確認した瞬間、この世界にやって来たんだ……」


 赤石の部屋に入る事ができる人物は限られる。さらに転送先の世界がK・Fだったことや、体人と亞紋が口にした『白衣を着た男』が引っかかったらしい。


「兄はキングダム・ファンタジアを開発し、運営を行っていた。でもそれ以前にもっと大きな研究をしていたんだ。パラレルワールド、並行世界っていうんだが……」

「それって、ゲームや漫画でよくある」

「そう。自分達が住んでいる世界とは別に、次元を隔ててもう一つの世界が存在しているって考えだ。兄はそれをフィクションの存在ではないと思っていたようだ」


 赤石の兄、金剛こんごう郡冶ぐんじはパラレルワールドを見つける為に日々、研究を続けてきた。亞紋の記憶にも、過去、『誰か』がパラレルワールドを研究していたという記憶はあった。その『誰か』こそが、赤石の兄だったらしい。


「でも、あの研究は途中で国に打ち切られたよ。兄は納得していなかったみたいだけど」

「理由を聞いても?」

「俺は知らない。兄もよく聞かされなかったんだと思う。科学技術の発展という名目だったけど、流石にSF過ぎる内容だし、結果も満足に出せてなかったからね」


 郡冶は何度も政府に抗議を重ねたが、結局データは全て削除されてしまい、終わりになった。その内にゲーム開発に手を出し、K・Fを作り出す事に成功したのだ。


「俺は兄が立ち直ったのだと思っていた。だけど、それは間違っていたのかもしれない」


 郡冶はよく白衣を着て、出かけていたらしい。最近は個性的なファッションも増えてきたが――、もちろん郡冶にそんなつもりはない。多くの人がその行為を研究を打ち切られたあてつけや、未練だと口にしていたが、赤石から言わせればアレは『まだ研究が終わっていない』という兄の意思表明だったのかもしれないと。


「もしかしたら兄さんはデータのバックアップを残していて、一人でパラレルワールドの研究を進めていたのかもしれない」

「でもそんな簡単に……。それこそ個人で行える研究なんですか?」

「だが現に俺達は兄が作ったK・Fの世界に送られている。コレが偶然だとは思えない」


 赤石のカップを持つ手に力が篭っている。どうやら複雑な感情が胸の内にあるようだ。


「でも、どうして僕達が呼ばれたんでしょう?」

「分からない。だが俺達にカードを渡した以上、何か狙いはある筈だ。おそらく各スートのランキング一位が選ばれたんだと思うけど……。体人はN・Gだったし、俺はフォースって名前でダイヤのカテゴリでは一位だから」

「え? 僕、クロスって名前なんですけど……、ランク外です」

「えッ、本当かい?」

「はい。クラブの一位は、確かマチエールって人ですよね?」


 赤石は唸る。完全に読みが外れた。だとしたら条件は一体――?

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