第52話
乙廼華も振り向き、その変化を確認した。思わず恐怖で表情が歪む。あんな物は見たことがない。知らない。何が起こったのか理解できない。
しかしそれが先程の亞紋の言葉を思い起こさせる。データや数値を超えた可能性があるのだと。
「飯島乙廼華! アンタのキングダム・ファンタジアは、ここで終わりだ!」
亞紋の意思を汲み取り、モネが掌を前にかざす。
すると拘束魔法が発動。乙廼華が黄色い宝石の中に閉じ込められた。硬い石の壁に激突し、呻き声が聞こえる。
「四葉亞紋ンンンンン! 調子に乗らないで頂けますかァ! コール!」
マツリカとバリオールが空を駆け、亞紋たちへ向かう。
前に出たのは雫奈だ。引き絞った弦、放たれた矢は蒼の閃光となってバリオールを撃墜する。あくまでも操られているため、HPを残しているのは雫奈の腕と優しさだろう。
ペティもマツリカを捕まえると、そのままジャイアントスイングで勢いよく吹き飛ばした。カラーレスの従者では、今のペティ達を止めることはできない。
「僕は! モネ達にずっと会いたかった。愛していたから!」
亞紋は叫ぶ。聞こえるだろうか、かつての自分には。
「でもそれは偶像でしか無かった! データの彼女達が見せる表情を愛し、決まったボイスパターンを愛し、後は脳内で構成した都合のいい彼女達を愛していた。そうだ! 僕は結局、この地球での理解者が! 逃げ道が! 心の拠り所が欲しかっただけだ!」
フィリアがロッドを振るうと、亞紋達は猛スピードで空を翔る。
まさに音速。気づけば、亞紋達は乙廼華の前に位置を取っていた。
「ンな――ッ!」
「僕は逃げたかっただけだ! 現実から! 僕の世界から!」
それにモネ達を利用しただけだ。
たまたまだ。他のゲームをやっていれば、適当に見つけたキャラクターに同じ感情を抱いていた事だろう。いずれにせよ、全てを肯定して欲しかった。
「彼女達は僕の理想だった。正しくは、僕は理想を愛していたんだ!」
しかし彼女達は実在した。モネ達に触れ、亞紋は僅かだが成長できたと思う。
「今ならハッキリ言える。僕は彼女達を心から愛している。だから、僕は理想を捨てる!」
「なにぃ……?」
「彼女達の為に現実を受け入れるんだ! 世界は、滅ぶべきじゃない!」
確かに淀んだ世界だが、自分達はそこで生きていくべきなのだと。
「誰もこの世界に生きる人達の誠実を、愛情を、幸運を汚すことは許されない! お前がその障害になるのなら、僕がそれを否定する
亞紋はモネたち四人をシュバルツに融合させる。変形する銃が最後の姿を現した。
それは二対の大砲。腕にかぶさる様に伸びる二つの砲身。
「最後の《オメガ》ッ! 切り
砲口から虹色の光が無数に解き放たれた。
同時に乙廼華もモネの拘束魔法である宝石の檻を叩き割る。
「カッ! カカ! 違う! 理想は絶対だ! それは向こうにあり、地球には無い!」
乙廼華は笑みを浮かべながら、真っ向から何本ものレーザービームに突撃していく。
「キングダム・ファンタジアこそがッ! 私の世界だァアア!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
両者がぶつかり合い、競り合いが続く。だが――、亞紋の腕が震え始めた。
息が詰まる。意識が遠のいていく。膨大すぎるエネルギーを、制御しきれていないのだろう。徐々に光の勢いが弱まり、乙廼華の笑い声が聞こえてくる。だから亞紋は口を開いた。何か喋らないと乙廼華に飲み込まれると思ったからだ。
「やる気の無い日……、帰る時に見た夕焼け。寒い日の夜に、永遠に続きそうな闇の中で一本たたずむ外灯」
「は?」
「僕が好きな――ッ、景色だ。地球にある。何気ない景色……!」
でもそれを――、白亞に好きだとは言えなかった。彼女が『無』であってほしいと言っていたから。だから亞紋は無でありたかったし、無であろうと努力した。
ロボットのように生きる。でも、そうやって格好つけてはみたものの、もちろんそんな機械みたいには生きられない。そうする事で防御しようとしていただけだ。
白亞がいなくなっても、曖昧に続けるしかなかった自分が惨めで、何度か相談した事がある。よく分からない電話相談室。学校に講演しにきた偉い人。親とか……。
だが心の弱さから全てを晒す事ができず、曖昧に打ち明けたのが悪かったのか。帰ってくる言葉はだいたい同じだった。
『気持ちは分かるよ。僕もそういう時はあった』
そうなのか? そうなのかもしれない。もしかしたら、この地球にある苦しみなど、大きく分けて三種類くらいしか無いのかも。だったら分かるというのは納得だ。
だがもちろん。そんな簡単な言葉で『僕ら』の苦しみが癒されるわけが無い。
亞紋はそう思った。責任を背負いたくない。苦しい思いをしたくない。自分は悪くない。たまに出てくる白亞は白亞じゃない。あれは白亞の形をした自分の心だ。
別に、辛い事は一つだけじゃない。白亞の言う通り、全てを彼女のせいにするのは楽だったが、それはそれで余計に苦しかった。だからトラックを間近に見たあの時――、いやもっと前から亞紋は轢かれる事を望んでいたのかもしれない。
そうすれば全てが終わる。楽になれる。自殺願望? いや、逃避願望だ。
そうだ。亞紋は死にたくなかった。カルマに助けられた時、ひしひしと思った。ましてや、わざと轢かれるなんて最低の事だ。運転手の人に申し訳ない。人生をめちゃくちゃにしてしまう事だ。だからやめなければいけない。今すぐに。
なにを? 車に気をつけること? それもあるが、轢かれる事を望むことだ。
「人には――、ひとりひとりの世界がある! 心に、自分だけの幻想の王国がある!」
亞紋は朦朧とする意識の中で、光の向こうにいる乙廼華を睨んだ。
辛い時に新しい世界が現れれば、誰だって変わるチャンスだって思える。そういう作品だって最近多いじゃないか。轢かれて、死んで、違う世界で生きる。
まあそれは悪くない。亞紋だって好きだし、そうありたいと願ってる。
それは間違ってはない。素晴らしい事だ。でもそれらと今が徹底的に違うのは、自分達がまだ死んでないという点だ。亞紋はカルマに命を救われていた。つまり生きてる。
「地球の皆だって、自分の幻想王国に続く扉を探してる! 永遠に見つからないと分かってる人だって! きっと! 今もッッ! 苦しみながら必死にッ!!」
だが亞紋たちは、実際に扉の向こうに行けた。恵まれてると思う。異世界には行けて、とっても凄い力を手に入れて、好きな人にも会えた。こんなに運がいいからこそ、一つだけ。乙廼華に、自分自身に、偉そうな言葉を伝えないといけない。
「なんで不思議な力を手に入れてまでマイナスに進もうとするんだ! 臆病な僕らに必要なのは、世界を意のままに操る力じゃない! 怖いけどッ、それでも光を目指して前に進もうとする力なんじゃないのかよ!!」
リセットボタンだけは押してはいけない。トランプのカードは五十四枚もあるが、クラブのキングは一枚だけだ。どこにいようが、自分の心は一つだけなんだ。
「才能ある人間が王になるんじゃない。王を目指したものに、可能性が宿るんだ!」
違う世界で変わろうと思えたなら、自分の世界でだって思える筈なんだ。
「僕はまだ――ッ、自分の人生を諦めちゃいないんだよッッ!!」
乙廼華が破壊や死を掲げるならば、それを壊さなければならないと思った。
「新たな理想は、その果てにある!!」
「お、おのれェエエェェエエェエエ……ッッ!」
徐々に、乙廼華の体が震え始めた。ふと気づく。乙廼華があげる咆哮は一つ。しかし亞紋の咆哮は五つ。亞紋、モネ、雫奈、ぺティ、フィリアの声が重なっていた。
「……ガッ、カカカ。ワインが回ってきたのかしら?」
「世界に酔う時間は終わりだ! 地球は必要なんだ! 飯島乙廼華ァアアアア!!」
そこで虹色の光が乙廼華の抵抗を打ち破り、光で包み込んだ。
バハムートの時と同じく、ミサイルは蒸発するようにしてジョーカーごと消滅。
空中に放り出された乙廼華は気絶しており、雫奈のシャボンで捕獲する。
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