第53話

 凄まじい疲労感だ。融合を解除した亞紋は意識が朦朧として、そのまま空中を落下していく。何だか、夢から覚めた感覚だった。もしかしたら本当に今までの事は幻だったのかもしれない。しかし亞紋は、にんまりと笑って降って来るモネをしっかりと見た。

 フィリアの風を纏って、モネは嬉しそうに近づいてくる。


「お兄ちゃーんっ!」


 モネは、里に帰った時の事を思い出す。

 錬との戦いで起きた事を伝えると、リビアスは小さく笑った。


『そう。目覚めたのねモネ。貴女には恐ろしいほどの才能がある。星岩や魔石を自分で生み出せるなんて凄まじい力よ。けれども魔法の源は感情。この閉鎖的な里では、モネの本当の気持ちを活性化させる事はできなかった』


 だからモネにはもっと広い世界を見る必要があると思った。まだ見ぬ秘境や、圧倒的な技術。そして他者との繋がり。かけがえの無い体験をしてほしかった。


『星岩はかつてブラックジャックを倒した52人の英雄が使っていた武器を呼び出すための鍵。その強大な力を授けたいと思う人を見つけてほしかったの』


「大丈夫。もう見つけたよ、お母さん!」


 大好きな友達。そして――


「亞紋くん! 本当の本当の本当に、大好きっ!」


 モネは亞紋の両手をしっかりと取った。フィリアが風を操って、二人を空中に浮遊させる。そこで亞紋たちは、改めて眼下に広がる現代世界を見た。


「綺麗な海! あれは何? 島? ここがお兄ちゃんの住んでるところなんだね!」


 はじめて見る他世界に、モネは目を輝かせている。

 説明してあげたいが――、うぅむ、なんと言えばいいのか。なので亞紋はたった一言。





「ああ。良い世界だよ」









 赤石は、自室でパソコンの画面を睨んでいた。

 向こう側にはベルンがおり、ハーレクインやビッグマシンも映っている。

 復元は成功。それは良いのだが――


「飯島さんのキングダム・ファンタジアに関する記憶が全て消えていた。それだけじゃない、ミサイルが誤射されたとの情報も見当たらない」


 テレビに視線を移すと、乙廼華がコメンテーターとして出演しているのが見える。


「くヒヒヒ、修正されたわけですね。まるでバグがゲームから消え去るように……」


 錬は差し出されたケーキを貪っており、口の周りを大量のクリームで汚している。


「ジョーカーを失うと現実に帰るのかもしれない。異世界に救われた部分が消えるんだ。兄さん達はきっとそれを知らなかった……」


 異世界に縋れなかった郡冶は精神を病み、乙廼華はビクビクと挙動不審気味だった。


「知ってますか赤石さん。麻酔のメカニズムってまだ正確には解明されてないみたいですよ。でも皆、必要だから使ってる。ジョーカーを持った彼らも同じだったのかもしれません。ところでカイザー、そっちはどうなの?」


『はぁい錬ちゃん。そうねぇ、とりあえずは休戦って事にはなったけど――』


 錬の従者・ヘルカイザーが画面に映る。顔は完全に骸骨に見えるが、素材が柔らかいのかコロコロ表情が変わる。今も目の空洞が三日月のような形になり、困り顔だ。


『でもまあほら、そもそもアタクシ錬ちゃん派だったから、いずれは魔王ちゃんのこと裏切るつもりだったじゃない?』


 ローブを着込んでいるため見えないが、声帯もちゃんと残っているようで、かなり渋い声ではあるが、オネエ口調である。


 ヘルカイザーは魔王軍――、つまり勇者と敵対していた組織の一員であるが、マスターの姿が脳内にあったので、既にそちらの方に興味を移していたらしい。


『口にしてないだけで、アタクシの他にもそうしたヤツはいるかも』

「どういう意味? 分かんない。殺すよ?」

『まあ辛辣! でもそういうトコ、刺激的で好きよ。つまりね?』


 もっと広い視野を持っている者が、まだまだK・Fにはいるかもしれない。

 色んな意味があるが、それこそ――、野心を抱えている者とか。


『こっちはね、そっちと違って錬ちゃんが来たこと、みんな覚えてるから』

「――みたいですよ。赤石さん」

「そうだな。そっちのケアもしていかないと。だから俺は研究をもっと続けるよ。俺達の世界がバレた以上、少しでも良い関係を作れるようにしたいからね」

「……かつて神話や伝承には、特殊な力を持った存在がたくさん出てきます。化け物とか、武器とか。それらは今のファンタジー作品の元ネタともなるものですが――、こうは考えられませんか?」


 そこで錬は、とっておいたイチゴをフォークで刺した。


「穴は、もっと昔に開いていたのかもしれない」

「たしかに。向こうの……、たとえば食事や風習がそれほど俺達のものとかけ離れていないのも気になった。俺達の歴史にはもしかしたらもっと早く、そして深く、他世界というのが関わっていたのかもな」


「いずれにせよワクワクしませんか? まだまだ知らない事ばかり」


 王都の外にどんな景色が広がっているのやら。他にも町や村はあるだろうし、アプリじゃ知らない場所だってきっと。錬は携帯裏にあるスペードのキングを改めて見つめる。


「このツールもまた、ボクらの理解を超えた先に成り立っている。まるでそれは――、幻想のように。ボクらがキングダム・ファンタジアを操っているのか、それともキングダム・ファンタジアがボクらを操っているのか……」


 錬はニヤリと笑った。王への道は、まだまだ始まったばかりかもしれない。







 当たり前だが不倫だとか、殺しだとか、そういうニュースが減る事はなかった。

 世界は腐っているのかもしれない。けど誰かが言っていた気がする。食べ物は腐りかけが美味しいのだとか。意外と濁っていても、その濁りが味になる場合もある。



『すげぇの見つけたぜ。マジでスゲェから。凄すぎて逆に凄くないから今度教えるわ』


 体人から送られてきた頭の悪いメールを見て、亞紋は苦笑していた。


「なあ四葉。今日も皆でゲーセン行こうかって話してるんだけど、お前もどう?」


 ホームルーム終わり、亞紋はクラスメイトの一人に話しかけられた。


「うん。いいね。僕も行って良いかな?」


「おお! 来い来い! ってか、あれ? 何かほっぺ腫れてない?」

「いや――、実は昨日、酔っ払いに絡まれてる人助けようと思ったら殴られて」

「ひぇー、マジで? 怖いじゃん。俺ならスルーしちゃうかも」

「いや……、なんか、これからは困ってる人はなるべく助けようって思ったからさ」

「スゲェな。まあ、もう過ぎた事だろ? ゲームかダーツでもしてパーッと忘れよう!」


 亞紋は立ち上がると、カバンを持って教室を出ようとする。先日――、亞紋は叔母に会い、白亞に会いたいと頼んだ。するとその夜、知らないアドレスからメールが届いた。


『やだ。でも、いつか』


 たったそれだけ。迷惑メールの可能性もあるので返信はしてない。

 そもそもたとえ返信したとしても繋がらないだろう。そういう人だ。

 だから、いつか会いにいくべきだと思った。会って、ちゃんともう一度話をするんだ。

 そこに魔法はいらない。強い武器もいらない。地球に住む亞紋だけがいれば、きっと。

 あれからキング達は話し合い、地球での召喚機能を使えなくした。でなければ頼ってしまいそうになるからだ。触れあえないのは辛いが、今はまだその時じゃない。

 いつかもっと人として大きくなって、強くなったと思ったら、赤石が魔石を完成させたら会いに行こう。そしたら――、白亞なんて目じゃないさ。


『お兄ちゃんっ!』『旦那様!』『亞紋!』『四葉くぅん!』


 携帯から声が聞こえてきた。召喚はできないが、テレビ電話はできる。

 画面の中ではモネ達が目を閉じて顎を僅かに上げていた。



『どしたのお兄ちゃん。お口が寂しいよっ! せめて気分だけでも』

『旦那様――ッ、し、雫奈はッ、い、いつでも!』

『男を見せい! 男を!』

『本当は会ってちゅっちゅしたいんですけどねぇ。今はこれで我慢します!』



 頭を過ぎる黒歴史。だが彼女達がお望みならば仕方ない。亞紋も覚悟を決めた。

 久しぶりのキスは、やっぱり液晶の味がした。

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【全文公開!】キングダム・ファンタジア "ゲームキャラにガチ恋勢"が嫁たちとの生活を守りたいRPG 著:ツカサショウゴ イラスト:Nardack/ファミ通文庫 @famitsu

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