第38話

 K・Fでの事件から二日後、赤石は兄の部屋で、板チョコを齧りながらパソコンの画面を睨んでいた。アプリのプログラムは文字列で構成されていたのだが、規則性はなく、他のゲームプログラムとは全く異なる内容だ。残念だが今の赤石では、ただ『数字やローマ字、記号がめちゃくちゃに並んでいるだけ』にしか見えない。

 理解すればと郡冶は言っていたが、赤石にはサッパリ分からない境地だ。

 しかし一つ、気になるファイルがあった。携帯のアプリで、名前はつけられてない。ただ、アイコンがダイヤのマークになっているので、赤石はそれを自分の携帯へ移して、早速起動してみた。

 だが上手くいかない。パスワードを打ち込まなければならないようだ。

 問題はそのパスワードが全く分からないという事である。文字枠は四つで、英数字の入力しか受けつけないため、一応は候補を絞ることはできた。

 ためしに一度、『mika』と打ち込んでみたがダメだった。

 おまけにその際、残り2回間違えると、アプリが削除されると表示されたではないか。

 一度、郡冶に直接聞いても無駄だった。


『私は忘れていない。私は忘れていない。私は忘れていない……』


 虚ろな目で、それしか連呼しない。

 赤石は平気だが、なぜか郡冶は精神に異常をきたし、現在は入院中である。

 やはり人間の身で魔王と融合するなど負担が大きかったのか?

 もしくは想定していたリスクよりも、はるかに大きな代償を払ったのか。

(そもそも、あの戦い……)

 戦いが終わった後も、赤石がこうして兄の後追いじみたマネをしているのは、あの最終決戦にていくつかの違和感を覚えたからだ。

 戸惑うゲームマスターに、突如現れた救世主。赤石はタクシーを走らせ、郡冶のラボ、言い方を変えればキングダム・ファンタジアの開発所にやって来ていた。

 テナントビルの一角。鍵を持っていたので、入るのは簡単だった。中にはズラリとパソコンが並んでいる。今頃、パソコンの元持ち主である他の開発者たちは転職先を必死に探していることだろう。

 赤石は兄のデスクに座ると、PCを起動させてみる。

 このパスワードは家と同じく『mika』で解除されたが、中にあるデータは似たようなものばかり。ロックされたアプリを開くヒントは見つかりそうもない。

 コンビニで買ったチョコバーを齧りながら、さらに調べを進める。

 PCの画像ファイルには、美香が行方不明になったニュースの記事が集められていた。


「7月14日か……」


 記事には行方不明になった日付が記載されている。赤石はこれを忘れようと努力していたし、郡冶は永遠に忘れまいと胸に刻んだ。どちらが正しいのかは誰にも分からない。

 するとその時だった。画面に表示されるアナウンス。メールが一通、届いたらしい。


「メール?」


 はて? 現在、ネットは繋がっていない筈だが……。

 すると自動でメールのページが表示された。続けざまに、画面にノイズが走る。


「なんだ……?」


 赤石は身を乗り出し、砂嵐になった画面を睨む。

 明らかに何かがおかしい。そしてその答えは、画面いっぱいに表示されたピエロの顔が物語っている。


「な――ッ!」


 本能が退避行動を取った。床を蹴って椅子ごと後ろに移動する。

 すると鼻先に触れるナイフの先端。赤石は確かに見た。PCの画面からピエロが身を乗り出し、ナイフを突き出す様を。


「ばッ、ばかな!!」


 食べかけのチョコバーが床に落ちた。赤石は椅子から転げ落ち、すぐに立ち上がる。

 するとデスクの上に立っているピエロと目が合った。


「ホハハハハ」


 ピエロの唇が歪む。裂けるほどの笑みを浮かべると、ナイフを構えて、飛び上がった。

 赤石は、とにかく一心不乱に逃げ出す。周りにあった物を手当たり次第になげつけ、廊下を走り、階段を転げ落ちた。


「ンホホホホ」


 しかしピエロは追ってくる。笑い声が背中に張りつき、恐怖で表情が引きつる。

 だが怯えてばかりもいられまい。幸い異世界に行ったおかげか、異常現象にはある程度耐性がある。

 ましてや赤石にはあのピエロに見覚えがあった。近くにあったトイレに逃げ込むと、三つ並んでいた個室の中央に入って鍵をかけ、すぐに携帯を取り出した。

 タップするのは、あの鍵の掛かったアプリだ。

 パスワードの入力画面が表示され、赤石は目を細める。


「ヒヒッ! キヒハハハハ!!」


 ピエロの笑い声が聞こえてくる。

(あれは『ハーレクイン』、ランクは確か、シルバー……!)

 その時ピエロ――、ハーレクインが持っていたナイフの刃が伸びて剣になった。ハーレクインはそのまま中央の個室に剣を思い切り突き刺す。

 刃は扉を貫通。だが念には念を。ハーレクインは剣を何度も突き刺し、引き抜き、突き刺し、引き抜き。

 こうしてズタズタになったドアを開き、中にある赤石の死体を確認した。


「????」


 だが、ある筈の死体がない。

 それもその筈。その実、赤石は鍵をかけた後、便器を台代わりにして個室から出たのだ。そして本人は清掃用具入れに隠れていた。

 個室はダミー、それを用意したのは時間を稼ぐためである。ハーレクインが個室を攻撃してる間、赤石はパスワードを打ち込んでいた。

 閃きが脳を駆けた。追いかけてきたハーレクインは間違いない、K・Fに生きる従者である。つまり、あの戦いは終わってなどいなかった。

 そうすると郡冶の言葉が意味を持つように思えたのだ。


『私は忘れていない』


 それは今までのことではなく、郡冶の想いそのものではないか。


『0714』


 ロックが解除された。それは、7月14日。


「………」


 一方で、ハーレクインはしょんぼりと肩を落としてトイレを出て行く――

 なんて、ウソ。そんな演技をしながら、ハーレクインは掃除用具入れめがけて、剣を突き出した。


「あぐォオオォ!!」


 刃は間違いなく届いた。ゆっくりと倒れるのは――、ハーレクイン。


「危なかったな、赤石」

「あぁ、助かった! 本当にありがとう……!」


 顔は恐怖で引きつり、全身に浮かぶ汗が酷い。

 それでも赤石が笑えたのは、ハーレクインの剣が己の身を貫く前に、義乱を呼び出す事ができたからだろう。

 義乱の武器である柳葉刀が先にハーレクインを貫き、HPを一撃でゼロにする。

 殺人ピエロは粉々に砕けて、赤石の携帯の中に吸収されていった。

 携帯の画面には、間違いなくK・Fのメニュー画面が表示されているではないか。

 当然、携帯の背面にはダイヤのキングが埋め込まれている。


「あかしぃぃいい!!」


 廊下に這い出て、コール・ベルン。すると想い焦がれた女性がダイブしてくる。

 それは最高なことだったが、同時に最低な展開が待っていることを意味していた。

 ギフトボックスには、メッセージビデオが送られていた。

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