第5話

 目の前には創作物でしか見たことのない、ファンタジーな世界が広がっていた。



「うぉぉ、凄いなぁ、絵本の中に入ったみたいだ」


 石畳の道、遠くに見える馬車。

 とも思えば、空には見たことの無い技術が使われているのだろう飛行船が見える。

 亞紋の世界も海外、特にヨーロッパ辺りに似ている風景はあるが、道を行く人々の姿はとてもじゃないが現実的ではない。獣人や、鎧に身を包んだ戦士。マキナロイドというロボット。思わず喉が鳴る。亞紋の表情が引きつり、緊張した様子で足を進めた。



『沼地の魔女が姿を消したらしい。怖いねぇ、見たら呪われるって噂じゃないか』

『今度のクエストはワイルドボアの肉を取ってくるんだって』

『新しい魔法を覚えたんだけど、後で見てよ』


 聞こえてくる会話も、現代世界では聞けない内容ばかり。

 亞紋はふと立ち止まり、遠くにそびえ立つ『城』を睨みつけた。




「やっぱり僕はッ、キングダム・ファンタジアの中に入ったんだ……!」




 違う世界に飛ばされる――。最近の小説やアニメじゃ頻繁に使われる題材だ。

 パラレルワールド、異世界。亞紋だってよく知っている。

 だがもちろんそれは、フィクションのはず。しかし亞紋は現に今、K・Fのタイトル画面にもあったお城がある場所、『王都・マジガルド』に立っているじゃないか。

 王城の形はアプリと同じで、町の中も記憶と違いはない。

 ただ、全てがゲーム通りでもなかった。たとえば先程、平原で改めて携帯を触っていると、亞紋はステージセレクトのページが気になった。

 そこには今までストーリーモードで訪れたダンジョンなどが、ずらりと並んでいる。

 亞紋はこれから向かおうとしていた王都のアイコンに触れてみた。すると――


『王都・マジガルドにワープしますか?』


 本来、アプリ版ならば『ワープしますか?』ではなく、『移動』しますかになっている。

 気になって『はい』をタップすると、『ゲートを出現させます』と表示された。

 すると携帯裏にあるキングの目から、発光する光の円が射出されて亞紋の前に広がる。ファンタジーではお馴染みの魔法陣だ。中央には大きなクラブのマークがあった。

 亞紋もゲーマー。先程のアナウンスを見れば、この魔法陣がどういう物かくらいは察しがつく。まさかと思い魔法陣をくぐってみると、向こうに王都が広がっていた訳だ。

 つまりワープ、空間転移。雫奈の魔法を見ていたとはいえ、半ばパニックである。

 震えが止まらなかった。ワープなんて原理が分からない。体の一部だとか、臓器の一つや二つ置き忘れちゃいないだろうか? 亞紋はすぐにパンツの中をチェックした。

 あった。よかった。


 さて、現在亞紋たちがいるのは『セントラル』だ。王様が住んでいる大きな城があり、王都の中でも一番広いエリアになっている。王都はセントラルを囲むようにしてエリアスペード、エリアダイヤ、エリアハート、エリアクラブの四つのブロックが存在し、そこから各エリアが管理する町や村に移動できる。

 しかし、なぜトランプなのだろうか。アプリでは特に触れられていない。

 気になって聞いてみると、フィリアが答えてくれた。


「かつて、ブラックジャックと呼ばれたドラゴンが暴れていたんです。がおー、がおーって。それを魔法使いや戦士、合わせて52人で退治したらしく、中でも活躍した四人の武器が、剣や聖杯であったことから、その功績を称えてこうなりました」

「へえ、そうだったんですか……」

「ええ。そうなんですよ。勉強になりましたね!」


 フィリアは微笑み、ひとさし指で亞紋の頬を軽くつっついた。フィリアがずっと目を閉じているのに人とぶつからないのは、風の魔法で周りを把握しているかららしい。亞紋にはよく分からなかったが、視界を封じることで、感覚を研ぎ澄ませているのだ。

 さらに魔法を使える人は『魔力』というエネルギーを体内に宿しているらしく。そういうのも風や空気に乗ってくるのだとか。


「見えるからこそ、見えなくなるものがある。見えないからこそ、見えてくるものがある。私は占い師、もっと視野を広げるための練習なんですねぇ」


 という事で、亞紋は摩訶不思議アイテムとなった携帯電話の調査をフィリアにお願いしてみる。魔法が使われているとなれば、何かを感じ取ってくれるかもしれない。

 今も携帯の画面には、いつもプレイしていたK・Fの画面が表示されていた。拠点のページにモネ達の姿が無いのは、今まさに隣にいるからだろう。

 アプリと『今』が連動しているのは明らかだが、あのワープ機能といい、アプリ版では存在していなかったシステムも追加されている。

(あの白衣の男、アイツは一体何者なんだ? あの人にトランプを渡されて僕は……)

 そこでフィリアは、亞紋に携帯を返した。


「とても凄い物かと思います。私は機械学の専門ではないので詳しくは分かりませんが、複雑な魔法式で構成されているように感じますね。そしてそれを可能にしているのが、その魔石……」


 フィリアは携帯裏にあるクラブマークの宝石を示す。どうやらただの石ではなく、中に魔力が内包されている『魔石』と呼ばれるアイテムらしい。

 ストーリーモードでも何度か出てきている。例えば炎の魔石を剣に埋め込むと、刃から炎が出てきたりと、応用次第で幅広い使い方ができる便利アイテムなのだ。

「この内包された魔力の質は相当なものですわ。おそらく、この機械の動力源も担っているのではないでしょうか。これほどまでの魔石は見たことがありません」

 亞紋は改めて携帯を確認してみる。アプリ以外の画面は開けないがK・F内のメニューで電卓、メモ、カメラ(王様の目がレンズになっている)が使えるようになっていた。

 あとは上部に画面をつけるスイッチや、下部にはホームボタンが存在するが、音量調節ボタンやイヤホンジャックがなく、充電器を挿す穴もない。

 ディスプレイには時刻は表示されているが、充電のパーセンテージが消えていた。

(動力源って事は、もしかして充電しなくてもいいのかな? いやッ、でも肝心な時につかなくなったら困るから、なるべく温存しておくか……)

 亞紋は携帯の画面を消して、制服の内ポケットに入れておく。


「私は魔石の専門でもないのですが、モネちゃんの家が確かそうでしたね」

「んん、そうだよ。わたしの住んでた所は石細工とか、宝石加工が盛んなんだよっ。たまに魔石も扱ってるみたい!」


 フィリアの隣にいるモネがニコリと微笑んだ。しかし亞紋はポカンとして固まる。


「え? お父さんとお母さんがいるの?」

「んもー、なに言ってるのお兄ちゃん。いるに決まってるでしょ」

「え? あ……、そっか。ごめん。そうだよね、決まってるよね……」


 アプリ版だと従者は『リビアス』というキャラクターが召喚してくれる事になっており、宇宙みたいな背景に魔法陣が広がって、そこからポンと出てくる。

(あぁ、でも考えてみればゲーム通りなわけないか)

 そしたらモネなんて出現率が高いんだから、町中がモネだらけになっているはず。

 モネ祭り。亞紋としては素敵な響きだが、辺りを見ても同じ姿の人間は見かけない。

 チラリと右を見てみる。するとモネとフィリアは、ニコリと笑みを返してくれた。

 チラリと左を見てみる。雫奈は恥ずかしそうに頷き、ペティは無表情でウインクを返してくる。普通なら知らない世界に飛ばされたとあれば、不安と恐怖でどうにかなってしまいそうだが、彼女達がいれば恋心がマイナスを全て吹き飛ばしてくれる。

 しかれども……。

(ゲームと一緒だけど、ゲームと一緒じゃないのか……)

 寂しさのようなものが心に浮かんだ。亞紋はすぐに首を振って話を続ける。


「そう言えばさ。どうして僕があの場所に居るって分かったの?」

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