第31話

 明確な型などない。それはまさにチャンバラごっこ、子供の喧嘩だ。

 しかし使っている武器は実際に相手を殺すことも出来るのだから恐ろしい。

 亞紋にとってK・Fはあくまでも娯楽だった。しかし錬にとっては殺し合いだった。だからこそ今、亞紋は決めた。ここは一つ、錬の本気の『ごっこ遊び』に付き合ってやろうではないか。

 二人が走る先には――、壁。だが構わない。両者はなんのことなく突っ込んだ。

 体が石レンガを粉砕すると、王座の間を出て転がっていく。入ったのはどこぞの部屋が一つ。綺麗に並べられた机や椅子をぐしゃぐしゃにしながら、二人は再び剣を振るう。

 壷が壊れた。絵画が落ちた。構わない、今は目の前にいる敵だけを睨みつけよう。


「亞紋! 自分が何のために生まれたか、考えた事はあるか!」


 錬は血走った目で机や椅子を刻みながら、亞紋へ迫る。

 亞紋は攻撃を剣で弾きながら、後方へジャンプ。机の上を飛び越えて床を転がる。

 すぐに伸びる刀。亞紋のすぐ頭上を刃がかすめ、すぐ後ろにあった壁をガリガリと削っていった。


「あるけど答えは分からなかったよ。守りたい人は守れず、ずっとカラッポでッ!」

「そう――、だから理由を作る! ボクらの世界には、超越者ヒーローは存在しない。誰もが自分は正しいと信じ、気に入らない物を悪として排除しようとする。それらは全て正義であり、ボクらの世界はそれを容認する。罰はいつもその後だ」


 世の中はグレー。錬はそう言いながら左手に持っていた鞘で亞紋を殴りつけた。

 亞紋は吹き飛び、扉を破壊して廊下を転がる。だがすぐに携帯を操作して、従者の位置を操作した。モネ以外を一旦携帯に戻し、そして――


「コール、雫奈!」


 雫奈が亞紋の目の前に現れる。瞬時に矢を放ち、追撃を行おうとした錬を撃つ。

 しかし錬は矢を手でしっかりと掴んでいた。だが亞紋の目的は奇襲ではない。モネとの融合を解除すると、今度はシュバルツと雫奈を融合させる。


「『ジャックブルー!」』


 生まれたのは、槍と斧が合体したハルバード。

 槍の先端には銃口があり、スコープもある為、正確にはスナイパーライフルである。

 亞紋は錬が矢に気を取られている間に、背後にある窓へ銃を発射していた。放たれたのは弾丸ではなくワイヤー、対面側の三階の窓を貫き、その奥にあった窓枠を捉える。

 瞬間、亞紋の体が飛翔。ワイヤーに引かれて三階の廊下へ身を移した。


「レスト、サリアン。コール、ジルルート!」


 錬もまたサリアンとの融合を解除するとジルルートを呼び出し、武器と融合させる。

 生まれたのは金色の回転式二丁拳銃リボルバー


「結局は弱者が悪として迫害される。弱い奴は身勝手な正義に苦しめられる! 少なくともボクは――、ボクの世界では報われなかった! 生きられなかった!」


 並行に伸びた廊下を走りながら二人は銃を乱射し合う。

 物陰に身を隠しながら、ギリギリ当たらないという紙一重の攻防を繰り広げた。

 時に弾丸同士がぶつかり合い、硬い音を立てて火花を散らしていく。


「だがこの世界には明確な悪がある。魔王軍を倒す救世主、それは紛れもない正義だ!」


 コテコテの勧善懲悪がこの世界にはある。

 白と黒は現代世界よりも美しいほどにハッキリとしているように思えた。


「ボクはこの世界なら完全な正義になれる。人に愛され、慕われる救世主になれるんだ! もう悲しむ事はない。苦しむ事はない、ボクが夢見た地が、このK・Fにはある!」

「ダメだ錬くん! キミは結果に縛られている。過程が一番大事なのに! 現に今、多くの人間を傷つけている。そこから目を逸らすなよ!」

「うるさいな! どうしてボクを許してくれないの! ボクは苦しんできた! もう好きにしてもいいじゃないか!」

「決まってるだろ。このまま行けば、キミはもっと苦しむぞ!」


 行き止まり。最後の窓。両者は同時に床を蹴って窓をつき破った。

 ガラスの破片を纏いながら、錬は銃口にエネルギーを纏わせて突き出していく。亞紋は廊下を跳ぶ前に雫奈を解除し、ペティを呼び出してシュバルツと合体させていた。


『「スカーレットエース!』」


 それはガントレット。亞紋の身体能力を上昇させ、今は拳に炎を纏わせる。

 エネルギーを纏わせた銃口と拳がぶつかり合い、空中で僅かに競り合った後、爆発する様に弾けた。両者は真下にあった中庭に墜落。巨大な花壇を破壊して、既に枯れていた禍々しい花々を、かき乱す様に散らしていく。

 王とか、救世主とか、主人公とか、そんなのは大きな問題じゃない。

 御剣錬は変わりたかっただけだ。ほんの少しだけ、楽しく生きてみたかった。

 生きる事を望んだが――、社会復帰はできなかった。叔母達に救われたが、結局学校にも行かず引き篭もっている。錬は思っていただろう。

 何の為に生き残った? 何の為に親を殺してでも生きたいと思ったのか。


「錬くん、終わりなんてない。ココだって何も変わらない。この世界はゲームじゃないんだから。モネ達は生きてる。悲しむし、喜ぶし、笑いかければ笑ってくれる!」

「邪魔をするな! 邪魔をしないでくれ! ボクの為に! ボクの希望の為に!」


 錬は再びサリアンを呼び出し、武器と融合。刀を抜いて走る。


「コール! フィリア!」


 ペティが武器から飛び出し、入れ替わりでフィリアがシュバルツに入る。

 銃にあったブレードが分離、さらに分解されていく。


『「クロス・ベルデ!』」


 シュバルツ本体は亞紋の背中に装備され、ジェットパックの役割を果たすことに。

 空中に浮き上がった亞紋の周りには、浮遊する無数のブレードが追従していく。だいたい10個程はあろうか。これらは全て、亞紋とフィリアの意思一つで動く支援武器だ。

 亞紋はすぐにブレード群を錬の周りに移動させた。これはただの刃物じゃない、刃先が発光すると、緑色の光弾が発射されていく。

 次々と迫る攻撃を弾くために、錬は必死な表情で刀を振り回した。

 亞紋と錬は同じだった。バックボーンは大きく違えど、生きていても何も『甲斐』がない。充実なき日々、目標なき日々。全てが虚無であり、形ある夢がない。


「でも僕は、モネ達と出会って気づいた!」


 悔しさや、勝ちたいという貪欲な執着。バカな下心と、モネ達とずっと一緒にいたいという『愛』が胸の中にある。それは紛れもない、四葉亞紋だけの感情だ。

 体人との戦いで奮起し、守る事の意味を赤石から教わった。

 何よりもモネ達からは全てを教えてもらった。亞紋に錬を救う明確な方法は分からないが、ほんの少しでも自分と似ている部分があるのなら、きっと今までに感じた熱い何かに錬も触れる事ができる筈だ。


「他者との繋がりが成長を、進化を促すッ! 錬くん。おそらく人は一人じゃ生きられないんだ! キミにとって、サリアンやジルルートはどういう存在なんだよ!」


「道具だ! 二人はランクゴールド、お前の従者とは違うんだよ!」


 だがその従者フィリアの力。四方八方、三百六十度から迫る弾丸に、ついに錬の防御が崩れた。錬は弾丸を全身に受けて、煙をあげながら後退していく。


「ぐぁぁあ! 痛いッ! 痛いよぉぉおお!!」


 亞紋は錬をジッと見ていた。今ならば何となく分かる気がする。


「心に『本物』を与えるという事は、心をさらけ出さなきゃいけない。むき出しになった心には、いろいろなものがぶつかって、そのせいでとっても痛い時がある。だからそれが怖い人間は、心を厚い仮面で覆い隠すんだ。もう傷つきたくないから……!」


 彼女は――、白亞は亞紋に同じ体験をしてほしいと言っていたが、それは少し違っていたのかもしれない。彼女は虚無主義ではなく、鋭敏だったのではないか?

 感じる事の辛さや、近づく事の痛みを知っていたから――……。

『いじめられてる子を見ても、絶対に助けちゃダメだよ。くだらない善意はバカを見るからね。良い人ぶるだけこの世は無駄なの』

『あ、可哀想。ネコが流されてる。助けたい? ダメだよ亞紋くん。あなたが流されちゃう。ダメ、行っちゃダメだってば。無力なの。助けられないの。それでいいの!』

『困ってる人を見つけても無視して。誰も、何も、大事な時には離れて行くから』

 いつかの白亞が、またフラッシュバックしてきた。

 彼女が亞紋に対して辛く当たってるように見えたのは、その裏に自分と同じ苦しみを味わってほしくないという、歪みきった愛があったからではないか?

『ねえ、亞紋くん。私と一緒にいるの辛い? ごめんね。でも言い訳があればいいなって思えるよ。逃げ道があればいいなって思えるよ。だから、私がなってあげるからね。将来、辛いときがあったとき、私の事を思い出せば貴方はきっと――』

 光があれば闇も見えてしまう。なら何も見なければ、嫌な物を見なくてすむ。

 何も見ようとしなければ隣の芝は青く見えないし、あの葡萄は酸っぱい筈だなんて思わなくて済む。白亞が望んでいたのはきっとそういう世界だ。


「でも違うんだよ。そうじゃ――、無いんだよ!」


 亞紋は錬に向けて、自分に向けて、声を張り上げた。


「全部が自分の想いだしッ、自分だけの感情だし、自分の責任なんだ!」


 面倒な事をいちいち考えず、喜びたいなら喜べばいい。怖いなら怖いって思えばいい。辛いなら逃げたり、助けを呼んだりすればいいじゃないか。

 でも錬はそこから目を逸らしてファンタジーに逃げているようにしか思えなかった。

 だから亞紋は錬に問い掛ける。どうしても納得できない事があったのだ。


「気に入らないから消す。それでへらへら笑う。震えながら刃を他人に向ける! それが本当にキミが目指したかった王様じぶんの形なのか? もう傷つきたくないからって理由じゃなくて、本当に心の底からやりたかった事なのか!?」


 もしもそれが本当に目指したくて目指したくてたまらないキングの姿なら――


「僕がッ、絶対に否定してみせる!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る