第2話

 実に簡単な話である。亞紋は『従者たち』に恋をしていたのだ。『俺の嫁』や、『ガチ恋』というものだ。このゲームは従者を、必殺技を発動する為のゲージが早く溜まる『X《テン》』、防御力が上昇する『J《ジャック》』、攻撃力が上昇する『A《エース》』、全てのステータスが上昇する『Q《クイーン》』の枠に選んでセットするのだが、亞紋は初めてゲームをプレイした時から今の今まで、ずっと同じキャラクターを使い続けている。


『わたしっ、お兄ちゃんの為にもっと頑張るから! きたいしててねっ!』


 敵を倒して勝利画面になると、キャラクターが喋る。

 黄色い髪の少女が笑った。Qにセットされた従者『モネ』は、亞紋が一番最初に手に入れたキャラクターだ。地属性の魔法を使う女の子で、甘えんぼで、ちょっとあざとい妹属性が亞紋の心をガッチリと掴んだのである。早い話が『ひとめぼれ』である。


 しかし悲しいかな。周りの評価は驚くべきほど低い。

 レアガチャで引けるキャラクターの中で、モネは一番ランクの低い『ブロンズ』なのだ。上になると、シルバー(スーパーレア)、ゴールド(ウルトラレア)が存在しており、最上級となると一時期、本当に存在するのかと言われたほど出現率の低いレインボー(アルティメットレア)がある。

 先程、クラスメイトが引き当てたのもモネである。ユーザーの不満を集めたのはそのステータスだ。脆くて遅くて火力なし。覚える技も軒並み微妙。

 さらに特定のキャラクターが出現率が上がるピックアップガチャにおいて、何故か一緒に確立が上昇して、『アタリ』の演出が流れるふざけた仕様がある。

 これにより、欲しいキャラクターが来たと思ったらモネちゃんでした! なんて事が多々報告され、掲示板やSNSで付けられたあだ名は『ハズレちゃん』だ。

 しかし亞紋は気にする事なく、ずっとモネを愛用しているのだ。






『お疲れ様でございます。ご主人様。お見事な立ち回りでした』



 次はジャックの枠にセットしている従者が画面に表示された。

 藍色の髪が似合う和装の少女。水を操る魔法少女『雫奈』は、清楚な見た目と、ふるまいが亞紋のハートにドストライクであり、嫁となった。

 しかしランクが最も簡単に手に入るカラーレス(ノーマル)であること。キャラクターに存在する固有スキルやステータスが、まるまま上位互換のキャラクターが多いため、あだ名は『劣化姫』である。しかし亞紋は(以下略。



『……コレで調子に乗ったらあかんよ。アタシちゃんと見てるかんね』

 エース枠。臙脂えんじ色の少女、『ペティ』。

 火を操る魔法少女。気だるく適当な性格であり、たれ目で、いつもアンニュイな表情をしている。ちょっとギャルっぽくてSッ気がある所が、隠れMの亞紋を――

 そんなペティもカラーレス。さらにはキャラクター説明(フレーバーテキスト)の部分に『最強と呼ばれた炎使い』などと書かれてしまったため、あだ名は『最強(笑)』だ。


『頑張りましたねマスターくん。後でナデナデしてあげましょうか? なんちゃって!』


 Xの枠にいるのは『フィリア』だ。へッドベールをつけ、切りそろえた前髪に、美しい黄緑色のロングヘアが似合う。風を操る占い師の女性で、常に目を閉じている。

 モネが13歳、雫奈とペティが亞紋と同じ16歳だが、フィリアは22歳。つまり年上である。お姉さん。もはやその響きだけで亞紋はメロメロのメロちゃんなのだ。オフショルダーの服も、年頃の男子には刺激が強い。ナデナデされたい。

 ちなみに四人の中では一番胸が大きい。いや、だからどうしたという話ではあるが。

 しかし既にお気づきかもしれないが、やはり彼女もカラーレス。出現率が低い割には強いわけでもなく。フレーバーテキストには、開眼すれば覚醒するわけでもなく、ただシャイになると書かれているだけだった。この設定が拍子抜けだと、ユーザーからの人気はイマイチで、『ババア』なんて呼ばれている。これは酷い。






 そもそもK・Fには従者がたくさん出てくる。動物の特性や耳や尻尾、体毛を持っているファンタジーではおなじみの『獣人』や、虫の特性や見た目を獲得した『甲人こうじん』。強大な力を持っている『ドラゴン』。強い魔力を持っているために迫害や差別を受けてきた『魔人』、『魔女』。

 一部、あるいは全てが機械でできている『マキナロイド』なんてのもいる。

 しかしそうなるとキャラが被るものも出てくる訳で、レアリティの高い方がより細かくキャラクターが描写されているパターンが多い。

 つまり、妹キャラが何人もいるのに、わざわざモネを使う理由は限りなく薄いのだ。

 だが問題ない。全く問題ない。嫁が既に四人という矛盾も関係ない。

 亞紋はモネ達を使ってじっくりプレイできれば、それでオールオッケーだった。

 誰かの為にならなくとも。誰かと関わらなくても。彼女達がいればそれで良かった。


「……次回のイベントは四つの宝石を奪い合うバトルか」

 五日前くらいから出ている告知。期間限定のイベントバトルは定期的に行われるが、近々用意されるのは絶大な魔力を持った四つの魔石を各陣営が奪い合うとかなんとか。

 楽しみ? いや面倒だ。弱い従者を使う亞紋では結果は残せない。プレイヤーネームである『クロス』が、スコア(強敵を倒した数や、イベントの貢献度)のランキングに掲載された時は一回もないし、今後もないだろう。だがそれでいい。イベントをプレイしても、モネ達のボイスが追加される訳じゃないし、イラストが変わる訳でもない。

 しかし一つを面倒だと思うと、なんだか全てが面倒になる。

 ふと気づけば横断歩道を渡っていた。正確にはそこで初めて横断歩道の上に立っていた事に気づいた。信号は赤だった。右を向くと、トラックが目の前に迫っていた。





(え? あ、死ん――)


 そう思ったとき、亞紋は歩道にへたり込んでいた。全身がドッと冷え、脂汗が滲む。しかし何ともない。亞紋はそこでやっと自分が助かったのだと理解した。

 トラックの運転手が何か文句を言って去っていったが、聞こえない。

 なぜ助かったのだろう? ぼんやりと考えていると、後ろから声が聞こえてきた。


「気をつけろ。もっと命を大事にするんだ」


 亞紋が振り返ると、金髪の男性の後姿が見えた。彼が助けてくれたに違いない。お礼を言おう。そう思ったが、なにせ気が動転していて記憶も飛んでいる。足も震えて、上手く立てない。

 そうしている内に、顔も分からぬ金髪の男性は、さっさと歩き去ってしまった。

 亞紋はまだ、その場にへたり込んで呼吸を荒げていた。

(駄目だ。やっぱり歩きながらの携帯がよくなかった。も、もうやめるべきだ……!)

 しばらく放心していると、ふいに肩を叩かれた。




「コレを、あげるよ」



 話しかけてきたのは白衣を着た男だった。先程の金髪の男性とは声が違っているので別人だと分かった。白衣の男は、そのまま一枚のカードを差し出す。

 亞紋も混乱していたものだから、半ば反射的にカードを受け取ってしまった。

 すると既視感。カードの絵柄はトランプのキングを模している。

 スートはクラブ。描かれている王様の顔は、一般的に販売されているトランプと同じだが、着ている服や持っている剣のデザインが違っていた。

(あれ? コレってK・Fに出てくるキングの絵柄と同じデザインじゃん……)

 亞紋はクラブのカテゴリに所属しているため見覚えがあった。しかしこんな商品があるなんて知らなかった。しかもクラブマークの一つが深緑に光る宝石で作られている。



 玩具とは思えない高級感だ。そこで――、亞紋は意識を失った。


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