第3話
◆
『亞紋くんってさ、楽しいなぁって思う事ある?』
亞紋は
『私は無いよ。何かあったのかもしれないけど、でももう今は……』
彼女が悩んでいる事は親戚から聞いていたし、両親だってそれとなく口にしていた。
『お願いがあるの。私の仲間になって。同じになってよ』
だから少しでも力になりたかった。本当だ。亞紋は彼女を助けたかった。
『テストでは60点以上は絶対取らないでね。パパとママがうるさいから。でも亞紋
くんよりできたって言えば、少しはアイツらも……』
ありがとう。そう、言ってほしかった。
『友達とは遊びに行かないで。そもそも作らないでね。大丈夫、一人もいいもんだよ』
頭のおかしなフリをすれば、優しくしてくれると思っていたのか。
『ケーキ買ってきて』『学校一緒にサボろ』『叩かせて』『お金ちょうだい』
いつしか彼女は、相手を困らせる事で愛情を確かめるようになっていた。
『漫画とかアニメとか見ても、ゲームとかしても、楽しいと思わないでね。絶対だよ』
限界がある。亞紋は期待に応えようと思ったが、苦しいのは辛い。
『亞紋くん。今から会える? 会えるよね。お菓子もあるから、来て。約束ね』
亞紋は約束を破った。クラスメイトに誘われてゲームセンターに行き、たっぷり遊んだ。帰ってくると、白亞がいなくなったと聞かされた。遺書があったらしい。あの時は見せてくれなかったが、捨ててはいないと聞いていたので、高校に入学した際、こっそりと部屋に忍び込んで盗み見てやった。
亞紋は思わず呆れてしまった。中学生だった当時は、白亞には白亞にしかない大きくて特別な悩みがあると思っていた。だが実際は勉強が嫌だとか、進路が分からないだとか。ありふれた悩みがつらつらと書き綴られていた。
しかも母が言っていた。ここだけの話にしてほしいが、白亞は生きているらしいと。叔母さんとは今もこっそり連絡を取り合っているらしい。家出したのは叔父さんが彼氏との学生結婚を認めてくれなかったからだとか……、いろいろ。
警察の捜査も早々に打ち切ってもらったみたいだし、未だに死体も見つかっていない。
『亞紋くんへ――』
そして亞紋は最後に見つける。どこまでも勝手な人だった。
『あなたは私の王子様になってくれませんでしたね。私の最期のお願いです。どうか何も愛さないでね。辛いだけだからね』
亞紋が目を開けると、眩しい程の青空と、白い雲が広がっていた。
(またあの夢か……)
亞紋は体を起こすと、大きなため息をついて俯いた。
風が髪を揺らす。草の匂いが心地いい。ふと顔を上げてみると、先程まで住宅街にいたはずなのに、今は平原にこんにちは。
「はッッ!?」
思わず跳ね起きる。おかしい、絶対におかしい。鞄もいつのまにか消えている。
「え? どこココッ? 嘘だろオイ……!」
制服の内ポケットを探ってみると、携帯電話の感触があった。
急いで取り出してみると、携帯カバーが変わっている事に気づく。
先程、手渡されたクラブのキングが亞紋の携帯の背面にピッタリとくっついていた。
「あれっ、な、なんだコレ……! なにがいったいどうなってッ」
剥がしてみようとしても無駄だった。キングのカードは携帯の裏にピッタリとくっついているようだ。仕方なく、ここはまず携帯を起動させてみる。
するといつものメニュー画面ではなく、青い空が表示されてタイトルロゴが現れる。
「キングダム……、ファンタジア」
いや、いや、そうじゃない。今はゲームなんてしてる場合じゃない。亞紋は携帯のホームボタンを押すが、なぜかアプリは中断されず、代わりにキングダム・ファンタジアのメインメニューが表示された。
何度も見ている画面である。プレイヤーが家具や壁紙を張り替えて自由にメイキングできる『拠点』と呼ばれている部屋に、セットしている従者がランダムに一人、3DCGアニメで表示される。
ログイン時は『おかえり』だの『待ってた』だのと声を掛けてくれるのだが――
いつもと変わっている点が二つ。まず一つは、何故か画面の中に誰も出てこないこと。
「あ、あの、すみません……っ」
もう一つは、後ろから聞こえてきた声が、初めて聞くボイスパターンだったこと。
「――え?」
亞紋が振り返ると、モネと目が合った。
お互いどうしていいか分からず、そのまましばらく二人は見詰め合っていた。
「「えぇええぇええええええ!?」」
悲鳴が見事にシンクロする。亞紋は全身がカッと熱くなった。
それは仕方ない。ずっと恋焦がれてきた女神がそこにいるのだから。
「モネっ、モネなのッ? う、うううう嘘だ! だってッ! え!?」
「や、やっぱりお兄ちゃんっ!?」
はじめは一瞬コスプレかと思ったが、髪質を見てもウィッグには見えないし、服だって安物の素材には見えない。背丈もイメージ通りだし、声だって――
(ん? 声?)
はて? 声が同じとはどういう事なのだろう。当然モネには担当声優さんがいて、顔も知っている。しかし今、目の前にいるモネの顔は、その声優とは全く違っている。
でも声は同じで――……。などと亞紋が混乱していると、モネの後ろに立っている他の三人に気づいた。
「マジですか」
火を操るペティ。
「ほ、本当に、ご主人様でございますか……?」
水を操る雫奈。
「あらあら! まあまあ!」
風を操るフィリア。
四人の『嫁キャラ』が確かに亞紋を見つめていた。それも期待と歓喜の表情で。
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