第1話

 ラマーサという村に住んでいた少年カルマは、七歳の誕生日を過ぎた頃から不思議な夢を見るようになる。見知らぬ洞窟の中、一本の剣が地面に刺さっている夢だ。

 ある日カルマは、真昼にその夢を見た。いや、それは夢というよりは頭の中に地図が流れ込んでくる感覚。

 あの剣に呼ばれている。そう思ったカルマは、家を飛び出して誘われるままに走った。

 いつもならば絶対に足を踏み入れない迷いの森。しかしカルマは頭に流れこむ光景を頼りに、森の奥深くへと足を進めていく。するとあの洞窟が見えてきたではないか。

 中に入ったカルマを待っていたのは、聖剣グランカリバー。この運命の出――


「あ、ロード終わった」


 前の席に座っていたクラスメイトは、そう言うと画面をタップして次に進む。後ろにいた四葉よつば亞紋あもんは、思わず声を出しそうになり、グッと堪えた。

 現在、自習。教室のテレビでは、教育チャンネルの『ネイチャーワールド・まだ誰も知らない地球の真実』が垂れ流されている。映像ではシマウマがブチ殺されて、ライオンに美味しく頂かれているが、それを真面目に見ている者などほとんどいない。

 亞紋や前の席のクラスメイトもそうだ。こっそりソーシャルゲームに勤しんでいる。


 一緒にプレイしている訳ではないが、遊んでいるのは同じゲームだった。

 キングダムファンタジア。ファンの間では『K・F』と略されている。

 魔王と戦う勇者を助けるため、トランプのスートを称した四つの勢力(スペード、ダイヤ、クラブ、ハート)を選び、プレイヤーは『グランマスター』となって、『従者』と呼ばれるキャラクターを使役して戦う。ありがちなファンタジー系のゲームではあるが、ダウンロード数はゲームアプリの中でも長らく一位をキープしていた。

 システムは戦略的アクションRPG。リアルタイムで進む戦闘は、プレイヤーが従者に命令を出して敵に向かわせるタワーディフェンスや戦略系ゲームの要素を取り入れており、一方でプレイヤー自身は爽快感のあるアクションで敵を倒すシステムになっている。


 どのキャラをどう動かすのかで戦況が変わるゲーム性。著名な作曲家や、旬な声優を多く起用していること。アクション性は高いが、あくまでも片手で気軽に遊べるコンセプトなどなど。例を挙げれば様々な魅力があった。亞紋もこのゲームに心を奪われた者の一人で、一日中コソコソと隠れてはプレイしている。

 ファンとしてストーリーをスキップされるのは納得いかないものがあった。

 亞紋はたまらず、心の中で先程の続きを思い浮かべる。


 ――洞窟に入ったカルマは、そこで聖剣グランカリバーを手にするが、村に戻るとそこには凄惨な光景が広がっていた。

 辺り一面を包む炎。崩落していく家々。村は既に壊滅状態だった。

 カルマは叫び、走る。そして家の前で血まみれで倒れている母親を見つけたのだ。


『空が、割れたの。そこから何かが出てきて、村が爆発し……』


 それが母の最期の言葉だった。カルマは、たまたま近くを通りかかっていた騎士団に助けられたが、生存者はカルマのみ。友も、両親も、弟も失ったカルマは、騎士団長の養子となった。

 村が一つ消し飛んだ事件は、『ドゥームズデイ』と名づけられたが、何があったのかは誰にも分からず、調査は難航した。

 そんな時、人間と平和条約を結んでいた魔人族に疑いがかかる。もちろん真相は定かではないが、疑いが不和を生み出してしまい、和平は決裂。戦いが始まってしまう。


 ドゥームズデイはきっかけに過ぎなかったのかもしれない。お互いの不満が怨念を繋いでいき、戦いは長きにわたって続いていく。

 十年後。成長したカルマは、グランカリバーの使い手となり、勇者の称号を与えられた。そんな勇者を助けるために結成されたのが『グランナイツ』であり、その中の一人がグランマスター、つまり『主人公プレイヤー』というわけだ。




(――ッていうストーリーなんだけど……)

 亞紋はそこで眉を顰めた。この情報を教えてあげれば会話も弾むのだろうか?

 そうしていると、前の席のクラスメイトが周囲とはしゃぎ始める。どうやらチュートリアルが終わって、初めてのガチャを引くらしい。


「せっかくだから勇者欲しいなー」

「カルマは実装されてねぇよ。特別なアイテム使うと来てくれる、お助けキャラだな」

「じゃあ、あのチュートリアルで色々教えてくれた子は? 賢者だっけ?」

「ああ。アイツは強いぞ。回復も攻撃も、魔法系なら何でもできる」


 煌びやかな衣装を着た女性キャラクターがガチャ――、『降臨召星こうりんしょうせい』の案内人だ。チュートリアルが終わると貰える星岩せいがんを50個渡して、パーティメンバーとなる従者を召喚してもらおう。


『運命を切り開く扉。星の光があなたを誘います。銀河の使徒よ――』

「お、お、おお、来た! え? なんだ? モネって子が出たけど、コレ強い?」

「一番クソ。マジでゴミ。ウンコよりクソ」

「なんだよソレ! げぇー、じゃあリセマラしよ」




 盛り上がるクラスメイトの声を聞きながら、亞紋は無言で画面を見つめていた。



「なあ四葉。この後、皆でゲーセン行こうかって話してるんだけど、お前もどう?」


 ホームルームが終わり、亞紋はクラスメイトの一人に話しかけられた。


「……ごめん。僕、この後用事があって」

「そっかぁ。じゃ、また今度な」


 なんだか胸の奥に重たいものを感じて居心地が悪くなった。

 何やらヒソヒソと他のクラスメイトの声も聞こえてくる。


「誘っても無駄だって。アイツ本当、ずっとあのゲームばっかしてるんだもん」

「一日中凄いよな。俺も一応ダウンロードはしてるけど、そんな面白いか?」


 確かに。亞紋だって、もっと面白いゲームはたくさんあると思っている。

 だが学校が終わり、皆がそれぞれの帰路に付く中でも、亞紋は携帯を片手に道の隅を歩いていた。ふと、いつか誰かに言われた言葉を思い出す。


『アイツ、いつもつまんなそうにしてるよな』


 それは本当だ。勉強もスポーツもパッとしないが。それでいい。一番になれなくても、勝てなくても問題ない。別にいい。悔しくないし、悲しくもない。

 でもキングダム・ファンタジアだけは違う。このゲームだけは亞紋のくすんだ心を輝かせてくれる。亞紋は音量を上げると、画面と会話を始めた。


『お兄ちゃんっ。わたしがんばったよ! ほめてほめて!』




「くぁわいぃいいぃ……ッッ!!」


 先程まで無表情だったのに、今はマヌケな顔でニヤついている。

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