第12話


「マジか……ッ! 総合ランキング3位ッ!」


 スコアランキング、ハート部門では一位。総合ランキングでは三位のプレイヤー。

 亞紋が確認した時点では一位がスペード、二位がダイヤの為、キャミーが言った通りである。つまり体人より強いクラブは存在しないのだ。

 スコアランキングにすら乗っていない亞紋は論外である。

 まじまじと力の違いを理解する。しかしそれを知らない亞紋の従者達は、今がチャンスと悟ったのか抵抗の意を示した。



 モネがステッキを上にかざすと、体人達の視界を埋め尽くすほどの砂煙が発生する。それが目に入ったのか、体人達は呻きながら後退していった。

 すぐに砂煙からペティ、雫奈、フィリアの三人が飛び出していった。

 だがすぐに体人を守る為、キャミーとラミーも前に出て応戦を開始する。

 そこで体人は気づく。砂煙が晴れると、亞紋とモネの姿が消えていたのだ。


「ん? 隠れたのか?」


 そう、モネは亞紋を連れて近くにあった木の上に身を隠した。

 葉っぱに囲まれながら、二人は太い枝の上に座っている。


「大丈夫お兄ちゃんッ? ごめんね、わたし……、回復魔法も使えないの」

「いや、いや……、大丈夫、平気だよ。ありがとう」


 亞紋はチラリと下を確認した。予想通りの結果が見えた。

 皆、やられてる。だから携帯を取り出して電話のマークをタップした。


「みんな、降参しよう。僕たちじゃ体人達には勝てない。」


 テレパシーを使う。モネだけではなく、他の三人にも聞こえているだろう。


「……お兄ちゃんがそう言うなら、そうだよね」


 モネの返事に亞紋は思わず息を呑んだ。それは今までアプリじゃ一度だって見た事のない悲しい笑顔だった。眉尻を下げ、目を細め、呆れたような――、ガッカリしたように笑う。モネの印象はいつも無邪気で、楽しそうに笑っていた顔が好きだった。

 なのにそれとは違う。歪みきった笑顔だった。

 モネはこんな顔をするのか……。亞紋はそう思った。


「降参賛成。正直もう無理。あいつら強すぎっしょ」


 ペティは仰向けになってため息をついた。


「い、いいの?」

「いいよ、おけおけ。頑張るとかサムイだけだし……」


 なんだか変だ。

 ペティは確かにアンニュイだけど、そんな事を言うキャラクターでもなかった。

 だって、彼女は炎を操る少女だ。性格は冷めているように見えても、その根っこには熱いものがある。そういう所を好きになったのに……。


「そうですね。我々には当然の結果でございます。蛙は大海に出てはいけないのです」


 震える声で雫奈が賛成してくれた。悔しげで、目には涙が浮かんでいた。


「負けるのは運命だったのでしょうね。そうですよ。弱いから負ける。当然じゃないですか。簡単ですね……」


 フィリアの掠れる声が脳に響いた。よく分からない。何かが剥離していく感覚があった。亞紋はたくさんK・Fで遊んだ。毎日モネと顔を合わせた。ボイスパターンは全部覚えた。担当声優さんの他のアニメを見て、会話を脳内で妄想した。

 モネ達の事なら全部分かった気がしてた。してたのに……。


「ママとパパがね、お家に帰ってこないの」


 モネは薄ら笑いを浮かべながら、両親の事を話し始める。


「たまに帰ってくるんだけど、またすぐに出て行っちゃう。お仕事だって言ってたけど、何をしてるかは教えてくれないの。モネにはまだ早いって……」


 モネはギュッと自分の肩を抱いた。亞紋には分からない苦しみがあるのだろう。


「ママから言われたの。従者になって世界を見てきなさいって。モネが成長したら、お仕事の事を教えてくれるって……。でもそんなの嘘だったのかもしれない。わたし、とっても弱いし、できそこないだしっ。もしかして捨てられちゃったのかも……」


 ジワリと、モネの目に涙が浮かぶ。


「でも、いいもん。お兄ちゃんが慰めてくれるからいいもん……」


 亞紋は馬鹿な事を思った。自分で言い出したくせに、これでいいのかと思った。

「諦めたみたい。やったね体ちゃん!」「ウピャピャ! ウチらの勝利っす!」


 一方でキャミーとラミーはハイタッチ。だが、肝心の体人が腕を組んで唸っている。


「……納得がいかねぇな」

「「へ?」」

「おい亞紋! ざけんなよお前ッッ!」


 体人は声を張り上げる、どうやら独り言ではなく、亞紋に話しかけているようだ。


「テメェを慕ってくれてる女に戦わせて、自分は安全な所に潜伏ってか? 臆病者が! 腐ってんぞお前ッ!」

(ふ、ふざけてるのはどっちだよ、そっちが仕掛けてきたんだろうが!)

 そうは思ったが、その怒りはすぐに消え去る。どうせ今から降参するんだから。


「お黙りなさい! 貴方にマスターくんの何が分かるんですか!」


 だがその時だった。体人の声よりも大きなフィリアの声が聞こえてきたのは。


「その通り! ご主人様は臆病者ではございまぬ! 未熟なシズナ達の為にずっと戦ってくれた勇敢な人です! これ以上バカにするというのなら、たとえ刺し違えても討ち取ってくれようぞ! 俗物がッ!」


 雫奈も続き、声を荒げる。


「ま、アンタみたいな脳筋ライオンよりは百倍素敵なマスターだな」


 ペティがニヤリと笑って呟いた。


「俗物……。の、脳筋って――ッ!」

「ちょっと! そっちこそ体ちゃんの悪口言わないでよ!」

「そうっすよ! 体くんとっても良い人っすよ! 昨日なんてカレーに入ってるニンジンを全部ウチにくれたっす! 美味しかったっすよ!」

「……あれはオレがニンジン嫌いなだけ」「え」


 怒号を受けたのがショックだったか。体人は怯み、動きを止めてしまう。

 そこへ走っていくペティ達。キャミー達もすぐに迎え撃とうと走り出す。

 しかし――、ショックを受けたのは亞紋も同じだった。何かがおかしい。何かが違う。分からない事ばかりだ。でも確かに分かる『傷』があった。

 そうだ。今まで感じたことのない痛みが胸の奥にあるのは、決して気のせいではない。


「――して」


 小さく呟いた。聞こえないので、モネは首を傾げる。


「どうしてキミ達は僕を慕ってくれるんだ。僕なんか、むしろ気持ち悪い事ばかりで、嫌われるのが普通なのに――ッ! 苦しいんだ……、理由の分からない好意は」


 怖いんだ。亞紋はそう付け加える。するとモネはギュッと両手で亞紋の手を包み込んだ。モネの表情は未だにどこか硬いが、それでも必死に笑顔を浮かべていた。


「僕なんかなんて言わないで。お兄ちゃんは、わたし達の希望なんだよ」

「ッ、希望?」

「大丈夫、キミたちは役立たずなんかじゃない。僕の希望だ」


 目が見開かれる。その言葉には覚えがあった。

 モネは亞紋のリアクションを見て悟ったのか、ニコリと嬉しそうに微笑む。


「覚えててくれたんだね」


 今でこそモネ達は亞紋の従者であるが、亞紋がゲームを始めたのはアプリがリリースされて少し後。彼女達もまたマスターが変わった事はある。まだ誰の姿も具現できていない頃、脳内に響く声。四人ともが同じ様な事を言われてパーティをすぐに外された。

『弱い』『使えない』『ゴミ』『ハズレ』『雑魚』『いらね』『劣化』

「悲しかった。弱いのは……、わたし自身分かってたけど」

「モネ……」

「死ねって言われたこともあったよ! ひどいよね……、さいあくっ」


 仕方ない。亞紋の世界の人間は、モネ達が実在していることを知らない。だからなんとでも言える。そもそもモネはプレイヤーのヘイトを集めやすく設定されているのだし。


「でもね、そんな時、お兄ちゃんが来てくれた」


 亞紋は一番初めに組んだパーティを一度たりとも変更する事は無かった。


「わたし達、どこに行ってもすぐにパーティから外されちゃうから、お友達ができなくて……。でもお兄ちゃんのおかげで素敵な親友ができたの!」


 それだけじゃない、亞紋はモネ達が負けても必死に励ましてくれた。勝てたらいっぱい褒めてくれた。そしていつだったか、亞紋は微笑みかける。


『大丈夫、キミたちは役立たずなんかじゃない。僕の希望だ』

『絶対に見捨てない。一緒に強くなろう』

『キミたちは――』


 無意識に、亞紋は続きを口にしていた。


「キミ達は、僕の……、希望だ」

「うんっ! 本当にっ! 本当に嬉しかった!」

「モネ、僕は――」

「だから……、わたし達はお兄ちゃんが大好きなんだよっ!」


 モネは、泣きそうな顔で笑った。


「わたし達を見捨てないでね。お願いっ、嫌いにならないでね……」



 同じだった。

 今のモネが浮かべている笑顔は、あの時、白亞が浮かべていたものと全く一緒だった。

 亞紋が一番嫌いな笑顔だった。


 それはまさに――、雷光の到来だった。亞紋の心に雷が落ちた。

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