第11話

 一方で、亞紋は別の悲鳴を聞いた。

 顔をそちらに向けると、ペティが地面を転がっているのが見えた。

 亞紋は確認していなかったが、ラミーがドロップキックを命中させたのだ。

 さらにその反動を利用してラミーは雫奈の方に飛んでいく。


「次はお嬢さんっすよ!」

「浅はかな! 撃ち落してくれる!」


 雫奈の武器は弓だ。リムの部分に氷のブレードがついており、接近戦も可能である。

 弦を引き絞ると水が出現し、収束して矢の形に変化する。そして弦を放すと、水の矢が発射されて、ラミーに向かって飛んでいく。

 狙いは良い。実に的確だ。だが威力が足りない。ラミーが毛を一本抜くと、それが短鞭に変わり、振るえば次々に矢が粉砕されて飛沫に変わってしまう。


「良いでしょう。来なさい! このシズナ、ご主人様のために絶対に負けませ――」


 一分後、負けた雫奈はうつ伏せに転がされ、鞭でお尻を叩かれていた。


「えいっ! えい! えいっすッ!」

「あぁッ! んひゃぁ! ふぁんっ! ひぐッッ! ごめんなさぃ、もうゆるひてぇ!」


 結局、戻ってきたペティがドロップキックでラミーの背を蹴って雫奈を救出するが、受けたダメージと羞恥心は相当な物だろう。

 それを見ていた亞紋はゴクリと喉を鳴らす。


「……えろい事になったな」


 あ、間違えた。えらい事になってしまった。

 しかし雫奈の姿に見惚れてはしまったが、本人からしてみれば苦しい事だったろう。

 そこでまた浮かんでくるアプリとの差。モネ達は大きなモンスターだの従者だのに殴られたり、蹴られたり、斬られたりする。だがそれは作り物だと分かっているから何も思わなかった。でも今は違う。モネ達は確かにそこにいて、攻撃を受ければ苦しむリアクションがダイレクトに伝わってくる。

 それをただ見ているだけというのは心苦しい。かといってただの人間である亞紋が前に出ても、それは逆に足を引っ張ることになってしま――


「あ。ぼ、僕も戦えるんだった……!」


 ハッとして前を向く。するとそこには丁度動き出した体人が見えた。


「さて、そろそろ始めようぜ亞紋! 安心しろ、オレ達もマナの鎧は纏ってる。思う存分やればいい!」

「マジか……」


 だが亞紋もこのままではいけないと思っていたところだ。丁度いいと銃を抜く。


「覚悟を決めるしか無いってか……!」


 臆する事はない。体人の武器はゴールドランクだが、亞紋のワイルダーだって同じだ。条件はそこまで違わない。亞紋は銃口を体人に向けて、狙いを定める。

(体人はインファイター。大丈夫ッ、銃なら勝機はある!)

 体人が走り出した。だからこそ亞紋も発砲する。

 放たれた高速の弾丸を、体人は僅かに体を逸らして回避した。

(え? う、嘘だろ!?)

 連射したが同じだった。体人は迫る弾丸を的確に回避していく。そうしているとカチカチと音がするだけで弾が出なくなった。

 焦る。なにせゲームじゃ何発撃っても弾切れなんて起きなかった。適当に銃を触ると、どうやら中折式だったようだ。銃の中央が割れて銃口が地面に、シリンダーの穴が空に向く。さらに薬莢が排出されるが、これは使用者の魔力の塊だ。亞紋に纏わり付いたマナが自動的にシリンダーの穴に装填されていき、リロードは完了する。

 一安心? いやいや、ふと気づけば、体人がすぐ目の前にいた。


「クソッ!」


 撃っても当たらない気がしたので、亞紋は銃を持った腕を横に振るった。硬いグリップ部分で殴りつけようというのだ。だが結果は空振りである。

 体人は上体を後ろへ反らす事で、完全に攻撃の範囲から外れていた。


「その動きッ、スウェーバック、ボクシングか!」

「へぇ、知ってんのか。正解」

「漫画で見た事があ――」


 バンッと衝撃を感じたかと思うと、亞紋の視界がブラックアウトする。

 顔面を殴られたという事は分かった。だがそれほど痛くはない。肉体が強化されているからなのか?


「シュッ!」


 いや、訂正。体人は本当に軽く、右手のジャブで顔を小突いただけだ。

 目的は亞紋を怯ませ、反射で目を閉じさせる事。視界がゼロになった亞紋は、殴られた事実を踏まえて、『顔のみ』に神経を集中させるだろう。

 体人はその隙をついて、亞紋の腹部に渾身のパンチを打ち込んだのだ。


「ゴォオ――ッ!」


 やられた、亞紋がそう思った時には、体が『く』の字になって吹き飛んでいる所だった。パンチで吹っ飛ぶなんて、まるで漫画みたいだ。

『漫画とか、ゲームとか見ても、楽しいと思わ――』

 あぁ。それは今思い出すことなのだろうか……?


「がはぁっ!」


 亞紋が我に返ったのは、木の幹に体がぶつかった時だった。

(まずい、息が出来ない! くそ、ふざけんなッ、本気で殴りすぎだろ!)

 吸う事も吐く事も無理だった。同じくして悟る。

(駄目だッ、体人には勝てない! 実力も気持ちも、何もかも負けてる……ッ!)

 一撃で戦意を喪失するだけの威力と迫力があった。

 拳を打ち込んでいる体人の目は、紛れもなく獲物を狙う獅子の眼光だ。


「おらおらどうした? まだダウンには早すぎるぜ!」


 何とか立ち上がった亞紋だが、既に体人がそこにいた。

 右のジャブが再び胸を打つ。痛くはない。直後、左ストレートが亞紋の肩を強打した。

 痛い。重い。亞紋は数歩後ろに下がった後に地面へ倒れた。そんな亞紋の周りに、同じくして吹き飛ばされて来たモネ達が転がってくる。


「よし、お前ら良くやってくれたな」

「もっちろん! 体ちゃんの為だもんね!」

「体くん! 後でいっぱいナデナデしてほしいっすー!」


 体人たちは余裕の表情で並び立つ。そう、彼らはまだ余裕なのだ。


「おいおい頼むぜ亞紋。オレはまだスキルすら発動して無いんだ」


 武器についている特殊能力。亞紋のワイルダーのスキルは『ホークアイ』。視力が上昇し、狙いやすくなるというものだった。


「オレのスキルはグローリー、攻撃を受けるたびにオレの攻撃力も上がっていくんだぜ」


 体人は、ご丁寧に自分の力を教えてくれた訳だが、それは勝つ自信があったからだ。

 亞紋にとっては絶望の情報である。いよいよをもって勝てる見込みがゼロになってきた。それだけならば、まだ良かったのだが……。


「お前、クラブのキングだろ、あんまりガッカリさせんなよ?」

「にゃはっ! 意地悪言っちゃ駄目だよ。だって体ちゃんより強いクラブの人っていないんでしょ?」


 何故クラブに限定する? いや、言葉通りの意味だとしたら一つだけ心当たりがある。


「体人、お前まさかッ、N・Gか!?」


 体人は自慢げな笑みを浮かべ、親指で自らを指し示すジェスチャーを取った。




「ああ、そうだぜ! N・Gはこのオレ! 快心体人様よ!」

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