第10話

 そもそもこんな話をしている場合ではなかった。体人は咳払いを一つ。


「覚えてるか亞紋。この世界に来る前、イベントの告知があっただろ」

「ッ、確か魔石を集めるイベントだった様な……」

「そう、それだ。魔石は全部で4個。各スートを模した形をしていた。そしてココに来ているであろうキングも四人だ。オレがハート、お前はクラブ」


 体人は携帯の裏を指で示した。亞紋のクラブがそうであったように、体人もまたハートの一つが宝石になっている。亞紋はそこで、体人の狙いを理解する。


「コレがその魔石って事か!」

「そうだ! 設定では魔石を四つ集めれば、莫大な力を手にする事ができるってあったぜ。一つでもこんな不思議な携帯を動かす動力になるんだ。四つも集まれば、それこそ元の世界に帰るだけのパワーを得る事ができるかもしれねぇ!」

「む、むちゃくちゃだ! いくらなんでも確証がない!」

「だが、少なくとも大きな力を手にする事はできる筈だぜ!」

「バカ言うな! 付き合ってられるかッ!」


 亞紋は携帯を取り出してセントラルへ続くゲートを後方へ出現させる。

 だが同時に体人の携帯が震えた。急いで画面を確認すれば、『クラブのキングがゲートを出現させました。許可しますか?』と表示されているではないか。

 体人はすぐに『いいえ』をタップする。すると亞紋のゲートに×バークが重なり、そこを通り抜けようとした亞紋は壁にぶつかるように弾かれた。


「は! マジかよ!」

「へぇ! こんな機能まであるなんざ知らなかったぜ。さあ、続きだ亞紋」

「お、落ち着いてよ体人! 僕達が戦う理由はないだろッ!」


 消え去るゲート。前に出る体人と、後ろに下がる亞紋。


「ほ、宝石を集めるなら携帯を奪わなくても、キング達が集合すればいいだけだ!」

「だったら、もしも帰れる人間が一人だけだったらどうする? 亞紋、オレは元の世界に帰りてぇんだよ」


 もしも仮に奪い合いのルールにでもなった時、体人は勝利を目指さないといけない。


「オレは賢い大人にはなれない。今ココで中途半端にお前達と仲良くなっちまったら、オレはお前を殴れなくなる。安心しろ、何も殺す訳じゃねーし、みんなで帰れるならオレはお前をちゃんと元の世界に帰してやるよ」

「でも……! だからって――ッッ!!」

「この世界は、オレには魅力的過ぎる」


 体人がポツリと漏らした言葉が嫌に引っかかった。深く心に刺さった。

 すると携帯から声、どうやら中にいるモネ達も話を聞いていた様だ。


『マスター、出して!』


 ペティの大きな声が聞こえた。


『早く!』

「あ、ああ! コール! ペティ!」


 携帯からペティが飛び出してきた。彼女は体術で戦うファイターだ。炎を纏った蹴りで体人を狙うが、飛び出してきたラミーが同じく蹴りでガードに入った。


「なあウサちゃんさんよ。ウチのマスターになにしてんの? しばき倒すよ」

「怖いっすねぇ。カリカリするとブスになるっすよ」


 それぞれのマスターは若干引き気味で、その競り合いを見ていた。さっきまで笑顔でお喋りしていた者同士とは思えない。まあ、その理由が自分達なのだが。


「や、やっちまえラミー! キャミーも頼むぜ!」

「任せて体ちゃん。亞紋の携帯を奪えばいいのね!」


 戦いたくは無いが、向こうがやる気である以上、抵抗しない訳にもいくまい。

 亞紋はコールを使用して、従者を全員呼び出す。


「ペティと雫奈はラミーを! モネとフィリアさんはキャミーを止めてくれ!」

「おけ!」「お任せを!」「任せてお兄ちゃんっ」「了解ですわ」


 それぞれ走り出す従者達。二対一という状況は亞紋側が有利に思えるが、この戦いは非常にマズイものがあった。それは性能の差である。

 亞紋はラミーとキャミー姉妹には見覚えがあった。というのもスコアランキング上位ののプレイヤー、『N・G』があの姉妹を使用しているのだ。

(レア度は共にシルバー。モネ達よりも高い……!)

 という事は? 亞紋は注意深く観察してみる。


「むきぃいいいいいい! どうして全然ッ当たらないのぉお!」


 掠れたフィリアの声が聞こえてきた。彼女の武器はロッドだ。長い棒の先端に、おみくじでも入っていそうな六角形の筒がくっついている。それを振るうと、三日月状のエネルギーが発射されて、キャミーに向かって飛んでいった。

 しかし何度飛ばしても全く当たらない。キャミーはニヤニヤしながらステップでそれを回避している。


「ニャハハハ! どうしたの? 全然当たってないよおばさん!」

「ゼェゼェ! にじゅうッにさい! ハァハァ!」


 何故か攻撃している側のフィリアが汗だくになって息を荒げている。

 フィリアは空間把握能力に特化しているため、当然キャミーの動きは手に取るように分かっている。分かっているのだが――、攻撃を当てる技術が無い。


「え、えいっ!」


 フィリアを助けようとモネが加勢に入る。彼女は大地の力を操る魔法少女だ。武器は魔法のステッキだ。先端にはネコちゃんの顔がくっついている。随分と可愛らしく、ファンシーなデザインだった。

 モネがステッキを前に出すとネコちゃんの両目が光り、攻撃魔法が発動される。

 飛んでいくのは石ころだ。スピードはそれほど早くない。キャミーは何の事はなく体を反らして回避してみせる。


「んぁ」


 モネは口を開けて困った。

 何もかも足りていないのがモネの弱さだった。威力やスピード、攻撃のバリエーション。なによりも優しさから、相手を叩きのめすという闘志が足りない。


「あー、もう全然ダメッ! いい? 攻撃っていうのは――」


 キャミーが着ている服の両肩部分は毛皮になっており、そこからブリチと毛を抜くと、それが小型のナイフへと変化する。


「こうするの!」


 数は三本、キャミーはそれを一勢に投げた。

 黒い閃光はあっという間にモネへ直撃し、その体からは虹色の光が飛び散る。


「きゃぁああぁッ!」


 モネが苦痛に叫んだ。しかしナイフの刃が刺さらずに地面に落ちたのは、今モネの体から散った光に秘密がある。それは血液ではなく光の粒子、『マナ』というものだ。

 魔力を持っている者は皆、このマナを生み出す事ができ、それを炎に変えたり水に変えたり、体の周りにベールとして纏わせる。

 これがあれば華奢に見えるモネだって、ナイフを受けたとしても立っていられるわけだ。だがもちろんマナは有限ではない。攻撃を受ければ今のようにベールは削られていき、体を纏うマナが全て剥がれ落ちれば、次に流すのは赤い血液というわけだ。

 その厚さや防御力は才能によって左右されるが、少なくともモネは高い方ではない。


「うぅぅ、いたいよぉ」


 モネはナイフが当たったおなかを撫でている。痛みで戦意を喪失してしまったらしい。

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