第9話

「ゲームで使ってたヤツと同じだろ? それを使えば、テメェもモンスターと戦える」


 亞紋の手に現れたのは『ワイルダー』という名の銃だ。リボルバータイプで、腰には専用のホルスターも装備される。


「武器にはアプリの通り、それぞれ固有の能力スキルがあって、それも使える。あとは一度武器を出せば体に魔力が宿る。これでお前も魔法使いだ」

「魔力が? でも確かに! なんか体が軽くなった!」

「試しに跳んでみ? ビビるぜ」


 言われたとおりジャンプを一つ。体感的には、体人の頭くらいは跳べる気でいたのだが、ふと気づけば体人の頭を超えてさらにその上。木々の頂点へとたどり着く。


「おおおおおおおお!?」


 亞紋は自分が跳んだ高さに怯み、眼下の視界に目が眩んだ。

 しかし、そのまますんなりと痛みなく着地する事に成功した。


「凄い、凄すぎる。自分の体じゃないみたいだ!」


 流石にテンションが上がる。亞紋はピョンピョンピョンピョン、木の上を跳びまくる。


「楽しい、うはは! 最高に気分が良いや!」


 モネ達も亞紋の変化に気づいたのか、笑顔で手を振っている。


「あ」


 その時だった。距離感を間違えた亞紋。彼の尻に、木の頂点部分が刺さったのは。


「――うそやん」


 亞紋がポツリと呟いた。誰もが無言だった。みんな固まっている。

 唯一、無表情で見ていたペティが静かに真実を口にした。




「ズッポシじゃん」






 亞紋が意識を取り戻した時、そこにあったのは好きな女の子にケツを治療されるという地獄のような光景だった。ようこそ、黒歴史。

(あ、キャミーさんとラミーさんが笑いを堪えている。体人くんは僕を見てゲラゲラ笑ってる。コイツは酷いヤツだ! クソ野郎が!)

 荒れる思考回路。亞紋はうつ伏せになりながら、睨みを利かせていた。

 とはいえ、やはり魔力の恩恵は凄まじい。身体強化が施されているようで、フィリアはすぐに治療を打ち切った。


「身体はすぐに治っても、大切な物は戻ってこない気がするけれど……」

「ギャハハハ……ハ、ワリぃ笑いすぎた。そんなに睨むなって」


 そこで体人は、心配そうに亞紋を見つめているモネ達に注目した。


「亞紋、お前ちゃんと従者が四人いるんだな。オレ、ついこの前もゲームで良い従者引いてセットしたばっかなんだけど、会えたのはキャミー達だけなんだよ」

「マスターが途中で変わるって言ってたし、何か条件があるのかもしれないよ」

「まあ、そうかもな。つーか、お前のパーティってマジで……」

「?」

「いや……、何でもねぇ」


 亞紋は何となくだが察した。なにせ、いくら好きな従者で戦えるとはいえ、限度という物がある。しかし世のゲーム用語では『マイオナ』や『縛り』と言った専門用語があり、ステータスの低い従者でプレイするのは珍しい話ではない。


「ん? 四……?」


 ふと、体人の表情が険しいものに変わった。


「あー、悪い! 恨むなら、恨んでくれて良いぞ」


 体人は前髪をかき上げ、アンニュイな表情でそう言った。

 その手首にはキングブレスレットが――、つまり武器が見える。その目、振りかぶった拳、嫌な予感がする。気づけば亞紋は叫んでいた。


「み、皆ッ! 体人から離れろ!」


 反射的に離れるフィリア達。しかし唯一、モネはおろおろと困ったようにしているだけだった。だから亞紋は素早く体を起こすと、モネを抱いて地面を蹴る。

 反射的に振り返ると、つい先程まで亞紋がいた場所に地面を凹ませる程のパンチが見えた。当然それを行ったのは、体人その人である。


「ハッ、よく避けたな亞紋ッ! トロそうに見えて中々やるじゃねぇか!」

「ぐッ! 本気か!? なに考えてんだお前!」


 とにかくこのままではマズイ。そんな中でフラッシュバックする光景。

 そうか、そうだ。こういう時のための機能があるじゃないか。


「オール・レスト!」


 亞紋が叫ぶと、モネ達の体が光となって携帯の中へと吸い込まれていく。

 コレで良い。亞紋は立ち上がると、すぐに走り出した。

 だが同じくしてラミーが地面を蹴った。流石はウサギ、凄まじい勢いで宙を舞い、そのまま一回転した後に亞紋の前に着地する。


「おわっ! あ、あの! えっと!」


 亞紋が戸惑っていると、ラミーがニコリと微笑む。

(良かった。なんて無邪気な笑顔なんだ。これぞまさに人畜無――)


「ごめんなさいッす! テヤァア!」

「痛いッスゥゥウウ!」


 バシィィと音がしたかと思うと、亞紋の頬に凄まじい衝撃が走った。

 その正体は、ラミーの平手打ちである。亞紋は凄まじい勢いで吹っ飛ぶと、地面の上を転がっていく。


「な、なんつう女性だ! 優しそうな顔をして……! あぁ、痛い!」


 殴られた部分を抑えて吼える亞紋。痛い、本物だ。リアルな痛みだった。

(だがちょっと気持ち良い! ちくしょう、僕のM魂を刺激しやがる! きたねぇぞ! ありがとうございます!)

 亞紋は病気かもしれない。


「って違う! だああ、もう! ラミーさん? いきなり何をするんですかッ!」

「申し訳ないっす。でもコレ、体くんの為だから仕方ないっすよね!」


 どこからともなく鞭を取り出すと、ビシッと伸ばして威嚇を行う。


「ウチは、ご褒美が欲しいんすよ。また体くんにいぃっぱいナデナデしてもらいたい。また熱いのもいっぱいお腹の中に欲しいからぁ。ごめんっすよ、亞紋さん!」

「!?」


 亞紋は目を見開き、停止する。


(ご褒美? 熱いの? 下ネタか!? っていうか体人の奴、もうそこまで進展してるのか? いくら三日とはいえ、最近の若者は乱れに乱れおって――ッ! くそ! 羨ましい! 僕だってモネ達ともっとキャッキャウフフしたいんだぞ! おのれ体人ォオッ! なんだか無性に腹が立ってきたな! ファ●ク! 絶対許せねぇ!)


 一方で体人もまた同じように目を見開き、停止していた。


(ご褒美? 熱いの? 下ネタか!? っていうか、いつの間にそんな進展してんだよオレ達! だいたい『また』って言うけど一回目いつだよ? 嘘だろ!? 卒業した事が嬉しくて記憶を失っていたとでも言うのか!? だ、駄目だ! 男として清く正しく責任を取らなければ――ッッ!)


 ちなみに亞紋も体人も童貞である。いや、本当にちなみになんだが。

 それにラミーが言っている『熱いご褒美』とは、熱々のキャロットパイであって、断じて下ネタなどではない。

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