第8話

「本当……、一瞬だなぁ」


 亞紋たちがいるのはテラス席ではなく、大きな木の下だった。

 平地が広がっていて、さらにその向こうに巨大な湖が見える。


「お兄ちゃんっ、あれ!」


 モネが声を荒げたが、亞紋も既に確認していた。湖の前に大きなクマの魔物が見えた。

 魔物とは、魔人が作ったとされる異形の存在だ。セレン湖畔の大ボス、『タイタン』は、クマに魔力を注入して凶暴化させたモンスターである。

 巨大な爪で獲物を引き裂く、魔物の中でも凶悪なタイプだった。

 問題は今、そのタイタンの前に、三つの人影が見えること。


「まずい!」


 亞紋は叫ぶ。あんな大きな爪なんて受けたら、すぐに殺されてしまう。

 だがそこで気づいた。タイタンの様子がおかしい。体の至る所に細い傷跡や、転々とした血の痕が見える。牙も所々が折れており、片目が腫れて青アザになっていた。


「グオオオオオオオオオオオ!!」


 タイタンが怒りと焦りに吼え、大きな腕を思い切り振り上げる。

 本能が告げているんだろう。このままでは狩るのではなく、狩られるということが。


たいちゃん! 決めちゃえー!」


 右にいた従者、『キャミー』が声をあげた。

 黒い猫耳と尻尾を持つ、獣人の少女であった。


「体くーん。がんばるっすー!」


 左にいた従者、『ラミー』が声をあげる。

 白いウサ耳と、まぁるい尻尾。動物の種類は違うが、キャミーの姉である。

 そんな二人の応援を受けているのは、中央にいた少年だ。

 彼はタイタンの爪が届く前に、グッと両手の拳を握り締めて懐に入った。


「わりぃな。クマ公。今日のオレは、100パーセントなんでなッッ!」


 亞紋は目を奪われた。少年の右腕のジャブがタイタンの脛を叩き、直後左腕から放たれたボディーブローがタイタンの膝に叩き込まれる。

 すると、タイタンの全身に亀裂が走り、そのまま爆散したではないか。

 といっても血や肉が飛び散る訳じゃない。ガラスのように破片が四散したかと思えば、破片は意思を持ったように、少年が持っていた携帯電話の中に吸収されていく。


「あれ? 体ちゃん、誰かいるよ?」「あん?」


 そこで向こうも亞紋達に気づいたのか、目が合った。

 お互いデザインは違えど制服であること。なによりも亞紋の表情で察したようだ。


「よぉ、オメーもコッチ側か」


 ボサボサの髪、鋭い目つき。そして両隣には猫少女とウサギ少女。

 それもあってか、まさに獅子をイメージさせる少年だった。


「オレは快心かいしん体人たいと。ハートのキングだ」


 体人は携帯の背面を見せた。そこには亞紋同じく、トランプのキングがあった。





「じゃあ、体人くんも僕と同じなのか……」

「まぁな。カードを貰ったらこの世界って訳だ。オレは三日前にココに来た」


 湖畔の端。揺らめく木陰の中で二人のキングは木にもたれ掛り、情報を交換していた。

 遠くの平地ではモネ達と、姉妹が楽しそうに談笑中である。


「柱の数と、トランプのスート的に考えて、四人こっちに来てるんだよね」

「だろうな。つうかオレ、ダイヤに会ったぜ。何か専門学生らしい」


 体人は自分の携帯を取り出して、画面を見つめる。

 亞紋も、チラリとそちらを見ると、見覚えのないものが映っていた。エネミーリストと書かれたページで、そこに先程のタイタンの名前がある。


「それは?」

「分からん。アプリじゃこんなの無かったもんな。ただ、コッチの世界で倒した魔物はああやって携帯に吸い込まれてよ。ここに名前が追加されるんだぜ」

「そ、そうだ! 魔物を倒すなんて……、一体どうやって!?」

「忘れたのかよ。ゲームの中で戦ってたマスターは、そもそもオレ達の分身なんだぜ」


 体人がグッと拳を握り締めると、手首に美しい装飾が施されたブレスレットが現れる。


「じゃ、じゃあ……、つまり僕達が武器を持って戦うってことッ?」


 K・Fはどんなに弱い従者でもストーリーを進める事ができる。

 それが自己強化システム。つまり本人のアバターを強化すればいいのだ。

 従者ガチャではなく、装備ガチャで武器やアイテムを集めて、パーティ全体のステータスを上げる。亞紋はこれを利用して、ステータスの低い従者で頑張っていたわけだ。


「オレの武器はキングブレスレット。コイツが打撃力を跳ね上げてくれる。携帯とアプリはよく調べておいたほうが良いぜ。少なくとも、もうオレ達が知ってる代物じゃねぇ」


 世界に関しても不思議な事は多い。例えばそれは文字、カフェのメニューは間違いなく日本語だった。ご丁寧に漢字やカタカナで表記されているものもある。


「なにかしらの翻訳機能が働いてるんじゃねぇかって思ってる。ヤベェとか、ぶっちゃけだとか、普通の日本語じゃねーのも伝わりやがるしな」

「そっか。そう言えばそうだね……、気づかなかった」

「ただでさえこんなヤベェ事に巻き込まれてるんだぜ? もっと警戒しとけって。あとオレが一番気になった点としてはよ。降臨召星ガチャがねーんだよ」


 体人に言われて亞紋は改めて携帯を確認してみる。

 すると確かに降臨召星のページが消えているではないか。


「何となく分かるよ。アプリじゃ簡単に出来てた事が、ここじゃそうもいかない」

「天星のリビアス。アイツが降臨召星を仕切ってたからな。会おうとも思ったけど、誰も居場所どころか、名前も知らねぇときた」

「ストーリーにも出てこないもんね。謎のキャラだし」

「まぁ会ったところで、星岩も持ってねぇしな」


 星岩。それを50個集めれば一回、降臨召星ができる。

 そして中にはイベントや記念日のみに配布される『極光きょっこう星岩』という上位種も存在している。これを一個リビアスに渡せば、ゴールドランク以上が確定なのだ。ただし、その二つの星岩や、所持していた素材や貴重品。つまりアイテムまるごと消失していた。亞紋も体人もコチラの世界に来た時は手ぶらだったので、その点とリンクしているのかもしれない。


「金だけはアプリのままなんだけどな……。まあ、いいや、とりあえず大事な音声認識を教えてやるよ」


 体人は携帯に向かって話しかける。


「オール・レスト」


 ピロンと音がした。携帯が音声を認識したのだ。

 すると遠くでお喋りをしていたキャミーとラミーが光に包まれ、猛スピードで体人の携帯の中へ吸い込まれていく。


『ちょっと体ちゃん! いきなり呼ばないでよ!』『うぴーッ! びっくりしたっす!』

「悪い。ちょっと亞紋にいろいろ説明してんだ」


 休息や休憩を意味するレスト。それを使えば従者を携帯電話の中、あの誰もいなかったアプリのホーム画面である『拠点』に入れる事ができるのだ。


「コール! キャミー、ラミー」


 呼ぶときはコール。すると携帯の中から光の球体が射出され、モネ達の方へ戻ると同時に、人のシルエットを形成する。すると光は元のキャミー達に戻った。


「凄い……!」

「ああ。オレもダイヤのヤツに教えてもらうまではサッパリだったからな」


 誤発動しないように、アプリの方で設定を変えることもできるらしい。


「この携帯、充電も切れないらしいぜ。三日間それなりに使ったけど大丈夫だったしな」


 画面下部にある電話マークをタップすれば、従者とテレパシーで会話もできるようだ。


「従者と脳内でやりとりができるって事はだ。周りには聞かれたくない事とか、作戦会議とかに使えるって事だな」


 さらに体人の教えで、亞紋はステータス画面に『武器の具現』という項目を見つける。

 今までのK・Fにはなかった項目だ。武器を具現しますか? と書いてある。


「はいにしとけ」


 言われた通り『はい』をタップすると、さらにショートカットの項目が表示された。


「それにチェックを入れておけば、頭の中に念じただけで武器を召喚できる」


 武器よ出ろ。亞紋が一つ念じてみると、手に光が集い、確かな感触が宿る。



「す、すごい! マジで銃が出てきた……ッ!」

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