第13話

「なにやってるんだ……、僕は」


 声が漏れる。馬鹿な男だ――。つくづくそう思った。


「何もかも違う」


 降参しようと言った時、みんなは賛成してくれたが、亞紋はそれが嫌だった。

 だって解釈が違う。アプリの中の皆はもっとプラス思考で、そんな事を言わない筈なのだ。モネは怖がるけど必死に立ち向かう。ペティは冷めてるけど熱い。雫奈は凛として。フィリアは悪い運命にある人を助けようとする。

 僅かなテキストとデータの中で、亞紋はそんな彼女達に恋をした。だからモネ達にはいつも前を見ていてほしかった。自分を腕を引っ張ってくれる気がしたから……。

 なら、今、マイナスな事を言わせたのは誰だ? 彼女たちの魅力を有耶無耶にしてしまおうとしているのは誰なんだ?

(決まってるじゃないか。僕だ……!)

 違う。いや、こんな話じゃない。亞紋は頭を抱える。

 そりゃ戦うのは嫌な筈だし、諦めたくなるのも不思議ではない。

 だってモネ達は生きている。生きていれば――、怖いと思う事だってあるだろう。

 そうだ。ずっと亞紋はモネ達の事を『架空』だと思っていたのだ。

 だから愛したし、だから愛せた……。

(一緒に強くなろう。あの言葉はモネ達にかけた言葉じゃない。ただのデータ、幻想にかけた言葉なんだ――ッ!)

 それをずっと信じてきたのか。それを糧にしてきたのか。

 あんな、適当に口にした言葉を……、ずっと大切にしてくれたのか。


「でも――、違うんだ。違う。そうだ、僕は本物を愛する事が怖かっただけだッ!」


 亞紋は目を閉じ、歯を食いしばる。好きになりたいのに好きになってはいけないと、心がブレーキをかける。握り締めたこの手。今の手。伝わる体温は本物だ。

 モネはゲームのキャラクターなんかじゃない。今、ここで確かに生きている。

 でもモネ達は本物の亞紋に会いたかったが、亞紋はニセモノのモネ達が良かった。


「ずっと逃げたかった……ッ」


 本物を得ようとするな。本物に夢をみるな。本物を愛するな。それらは全て白亞からお願いされたことだ。亞紋は今も、その呪縛から逃げ出せずにいただけ。

 怖かった。白亞は生きている。そんな情報は、母や親戚がついた優しい嘘かもしれない。本当に白亞は死んでいて、それは自殺で、だったらその原因を作ったのは――

 だから、亞紋は白亞との約束を守り続けた。何事もほどほどで。そして何も愛さない。

 そうすれば白亞は生きている気がして、心が楽になった。

 でもそんなのは辛いから、せめて幻想王国ニセモノを愛そうと思ったんだ。

(そんな馬鹿な事をいつまでもッ! いい加減にしろよ四葉亞紋ぼくッ!)

 その時、その瞬間、空間が震えた気がした。

 全ての記憶が熱を放つ。加速する魂。亞紋の目に、その瞳に、確かな炎が宿ったのだ。

(駄目だ! おかしいと思ってるなら変わらなくちゃダメなんだ――ッ!)

 たぶん、きっと、『あの人』はおかしいとすら思えなくなったんだ。

 だからあんな悲しい事で、嬉しそうに笑ってたんだ。亞紋はグッと拳を握り締めた。少なくともモネ達には、同じような笑顔を浮かべてほしくなかった。

(何をしてあげられたのか。どうすればよかったんだ。いや――……、いや、いや、いやいや違う。そうだ。違う。あれは過去だ。あの人はどうあっても帰ってこない。いや、もしかしたら帰ってくるかもしれないが、少なくともそれは今じゃない。いい加減に直視しろ。全ての感情を自分に注げ。自分だけに向けるんだ――ッ!)

 誰の顔色を伺うでもない。強いていうなら、モネ達だけを視るんだ。

「もう幻想を言い訳にするのは沢山だ。もう幻に逃げるのは止めるべきだ」

 白亞を言い訳に使うのは止めるんだ。やりたい事をやるんだ。

 そうだ。だったらまずは何をすればいい。何がしたい?

 決まっている。モネ達を好きだということ。モネ達を勝たせてあげたいこと。

 それを――、本物にすればいい。変わるんだ。今、ここで!


「モネ、やっぱり僕は戦うよ。キミ達の前でも格好悪いのはイヤなんだ」

「っ、お兄ちゃん……!」

「みんなも、ゴメン。疲れたろうけど、痛いだろうけど、もう少しだけ頑張ってほしい」


 テレパシーを使う。返事はみんな同じだった。

(どうすれば体人に勝てる? 下手に攻撃をしたらグローリーが発動して……)

 待て。コレはゲームじゃない。コレは――

(現実だ!)


 木の下ではキャミーがうんざりしたように伸びを行っていた。

 向かってくるペティたちを返り討ちにするのは飽きたのだ。


「ねー、体ちゃん。もッ帰ろうよ。亞紋ちゃんいないじゃん。逃げちゃったんだって」

「いや、あの野郎は必ずこの近くにいる」


 体人は腕を組み、一本の木を睨みながら呟いた。


「従者を置いて逃げるなんざ王のやる事じゃねぇ。オレたちはキングに選ばれたんだ。なんでかは知らねぇが……」


 体人は気づいていた。ペティ達の笑っている表情。その輝き、諦めた者の瞳じゃない。


「――そこには、確かな意味があるとオレは思ってんぜ」


 ボトリと、木の上から何かが落ちてきた。亞紋だ。すぐに立ち上がって走り出す。


「勝負だッ! 快心体人ォオ!」

「おせェんだよ! テメェの従者ッ、五回はダウンさせたぜ!」

「だったら後で555回謝る! だからその為に、まずはお前を倒すッッ!」

「上等だ! やってみろ!」


 交差する視線。だが体人の前にキャミーとラミーが並び立ち、武器を構えた。


「邪魔だ退けぇッッ!」

「んなッ!」「ぴぃ!」


 亞紋の鬼気迫る迫力に、キャミー達は一瞬怯んだような表情を浮かべた。

 何より、体人が手を伸ばしてキャミー達をかき分ける。


「いい、オレがやる! お前らは下がってろ!」

「た、体ちゃんがそうニャら……!」「了解っす!」


 亞紋と体人。二人の視線がぶつかり合い、火花を散らした。

 距離を詰めていくなか、亞紋はスキルを発動。全神経を集中させて体人の動きを見る。

 そんな中、まずは言葉がぶつかった。体人が口を開いたのだ。


「おいおい、さっきまでビビッてた奴がどういうつもりだ!」

「言い訳はやめたんだ! 僕は僕のやりたい事をやる! 心の中にあるモヤモヤとか、そういうのまずッ全部お前に重ねて、ブッ飛ばしてやる!」


 亞紋は銃を抜いて、引き金をひいた。


「だからお前はッ、僕の礎になれ!」


 体人はニヤリと笑うと、飛んできた弾丸をヒラリとかわしてみせる。


「勝手な野郎だ! でも嫌いじゃないぜ、そのハート!」


 よく分からない理由に聞こえたが、亞紋の中では納得がいっているのだろう。

 体人だってそうだ。仕掛けた理由は亞紋からしてみれば理不尽なものだったはず。

 しかしお互いにはちゃんとした理由、芯があった。自分が納得していればそれでいい。

 その傲慢さがむしろ――、キングらしいではないか。


オレの前にひれ伏せ。亞紋」


 体人の右手が、亞紋のみぞおちに届く。痛みはない。衝撃もそれほどだ。

 だが次の瞬間、体人の左手が亞紋の頬に抉り刺さった。

(決まったぜ。ストレート、ノックアウトだ!)


 体人はもう一度ニヤリと笑い――

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