第14話

「あとッ、もう一つッッ!」「な、なにッ!」


 すぐにその笑みを消した。

 亞紋は体人の拳を頬に受けながらも、確かに踏みとどまっていた。ギラリと光った眼光、真っ直ぐに体人の瞳の奥を睨みつける。

 確実にダウンを奪ったと思っていたため、体人は思わず動きを止めてしまった。


「お前の言う通りだ! モネ達に任せて隠れてるだけなんて――ッ! そんなのぼくのプライドが許さないッ!」


 亞紋は持っていた銃から手を離し、両手で体人の腕を絡め取った。


「モネ達は僕に希望をくれた。逃げ道だったけど、僕には必要だったんだ!」


 体人はすぐに腕を振りほどこうとしたが、亞紋も全力で阻止する。

 ましてや体人は話の続きが気になってしまったようだ。倒れると思っていた男が倒れなかった理由が知りたくてたまらない。大迫力の馬鹿野郎はどうして生まれたのか?


「だから格好つけたいんだよ! 彼女達に、カッコいいって思ってほしいんだッ!」


 亞紋が叫ぶ。ゴッと音が響いた。凄まじい衝撃を感じて、お互いの視界がブレる。


「お前を倒せば、少しは見直してくれるかもしれないだろ!」


 亞紋が渾身の力を込めて繰り出した攻撃は、『頭突き』である。

 目の前に星が散る。光の虫が這い回る。チカチカとする視界。


「「いってぇええええ!!」」


 攻撃を撃った側と、受けた側。二つの声が見事に重なる。

 亞紋は既にテレパシーを通じてモネ達に作戦を伝えていた。

 少ない情報で展開を予想し、勝利の法則を導く。しかし一つだけ不安定な要素が存在していた。つまり賭けだ。それは体人に一撃を当てた後のことである。


「体ちゃん!」「体くん!!」


 亞紋は見た。体人を攻撃されたからか、キャミー達は言いつけを破り、地面を蹴った。

 体人を守るために距離を詰める。だからこそ体人たち三人が、一箇所に集まった。

 それを見た亞紋は、ズキズキと痛みを放つ頭を抑えてニヤリと笑う。


「この勝負ッ、もらった!」


 そうは言うが、亞紋は追撃を行う訳でもなく、体人に背を向けて全速力で走り出した。


「ッんだと……? ココで退避行動だぁ?」


 理解に苦しむ体人だが、ふと気配を感じて視線を移動させる。

 そこには手を重ね合わせている雫奈とペティの姿が。


「あッ、ヤベェ!」


 次の瞬間、二人が同時に突き出した掌から凄まじい勢いで水蒸気が発射された。


「うぉおおおおおお!!」「きゃぁあ!」「うぴゃあああああ!!」


 蒸気はすぐに湯気に変わり、体人達の視界を白一色に染める。


(やられたッ、クソ! 合体魔法か……!)

 アプリには無い。ココじゃなきゃできない事だ。

 魔法の霧は心なしか、白が濃い様に感じる。


「モネ!」「任せてお兄ちゃんっ!」


 濁る視界の中で声が聞こえた。すると激しい目眩に襲われる。

 体人はすぐにそれが自分ではなく、地面の異変である事に気づいた。


「ふわぁぁあ、体ちゃん! ブルブルだよぉ!」

「怖いっすーッ! この白いのもなんすかコレ! 吸ってもいいんっすかーっ!?」

「落ち着け、ただの湯気――、霧だ! って、おいどこ掴んでんだキャミー!」


 視界が悪い中での揺れ。体人はたまらず両膝をついてしまう。


(モネに命令を出してたな。アイツ……、地面を揺らしてんのか!?)


 体人もモネの事は知っている。大地の力を使うとあったが、せいぜい石ころを飛ばしたり、砂煙で相手の視界を妨害する程度の力しか使っていなかった。それがまさか地面そのものに干渉できるほどの魔法を使ってくるとは。

 にしても揺れ方が変だ。グワングワンと遅く長い。まるで船の上だ。


「体ちゃん! あたし、亞紋たち探しに走るよ!」

「いや待てキャミー! おびき寄せる罠かもしれねぇ! つうかこの状況じゃ、まともに走れないし、ナイフも投げれないだろ! 最悪オレらに当たる!」

「ぅぅ気持ちわるっ! 体くん、キャロットジュースが出そうっす!」

「絶対よせッス! ってかラミー! お前、何とかできねぇのか?」


 体人はまずラミーに鞭を振り回す事で風を発生させ、それを利用して霧を払おうと考えた。言われたとおりに行うラミー、ヒュンヒュンと風を切り裂く音は聞こえるが、視界は一向に良くならなかった。


(な、なんでだよ! いくらなんでも消えるはずだろ!)


 すると、パチンと何かが弾ける音がした。


「は?」「にゃ!」「うぴ?」


 揺れがピタリと止まったかと思えば、視界もすぐにクリアになった。

 何も問題はない。空、高くにいること以外。


「はぁああああああ!?」


 猛スピードで落下する体人たち。真下には湖、そして平地には亞紋たちが立っている。

 全て、亞紋の狙い通りになってくれた。

 まず体人の言動から、真っ直ぐに行けば、正々堂々来てくれるかもしれないと睨んだ。結果は成功。体人はキャミー達を下がらせ、一対一に持ち込んできた

 人には癖がある。亞紋は体人が強いパンチを打ち込む時は、必ず左腕で行っているのを見ていた。逆に右腕のパンチは必ず威嚇のジャブ。だから左腕の動きに注意していたのだ。まあ、結果としては避けれず、顔面で受け止める事になったが、それも予想の内だ。後は気合で耐えればいい。というか、耐えなければならない場面だった。


 正直、一瞬意識が飛んだが、それでも亞紋は耐え切った。

 そこからは今の通りだ。そもそもいくら魔法で作った霧とは言え、平原は広く、風もある。視界を奪えたとしてもそれは長くは続かない。

 だからまずは体人たち三人を一箇所に集める必要があった。

 全ては雫奈のシャボン玉で閉じ込めるためだ。

 ただ雫奈視点でも体人達は湯気の中、正確な狙いを定めることが出来ない。ましてや閉じ込めても暴れられれば簡単に割れてしまう。さらに雫奈にはシャボン玉を空高くまで運ぶ力が無かった。

 だからこそ、それら全てをフィリアに任せる。風の流れで状況を把握しているフィリアは、視界が悪くても体人達がどこにいるのかすぐに分かった。なので雫奈に場所を教え、シャボン玉で閉じ込めた後は、風の力でシャボン玉を上空へ運んでもらった。


 しかし、運ばれている時に暴れられては困るので、足止めを行った。モネが大地を操って立っている所を揺らしたと思わせていたが、彼女にそんな事はできない。実際はフィリアが風の力で揺らしていただけだ。

 シャボンの結界という密室に霧を閉じ込めていた為、風を発生させても霧は払えない。さらに三人を閉じ込めるため、雫奈はシャボンのサイズを大きくしていたので、鞭が泡の壁に届くことも無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る