第40話

「最悪だぜ。親父に思い切りブン殴られた」

「僕も過去最高に怒られたよ」


 ハンバーグに箸を入れると肉汁が出てきた。食べやすくカットした肉をソースと肉汁に絡ませてほお張ると、すぐにご飯を口に含む。

 ファミレスの一角で、亞紋と体人は食事をしながら談笑していた。

 あまりにも余韻を残さない帰還は、全ての出来事が夢だったのではないかと錯覚させる。しかし心に残る記憶。何よりも時間がちゃんとK・Fにいた時間分、進んでいた。

 進んだ時間に差が無かったのは本当に幸いな事だが、無断欠席どころか行方不明。警察を呼ばれたり、ニュースになったり、散々だったと亞紋たちはため息をつく。


「僕は結局、自分探しの旅に出てたって言ったけど」

「オレは素直に話したぜ? 異世界に行ってましたって。そしたらもう一発殴られた」


 笑い合う二人。色々大変だったが、こうして良い思い出にはなった。


「それにしても、まさか体人が隣の県に住んでたなんてね」

「意外と世界って狭いもんだぜ? 電車で一時間ありゃ、いつでも会えるんだからな」


 現代世界に戻ってきた亞紋達はすぐに連絡先を交換した。赤石が郡冶のパソコンを調べていたら個人情報が記載されていたらしく。それを使ってという事だ。

 今日は、戻ってきて三日目の土曜日だった。


「錬くんも学校に行きはじめたって言ってたよ」


 亞紋は目玉焼きの黄身を割って、肉と絡ませた後に口に入れた。


「ちったぁまともに育ってくれると良いんだがな。アイツ絶対忘れてるぜ、オレ達を普通に殺そうとしたこと」


 体人は付け合せのポテトを食べていた。今は義手は付けておらず、義足と補助杖を使っている。変に気を遣わせたくないのか、今日は体人が亞紋の町にやって来ていた。


「モネ達、元気かな?」


 ふと、亞紋は寂しげな表情で携帯の画面を見つめた。

 K・Fは郡冶のほかにも開発スタッフはいるが、それらは全てサポートでしかない。

 通常のゲームにも特殊なプログラムを使用していたのか、郡冶が入院している今、開発継続が難しいという理由でゲームのサービスが終了してしまったのだ。

 突然すぎる終了に、現在ネットは大炎上。亞紋達としてもモネ達との繋がりが断たれてしまった訳で、ショックなんてものじゃない。

 今はもうゲームのアイコンをタップしても、画面は真っ暗なまま。

 まあ、もう魔王は倒したのだし、平和になったと思えばそれでいいのだが、かと言ってアイコンを削除できないのは、弱い男の未練ゆえ。


「いろんな後悔があるんだ」

「亞紋……。いや分かるぜ。オレも――」

「もっとフィリアさんに、エッチなお勉強を教えてもらいたかった!」

 亞紋の目から、世界で一番綺麗で汚い雫が垂れる。

「ペティの太ももに挟まれたかったさ! 雫奈に耳かきしてもらいたかったさ!」

「んー……。なん――ッ、なんだろうな。なんというか、気持ちはよくない!」

「それくらい好きだったんだ! モネもいいぞ! モネに甘ったるい声で囁かれながら頭を撫でられ――、いやむしろちょっと小馬鹿にされるのもいいな! おいなんだ体人、その目は! 気持ち悪いってか? 分かってる。笑え! 哀れな僕を笑うがいいさ!」


『お兄ちゃん』


「そう。こんな可愛らしい声だよ! おしまいだ! とうとう幻聴まで聞こえてきた!」



『お兄ちゃんっ!』



「あぁ、モネ達に会いたいなぁ! うぅぅうぅぅぅ、モネぇ!」




『お・に・い・ちゃ・んっ!』




 ん!? 亞紋と体人は顔を上げて目を見開く。

 素早くアイコンタクト、言葉はなくとも意思は通じていた。


『亞紋、オレは頭がおかしくなったのか?』『いや、僕も聞こえた!』


 亞紋はカバンに入っている携帯を取り出すと、それをテーブルにおいて画面を覗き込む。そこにはいつのまにかメールが受信されており、メッセージが表示されていた。


『赤石さんから一緒に冒険しようと誘われました。あなたも自分だけの従者を見つけませんか?』


 これは紛れもなく、アプリの招待メールではないか。

 そして切り替わる画面。するとどうだ。そこにいたのは――


『お兄ちゃんっ! 会いたかったよぉぉおお!』

「モッ、モネぇええええ!?」


 思わず叫び、携帯を掴んだまま立ち上がる。

 周囲の視線を受けて慌てて座りなおすと、画面を穴が開くほど凝視する。


『お久しぶりです旦那様! 貴方のシズナでございます!』

『よ、亞紋。おひさおひさ!』

『四葉くぅーん! 見えますかぁ? お姉ちゃんですよー!』

「み、みんなぁ!」


 それは紛れも無くK・Fの拠点のページ。リアルタイムで動く四人がしっかりと表示されている。それは亞紋だけではなく、体人も同じだった。


『体ぢゃーんっ! あいだがっだよぉぉぉ!』

『うぢもっずぅうううううッッ!!』

「キャミー! ラミー!」


 あまりの嬉しさにまだ実感が湧いていないが、とにもかくにも画面の中にいるのはゲームのムービーでもなければ幻想でもない。

 正真正銘、リアルタイムで反応してくれる本物のモネ達であった。

 そこで気づく、携帯の裏にキングのカードが埋め込まれているじゃないか。


「い、いつの間に……ッ」


 すると次は電話だ。名前の欄には赤石の文字が。


「あ、もしもし! 亞紋です!」


 グループ通話になっているのか、赤石はキングたち全員に連絡を入れたようだ。

 体人も鉄板を退けて携帯をテーブルの上に置くと、会話に加わる。


『お久しぶりです。まあ、三日ぶりですか……』


 錬の声も聞こえてきた。彼も従者と再会を果たせたようだ。


「久しぶり錬くん! 調子はどう? 僕は元気だよ」

『やだな亞紋さん。いきなり下ネタですか? ご機嫌な人だなぁ』

「いやなんでだよ、違うに決まってるだろ。え、ちょっと待って。錬くんの中で僕ってどういう存在なの?」


 それはさておき。別れも再会も突然すぎて何がなにやらだ。

 とりあえず今はモネたちと会話がしたい欲求を何とか抑え、赤石から事情を聞く。

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