第49話
エミリアは既に赤石から、だいたいの事情を聞かされていた。
バハムートの攻撃は常識を超越していた。魔法でできた隕石による射撃は、日本のどこにいても逃げられはしないだろう。
「あの精度なら、貴方の妹さんを殺した犯人がいる
「……昔。兄さんと俺、どっちが好きか、美香に聞いたことがあって」
質問とは全く違う内容が返ってきたが、エミリアは黙って聞いていた。
結局、美香は赤石の方が好きと答えたらしい。赤石は少し自慢げに笑っていた。
「理由は俺の方が優しいから。兄さん結構……、本気でショックを受けてたな」
赤石の両親は共働きで、どちらも忙しい職種のため、三人でご飯を食べることも多かった。確かに郡冶は好き嫌いをする美香をよく叱っていたが、それらは全て美香のためだ。マナーや礼儀は将来絶対に必要になってくる。
そういう意味では、郡冶の方が美香を愛していたのかもしれない。
「そう――。だから俺は異世界への扉を開くなんてことは絶対にできなかった。でもだからこそ兄さんが美香への愛情を憎悪で証明しようとしたなら、俺は美香が言ってくれた優しさで証明したい。優しい人間は、他者を傷つける選択は取らないだろ」
「貴方自身は? 傷ついてもいいの? 本当にそれで納得できる?」
「確かに犯人を恨んでいないと言ったら嘘になるが、人間には理性がある。俺が美香や従者達に見せたいのは、そういう姿なんだよ」
地球を捨てたいという兄の気持ちはよく分かるが、一つだけどうしても許せない事があった。赤石の祖父は、郡冶にも会うたびにお小遣いをあげていた。赤石達も何となく気づいていた。あれはきっと、本来は美香にあげるためのお金だと。
美香の遺体が見つかったと知った時、祖父は美香に描いてもらった似顔絵を握り締めて泣いていた。あれを見ておきながら、どうしてあの道を選んだのか。
「俺は永遠の負に足掻き続ける。今、周りにいる大切な人達が笑って過ごせるなら――」
エミリアは無言で頷いた。我ながら馬鹿な事を聞いたと思う。
「俺は……、それだけでいい」
赤石は遥か遠くを見つめて呟く。瞳の奥にある光は、どんな宝石よりも美しい筈だ。
これで勇者。ビッグマシン。各地に飛来したミサイル。三つの問題は解決できた。
従者の力は脅威にもなるが、逆に脅威をねじ伏せる力にもなる。ジョーカーのパッドには次々に計画の失敗が表示されていき、乙廼華の表情が醜く歪んでいく。
「クソ忌々しいィ、ガキ共がァア……ッ! 勇者も使えない! あの程度の説得で何を諦めている! 思い出せ、家族を失った悲しみ、憎しみ――ッッ!!」
亞紋は呆れてしまった。この女は何を言っているんだ? そんな表情だった。
「貴女はK・Fをちゃんとプレイしたんですか? ランキングにも乗ってましたよね?」
「あれは不正にデータを弄っただけよ! 私は一番がいいの! ストーリーはちょこっとだけやってやめたわ。ゲームはそんなに好きじゃないのよッ!」
「ではネタバレを一つ。カルマはもう復讐心を捨て去りましたよ。ヘルカイザーによって彼は心の闇を刺激され、ダークサイドに落ちかけました。けれども仲間達の言葉で我を取り戻し、ドゥームズデイのトラウマを捨て去ったんです」
「え? はい? 何のお話? 妄想?」
「ストーリーです! カルマは多くの苦しみを乗り越えました。彼が勇者と呼ばれているのは力があるからじゃない! その胸に宿した正義感と優しさがあるからです!」
それを亞紋達は観察してきた。もちろん全てがアプリ通りではないだろうが、それでもちゃんとリンクしている部分はある筈だ。だからこそ彼は亞紋をトラックから守ってくれたのではないか?
「向こうの世界にいる人々はちゃんと生きてる! そしてそれは僕らも同じです!」
「……ええ、知ってますよ。カカッ! 貴方達も家族の死とか、憎悪の記憶とか、いろいろあるものね。でもね亞紋さん。貴方だけちょっと薄くないですか? 従姉? やぁね、ただのメンヘラ女に振り回されただけでしょ? カカカ」
乙廼華はそこでニコリと、亞紋に微笑みかける。
「どうかしら? 例えば、ええ、ここで皆を裏切って私につくとか。そうしたらとんでもないキャラ付けになりますわ」
「まさか。そんなの
亞紋は立ち上がると通路に立ち、窓の外を見る。
「でも確かに。モネ達が慕ってくれるのも優しいとか、そういう平々凡々な理由でして」
「ありきたりよね。もっと優しいイケメンが出てきたら危ないわ」
「ええ、だから僕だけにしかない理由で好きになってもらいたい。たとえば、この世界に住む全ての人々を守るために戦えれば、きっとカッコよく見える筈です」
その想いは、他のキングを凌駕する自信がある。
「何よりも、そうすれば僕は僕を誇れます! いい、凄くいい! たまらなく欲しいな! だから飯島さん! 申し訳ないけど、この僕の礎になって頂きます!」
「……亞紋さん。私が一番嫌いなもの、知ってます?」
乙廼華は空になったワイングラスを横へ投げた。窓にぶつかり、グラスの割れる音。
刹那、乙廼華の腕にカラスの形をしたクロスボウ、『ブラックフェザー』が装着される。
「私の邪魔をする、ゴミですよ」
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