第34話
世界は一つではない。妹は別の世界で生きている。郡冶はとり憑かれたように資料を集めた。宇宙、空間、宗教、黒魔術。だが結果は出ず、多くの時間が流れてしまった。
そして郡冶が高校を卒業した時だ。警察から連絡があったのは。
「女児誘拐容疑で逮捕された男が、過去の犯罪を打ち明けた」
取調べで過去にも誘拐した少女がいると告白。
供述に従い、警察が男の家にある裏山を調べたら――
「白骨化した……、美香の遺体が見つかった」
「そうだ。蓋を開ければ何の事はない。美香は普通に誘拐されて、殺されただけだ」
亞紋は息が止まる感覚を覚えた。体人も、錬も、赤石も、現代世界の大きな闇を、むしろ現代世界ならではの闇を抱えていた。だからこそ幻想の世界に逃げたのか。
「もう一度聞く。帰りたいか? あんな世界に。ココで得た絆を捨ててまで」
郡冶は強く言い放った。亞紋たちは何も言い返せなかった。
「もう一度言う。私の仲間になれ、この世界で生き、腐った現代世界を破壊しよう」
「現代世界を――、破壊する!?」
「そうだ亞紋くん。なにか問題は? ココがあれば、向こうはもう要らないだろう?」
「そ、そんな馬鹿な!」
「もちろんキミの事も調べてある。従姉は酷い人だったね」
「違う……、だって彼女は!」
「良い人だった? それはキミが勝手に抱いた妄想だ。だって彼女はもう死んでる。キミのせいで死んだ」
「え……?」
「冗談だよ。キミも聞いたろ? 彼女は生きてる。あの遺書は嘘だ」
それも嘘。郡冶は意地悪に笑う。
「知らないよ。彼女が果たしてどうなったのかまでは調べてない。だがキミは今、どちらにせよ安心したし、不安になった筈だ」
この世で一番辛い事は、答えがない事だ。
人は昔から『無』を恐れた。だからこそ無になるべき死を終わりとせず、天国や地獄などその先を創造した。白亞にどんな意図があれ、彼女は亞紋が無である事を望んだ。
何も感じない。何もない。それは死体と同じではないかと、郡冶は主張する。
「本当は異世界なんて無い。美香は普通に事故や事件に巻き込まれて死んだ。心の奥には常にあった事だが、それを認めては私は無になる。だから私は幻想を求めたんだ」
誘拐されて殺された。そんなありきたりな理由で美香は死んではいけない。死ぬにしても、もっと高尚で意味のある死でなければならない。郡冶はそう思った。
それこそ、世界のあり方を変える程の死でなければ意味がない。
「その想いが私に進化を与えたのだ。世界に対する憎悪と不満こそが鍵になった」
扉が開いた。世界の構造が頭の中に入ってきた。別の世界が見えた。
後はそれを使ってK・Fを作った。だが全て――、まだフワフワした幻でしかない。
幻は無だ。明確な形を作るには、それなりの行動を示さなければ。
「亞紋くん。もしもまた白亞が目の前に現れたらどうする? 彼女は再びキミに無理を言うかもしれない。純粋に、キミを傷つけるため」
「でも、そしたら今度こそ僕は……」
「救う? 和解する? できないかもしれない。そういうものだろ? 我々の世界はどうとでも言えることばかりだ。そして可能性はそれだけ悪意にも繋がる。考えみてくれ、もしも白亞が生きていて、私と同じ世界を操る力を手に入れていたら? 彼女はキミの前に現れて、キミがまた約束を破っていることに激怒するぞ」
郡冶は早口で捲くし立てる。それが効いたのか、亞紋は青ざめて俯いた。
(ありえない話じゃない。確かに白亞がコッチに来て、モネ達を傷つける可能性もある。いや、そもそも郡冶さんの誘いを断れば報復の意味を込めて白亞に携帯を渡す可能性はないか? そ、そしたら白亞はどうする? そう、彼女はきっと地球を滅ぼす――、かもしれない。郡冶さんの言うとおり、約束を破った僕に怒って、モネ達を無理やり操ってしまうかもしれない。そしたらモネ達は僕の事も忘れて、僕は白亞に滅ぼされて……)
震える亞紋を見て、郡冶はニヤリと笑った。
「亞紋くん。分からない事を終わらせる方法は一つ。その疑問自体を無かったことにすればいい。白亞の痕跡を全て消し去ることができたなら、もう幻想に怯えずに済むんだ」
もしも地球を滅ぼせば、もう地球からは誰もK・Fの世界に来る事ができない。
世界を統べる技術は亞紋たちだけのもの。上位存在になれば怖いものはない。毎日モネと楽しい事ができる。虚無主義を言い訳に、感情を偽るマネはしなくてもいい。
「もう一度だけ言おう。私に逆らうという事は、この世界で生きる権利を手放すということだ。その辺りをじっくりと考えてくれたまえ、諸君」
答えは一時間後、この王城にて聞くと。そう告げて郡冶は四人を城から追い出した。締め出された四人はしばらくその場から動く事すら出来なかった。ただ虚空を見つめ、既に出ている答えに身を委ねて良いのか、それを自問自答していたのかもしれない。
「元の世界に帰れる方法がひとつだけある」
誰もいなくなった町で赤石が呟いた。
以前から兄の様子がおかしいと悟っていた故、兄に張り付くうちに少しだけ研究所を覗くことができたらしい。
「おそらく、この魔石に秘密がある。兄は扉を開いたと言っていた。つまりこの世界に来ることができるのは、扉を開いた人間だけだ。でも俺達はそうじゃない。なのにココにいる。それはつまり、この世界の入場券を持っているからだ」
それが、それぞれのキングの携帯の裏に張り付いている、スートの形をした魔石だ。
翻訳を初めとして、気候に適応する全ての役割を、あの石が担ってくれている。
そして世界にあくまでも異物、つまりバグである亞紋達を留めておく楔でもある。
「魔石を失えば、俺達はチケットを失ったとされ、世界から弾かれるだろう。そして元いた場所、つまり現代世界へと帰還する筈だ」
「じゃあこれを壊せば――?」
「いや、魔石はあくまでもコアから分離した端末にしか過ぎない。壊すのは魔石ではなく、その大元。つまり兄さんが持っているジョーカーのパッドだ」
それを壊せば亞紋たちは帰れる。ただし、二度と戻ってくることはできないが。
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