第35話

「世界を破壊するか。途方も無い話だな」


 一旦キング達は、それぞれで考えようと決めた。

 体人は誰もいない公園のベンチに座って、雲に覆われた空を見つめている。

 左にはキャミーが、右にはラミーが心配そうな表情を浮かべて座っていた。


「オレはあの日、殺された」


 ボクシングは子供ながら本気で打ち込んだスポーツだった。誰にも負ける気はないと思っていたのに。まさかビールとウイスキーに負けるとは。


「気づいたらベッドの上だった。片腕と片足も無くなってた」

「でもね体ちゃん、命があって良かったじゃん」

「そうだなキャミー。周りにも同じようなことを言うヤツはたくさんいた」


 だがソイツらは何も分かってない。何もないのに生き残ったからって何になるんだ。生きていてもどうすればいいんだ? 犯人も死んだから復讐はできない。

 ボクシングもできなくは無いが、失った感覚と死んだ魂では何を成しても意味はない。


「ご、ごめん。あたし無神経なこと」

「いや良い。すまん、間違ってたのはオレだったからな。生きてるからこそ、今こうしてお前らに会えた」


 毎日に絶望していたとき、体人はたまたまソーシャルゲームに目をつけた。

 片手で遊べるコンセプトのキングダム・ファンタジアは丁度よかった。


「ビビッたぜ、キャミーが妹に見えた」


 まあ、似ている点なんて髪の色と髪型くらいだが、体人には本当に妹に見えたんだ。

 だから体人はずっとK・Fをプレイした。少しでも長く、キャミーといられる様に。


「なあキャミー、ラミー、どうしてオレを慕ってくれたんだ?」


 今までは照れくさくて聞けなかったが、この際だ。

 するとキャミーとラミーは満面の笑みを浮かべ、体人にピッタリとくっついた。

 恥ずかしそうにうろたえる体人が面白くて、姉妹は声を出して笑う。


「だって体ちゃんはさ、あたしをお姉ちゃんと一緒にパーティに入れてくれたじゃん」

「そうっすよ。だからウチら、離れ離れにならずに済んだっす」

「……家族は一緒にいた方がいいからな。当然だぜ」

「あと、やっぱり――、体ちゃんがね。泣いてたから」

「そうそう。お姉ちゃん、あの泣き顔にキュンキュン来ちゃったっす」


 ラミーの発言はややズレている気がするが、とにかく体人は自分の弱さをキャミー達の前に無意識にさらけ出した。家族を失った苦しみ、夢を無くした辛さ、これからの事、体人は携帯の画面の前で呟き、涙を流した。

 その姿がキャミー達には酷く切なく、守りたいと思った。愛してあげたいと思った。


「ねえ、体ちゃん。あたし達は体ちゃんの事が好きだから、よく知ってるよ」

「体くんは負けず嫌いっす。何にだって勝ちたいって思ってるっす」

「……ああ、負けるのは悔しいからな。だからこの世界に来て義手と義足をお前らに紹介してもらった時、オレは生き返った様な気がした。これならまた勝てるって思った」


 亞紋を見た時だって、絶対に勝てると思った。


「あんな弱そうなヤツらに負ける筈がないと思った。従者だって、なぁ?」

 しかし結果は負けた。何故か? 決まっている。


「運が悪かったからじゃない。オレが弱かったからだ」


 体人は大きく首を振る。頭にベッタリと張りついた迷いを振り払うように。


「世界に負けて、気に入らないモノを滅ぼすか……。ダサすぎるぜそれじゃあよ」





 一方、赤石は展望台で誰もいない広場を見ていた。

 隣にはベルンと義乱が立っており、赤石と視線を合わせている。


「ベルン、義乱、人は死んだらどうなると思う?」

「うーん、むずかしいねー。お星様になるとか?」

「魂のあり方か……。フム、俺は輪廻転生の道に乗ると聞いたが?」

「そうだ。分からないんだ。だから、ひとりひとりの中に答えを妄想するしかない。死人に口なしとはよく言ったもんだ。葬式も、埋葬も、すべては残された者達が死者にしてあげられる事。本当に死者がそれを望んでいるかなんて誰も分からない……」


 遠くを見る赤石の言葉を、ベルンたちは黙って聞いている。


「俺はね、死んだら寝ている様な感覚になると思うんだ。あるのはただ虚無さ」

「でもね赤石ぃ、夢を見る事はできるよぅ? どうせなら幸せな夢がいいよねぇ!」

「そう――、静かに眠っている子には、幸せな夢を見てもらいたい」

「しかし赤石。夢は、幻だ」

「そう、そうだ。その通りだ義乱。夢は幻なんだ。結局は幻想」


 頬を抓れば分かってしまう。痛くない。痛くないから辛くない。

 全てが自分の中で終わってしまう幻覚妄想。自己完結の箱庭の中で永遠を過ごす。

 赤石は頭を抑えて、苦しそうに言葉を並べていく。


「ベルン、俺はキミが好きだ」

「わ、わ、わ! 今日は大胆だねぇ、赤石ぃ」

「初めて見た時から気になっていて、それでこうして会えて本当に好きになった。嬉しかったよ。キミが俺の想いに応えてくれた時は」


 手を繋いだ。抱きしめ合った。一緒にお酒を飲んだ。笑い合った。キスをした。


「義乱も、会えて本当に良かった。俺はクワガタが好きでね」

「フッ、照れるな」

「全て……、俺には、もったいない夢だった」

「じゃあ――、赤石はもう覚めちゃうの?」


 ずっと夢の世界にいたら、それはとても幸せだろう。でもそれは幻想の中だ。

 欲しいのは本物の筈だ。頬を抓れば痛いけど、それでも『本物』がある世界なんだ。


「ずっと後悔していた。あの日、俺が美香から目を離さなければ――」


 それは兄も同じだろう。結局、あの日からずっと夢を見ていた。

 痛みのない世界を望み、少しでも良い夢を見ようと溺れていた。


「亞紋くんにあんな事を言ったんだ。俺も、傷つけてでも救う道を選ばないと」

 亞紋は夢から覚めようとしている。しかしそれが怖くて、温かい布団から出る事を迷っている。それは亞紋だけじゃない、体人も錬も同じだろう。


「年長者が寝坊なんて、格好悪いよな……」


 セントラルの集会場、そこにある喫茶店内に錬はいた。


「郡冶の言ってる事は正しいのかもしれない……」

「ほう、そりゃまた何で!」


 錬は椅子の上に体育座りで俯いていた。

 ジルルートはカウンターで盗んだ酒をガブガブ飲んでいる。どうやら錬の話には興味が無いらしく、適当に相槌をうっていた。

 サリアンは、錬の向かい側で同じく体育座りになって真面目に話を聞いている。


「ボクの世界には屑が多すぎる。一度くらい、リセットされてもいい」

「あ、あ、主様……。でもそのっ、叔父様や叔母様は?」

「うッ、うぅぅぅう」


 サリアンの言葉に、錬は頭を抑えて呻く。迷いは少なからずあるようだ。

 誰も教えてくれない。誰も道を決めてくれない。でも錬は知っている。現代世界は怖い。いっぱい頑張った。でも何もなかった。頑張った先に、何があるんだろう?


「怖い。世界が怖い。現代世界になんて戻りたくない……」

「あ、主様! ファイトです! 主様なら大丈夫!」


 サリアンは引きつった笑顔でガッツポーズを浮かべている。

 しかしガラじゃないのか、手がプルプル震えていた。


「つまんねー」


 ジルルートは酒のボトルを投げ捨て、口を拭くと立ち上がった。


「オレは嫌いなヤツは殺すぜ! 坊ちゃんだってそういうタイプだろ!」

「ジルルート! あ、主様はそんな人じゃありません!」

「ウソウソ。坊ちゃんはヤベー奴だって! もっと己を解放しろよ! なあ、簡単な話だろーッ! 大事なのは、アイツが嫌いかどうかだよ!」

「確かに、嫌いなものは消したいけど――、それでボクは亞紋さんに負けたんだ」


 錬は爪を噛み、虚空を睨んだ。消去法で答えはひとつだった。

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