第36話
「お兄ちゃんは、どうするの?」
モネの家の屋上で、亞紋は曖昧な笑みを返した。
みんな世界に不満を抱えている。亞紋だってそうだ。白亞を超えようと努力してきたが、必死に妥協の方法を探していただけだったのかもしれない。
「僕はやっぱりまだ白亞が怖いみたいだ。傷つけてしまったこと、期待を裏切ってしまったこと、拒絶されること、全部怖いよ」
「お兄ちゃん……」
「なにより僕はキミ達と離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ……」
どうして良いか分からず、亞紋は遠い空を見るだけしか出来なかった。
一方でモネ達は複雑な表情でアイコンタクトを取る。そして、微笑んだ。
「ねえお兄ちゃん。お願いがあるのっ。わたしたち四人のお願い」
「うん、何?」
「ん……。あのね、元の世界に帰ってほしいんだ」
「えッ! ど、どうして! 僕なにか悪いことしちゃったッ?」
「そうじゃない……! そうじゃないよっ」
モネの声が震えて、小さくなっていく。
「旦那様は、本当はもう……、お答えが出ているのではないですか?」
雫奈の言葉が心に刺ささった。
「亞紋、アタシらがどれだけアンタの顔を見てきたと思ってんの?」
ペティに言われ、亞紋は小さく頷く。
「世界を滅ぼすって事は、それだけの命を奪うことだ。僕には耐えられない……」
いくらモネ達と一緒にいたいからと言って、そんな事ができる訳がない。当たり前だ。
「四葉くんは言いましたよね。人は、一人では生きられないと」
フィリアに言われ、家族の顔が思い浮かんだ。それだけじゃない。錬との戦いを思い出す。あの時、亞紋は錬に、本当にしたい事は何なのかを問うた。
「僕、ちょっと期待してたんだ。キミたちと関われて少しか経ってないけど、それなりに変われたつもりだった。だから元の世界でも、もっとマシになれるんじゃないかって」
「わたしはお兄ちゃんと一緒にいる時間が大好き。最高に幸せなのっ」
モネは亞紋に近づくと、優しく抱きしめる。
「だからお兄ちゃんにもずっと幸せでいてほしい」
抱きしめた時に感じる温もりは本物だ。
そうだ、モネ達はココにいる。ココにこうして生きているんだ。
心がある。記憶がある。共に歩んだ僅かな時間は、確かに心の中にある。
「期待を裏切ったのが怖いって事は、まだ白亞お姉ちゃんの事が好きなんでしょ?」
「……そう、なのかな。あッ、でも勘違いしないでほしいのは白亞はあくまでも従姉としてであって、僕が女の子として好きなのは一生キミたち四人だけ――」
「でもでもっ、好きなのは間違いないでしょ? だったら守ってあげて! わたしの王子様っ!」
一筋、涙が流れる。モネは泣きながら笑っていた。でも、あの嫌いな笑顔ではない。
「……モネ、優しくて強いキミを愛してる」
「うん。わたしも、優しいお兄ちゃんが大大大好きっ!」
「雫奈、お淑やかなキミは素敵だった。癒されたよ、本当に」
「シズナも、希望をくれた旦那様に心を奪われました」
初めて人を愛した。幻想じゃない、現実なんだ。
「ペティ、僕の世界にいるどんな女性よりもキミは魅力的だよ」
「言ってくれるね。ま、その言葉そのまま返すけど。亞紋が一番素敵だよ」
「フィリアさん。貴女に甘える時間ほど贅沢なものはないです」
「うふっ、嬉しい事を言ってくれますね。私も……、同じ気持ちです」
彼女もいないのに嫁を作った。だが本気だった。ガチ恋勢なのは今も変わってない。
だから嫁たちとの生活を守りたい。でもそれは一緒にいればいい訳じゃない。独りよがりじゃ駄目だ。大切なのは好きでいてもらうこと。その為には今、何が必要か?
「僕は、キミたちのキングになれたかい?」
モネは、雫奈は、ペティは、フィリアは本当の笑顔で頷いてくれた。
決意は一つ。亞紋が屋上を降りると、そこには既に体人達が集まっていた。言葉が見つからず、亞紋は携帯裏のキングを見せた。他の三人も同じ事をして意思を示した。
◆
「ファンタジーはもう終わりだ。僕達は現実に帰る」
王城前の広場で、郡冶は目を丸くしていた。分かるとも、自分達でも馬鹿で愚かな選択だと。可愛い女の子に囲まれて、剣と魔法の世界で自由に生きる。それは最高だ。
しかし彼女達が愛してくれたのは、そんな愚かな自分達なんだから仕方ない。
この弱さが、強さなのだと笑ってくれたのだから仕方ない。
剣と魔法の世界は、自分達の世界じゃないんだから仕方ない。
「現代世界に生きる者達は自分達の事しか考えていない屑だ!」
「70億の人間、全てが屑な訳がないだろ!!」
「間違えるのか? あんなゴミの様な世界に何の価値がある!」
「そんなゴミの様な世界が、僕達の世界なんだよッ! 目を背ける為に、他世界を巻き込んではいけないんだ!」
亞紋の主張に郡冶は呆れ果てた。だからコールを発動させ、魔王グレゴを召喚する。
直後、郡冶と魔王が融合し、鎧に包まれた巨大なドラゴンが姿を現した。巨大な角、紋章が刻まれた翼。赤い瞳が亞紋達を睨み、衝撃波が発生する程の咆哮を上げる。
そして手に持っていたジョーカーのパッドを飲み込み、体内に隠す。
『お前達には失望した! 所詮、害悪世界が齎したウイルスだったか!』
一方でキングたちは従者を全て解放。モネ達が一勢に並び立った。
『無駄だ! お前達では私は絶対に倒せない!!』
だろうな。城に来る前、キング達はその点について話し合っていた。
郡冶はこの世界に大きく干渉する力を持っている。もしかしたらモネ達の攻撃を通さないアーマーがあるのかもしれない。それに加えて魔王の力、いずれにせよその力は余りにも強大なものだ。まともにぶつかっても勝ち目はない。
しかし可能性はある。そう言ったのは赤石であった。
「バグを使う。兄さんも把握していない力なら、修正する前に倒せるかもしれない」
ココはK・F《ゲーム》であってK・F《ゲーム》ではない。
『消えろ!!』
郡冶は巨大な尾を振るい、全てをなぎ払おうと試みる。
そこで前に出たのは体人だ。すると光が迸り、キャミーが左腕に、ラミーが右脚に変わる。四人のキングは既にフレンド登録を交わしていた。流石はレインボーランクなのか、亞紋のスキルは使えなかったが、錬のスキルが使えればそれで問題ない。
体人はユニオンによって、キャミーとラミーを義手と義足に変えたのだ。
「悪いな、今日のオレは120パーセントなんだ!!」
体人は右脚でしっかりと大地を踏み締め、左の腕でストレートを放った。
『な、何!?』
体人の拳が尾に抉り込み、波打つ様に衝撃が広がると、尾が吹き飛び弾かれた。
あり得ないと郡冶が叫ぶ。やはりというべきか、プログラムで従者の攻撃を通さない一種の『チート』を使用していた様だ。
「ユニオンだ、兄さん!」
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