第33話
王都の異変は明らかだった。空を覆うようにドス黒い雲が広がっていたのだ。
雷鳴も響く中、亞紋達は王都マジガルドにワープで戻ってきた。すると王城から離れるように逃げる人々が目につく。混雑が酷い。五分はまともに動けなかったが、徐々に人の気配もなくなり、最終的には誰もいなくなった城下町を走る。
するとどうだ、向こうから王冠をつけた男が歩いてくるのが見えた。気品と威厳に満ち満ちたその姿は只者ではない。四人はすぐにピンと来た。
ストーリーモードで見かけた事がある。セントラルの王城に住む本物の王様だ。
亞紋を中心に、すぐに駆け寄っていく。
「国王ディセウス様、ですよね!」
「む? いかにも。私がディセウスだが……」
鋭い目が亞紋達を睨む。その迫力に、思わず四人は怯んでしまった。
「一体何があったんですか? まさかこの混乱は国王が!?」
「いや、ちが――ッ。あのね、うん。これマジでヤバイよ。ガチで逃げた方がいいから。いや私ね、今回マジでヤバイと思う。意味わかんねーもんだって。私が分かってないって相当ヤバイ証拠だからね。今ゆっくり歩いてきたけど、これ余裕だからじゃなくて、ちょっと漏れてるからなのよ。とにかく今回はリアルにヤバイから、逃げな早く」
そう言って王は歩いていった。
あんなキャラだったのか……。亞紋たちが複雑そうな表情で立ち止まっていると、別の声が聞こえてきた。
「これは魔王の力だよ。だが、深くは気にしないでくれ」
一瞬だった。一人の男が亞紋達の前に姿を見せたのだ。ワープの類なのだろうが、今はそんな事はどうでもいい。問題は男の服装が、白衣だったという点だ。
「兄さん……ッ!」
「テストは終了だ。ご苦労だったな、キング達」
赤石の言葉に白衣の男――、金剛郡冶はニヤリと笑みを浮かべた。
もしも魔王がいるのなら、戦闘は必須だと思っていた。
だがそんな想像とは裏腹に、現在、亞紋たちは王城の中の食堂で話し合いである。
「かねてより、他世界の存在は人々の世に語り継がれていた」
有名な例でいえば、フロリダ半島先端、大西洋プエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域であるバミューダトライアングル。
そこに消えた者は異世界に飛ばされるのではないかと噂があった。
「他にもワームホール。鏡の中の世界に引きずり込まれるといった怪談話があるように、私達人間はどこかで別の世界があると常々思っていたのだ」
郡冶は白衣のポケットに片手を突っ込みながら淡々と話している。
もう片方の手には、携帯よりも大きなタブレット端末がある。
その裏には、ジョーカーの絵柄が刻まれていた。
「他世界を見つけるのは簡単だった。開拓もまた同じだ、すべては理解と自覚だよ」
この世に存在する全てのフィクションは、フィクションではない。
つまりお話を作る人間は、自分の発想でオリジナルのストーリーを考えたと思っているが、それは違う。実はそれらは全て受信した他世界の情報電波でしかない。
それをあくまでも自分が思い浮かべたストーリーだと勘違いしているだけだ。本当はただ、元々あるものを受信して、視ているだけにしか過ぎないのに。
「例えばキミの従者、モネのキャラクターデザインを担当した人間は、モネを自分で作ったと思っているが、そうじゃない。この世界に生きるモネの姿を覗き見ただけなんだ」
それは別にK・Fに限った話ではない。他のゲーム、漫画やアニメ、それらの世界もきっとどこかにあると郡冶は思っている。
「私達は皆、超能力者なんだよ。ある意味――、神とも言える」
郡冶はメガネを整える。癖は弟と同じだった。
「我々が住んでいた世界は、パラレルワールドの中でも上位にある存在だ。王たる世界とでも言えばいいか。そこに住む人間は、誰もが世界を支配する力を持っている。それに気づかないだけでね」
世界が複数あると自覚し、他世界に強く触れたいと望めば、本当に他の世界に行くことができる。郡冶はそれを見つけ、実行しただけにしか過ぎない。
「その尤もたるのが私が作ったK・Fだ。アレはただのゲームじゃない」
特殊なプログラムを組み込んだ。それは、世界を操作するプログラムだ。
ゲームとはそれ即ち、他世界を操作するプログラムの集合体でしかない。
「アプリのK・Fは、既存するこの世界を元に作られたコントロール装置だ」
郡冶は0から1を生み出したのではない。
元々ある世界を、ただゲーム風にして発表しただけに過ぎない。
亞紋達はゲームの中に入ったんじゃない。ゲームだと思っていた『実在する世界』に足を踏み入れたのだ。
「他世界への干渉は複雑なものじゃないさ。これが我々の世界における魔法なんだ」
ある日、郡冶は世界を理解した。するとこの幻想世界をより明確に夢で視て、情報を得ることが出来た。そしてそれを突き詰め、手に入れたのだ。
異世界を操作する権利を。
「ゲームと実際の世界をリンクさせる事に成功した。ゲームでの操作が、この幻想世界にも適応される」
それが主に携帯を使った各機能である。従者やアイテムを携帯の中に保管しておく。ワープを行う。武器の具現。アイテムを保管させるなどなど。
そうなる筈。こうしよう。そう思えば、世界は実際にそちら側へ傾く。
「アクションゲームもそうだろ? キャラクターを右に進ませようとプレイヤーが操作する。そしてゲームの中にいるキャラクターは実際に右に動く」
そうやって、そこに住む者を実際に操作できるようにする。それが支配というものだ。
「話を戻そう。私がキミ達をココに招いた理由だが……、単刀直入に言えば、この世界を支配するのを手伝ってもらいたい」
その権利が、亞紋たちにはある。
「コール――」
亞紋たちの前に現れたのは漆黒の鎧に身を包んだ従者。
巨大な角、紋章が描かれたマント、それは従者というにはあまりにも力を感じる存在。それはそうだ、彼の名は魔王グレゴ。
つまりこの世界を支配しようとしていたラスボスである。
息を呑む亞紋たち。立ち上がり、すぐに後ろに下がっていくが、郡冶がそれを制した。
「あー、大丈夫だ。彼は今、私の命令に従う人形でしかない。キミ達の携帯にはまだその機能を搭載していないが、ジョーカーのパッドは従者を強制的に操る事が出来る。もちろん魔王を支配するのはそれなりに
今やこの世界を脅かす存在も、郡冶の駒でしかない。自分の世界じゃ犬一匹に腕っ節で勝てるか分からない男が、幻想世界では魔王を操り人形にできる。
それだけではなく、錬は気づいてたが、この世界の住人を殺せば携帯の中に存在を封印することができ、それを復元するかどうかも選べると。
「こうした機能は我々、現代世界――、言い方を変えれば地球人にのみ使える」
アプリでは存在しなかった機能の数々は、郡冶が設定したものだ。どうやらある程度はキングの暴走や衝突を予想していたようで、ワープ機能を他のキングが封じることができるシステム等も、結局はそれらを後押しする機能でしかない。
「まあ、だが、ぶつかりあう事で見えた筈だ。前の世界では決して見えなかったものが」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! オレは興味ねぇよ! 早く元の世界に帰してくれ!」
初めに声を上げたのは体人だった。すると郡冶はガッカリしたようなため息をつく。
「……本当に帰りたいのか? 元の世界に」
ドクンと、亞紋たちの心臓が大きく跳ねる。
「戻れるのか? 恐れる日々に」と――、郡冶は亞紋を見る。
「戻れるのか? 苦痛の日々に」と――、郡冶は錬を見る。
「戻れるのか? 価値なき日々に」と――、郡冶は赤石を見る。
「戻れるのか? 失った日々に」と――、体人を見る。
郡冶はココで亞紋達を選出した理由を口にした。
「全てのユーザーの中で、最もキングダム・ファンタジアを長くプレイしてくれた四人」
つまりプレイ時間のベスト4。赤石だけは郡冶が意図的にランキングに入るようにしたが、亞紋、錬、体人は他のプレイヤーよりも群を抜いてた。
「従者が光の柱を確認できる条件は、セットしていた時間になっている」
ずっと固定パーティだった亞紋は、文字通り、モネ達と一番一緒にいた人間なのだ。
「もう知っているかな? この世界にも一夫多妻という制度はある。キミにとっては魅力的だろ? 四葉亞紋」
「そ、それは……」
「人間は脆い生き物だ。心の隙間を埋めてくれる存在が愛おしくなってしまう」
亞紋たちのプレイ時間は異常だ。群を抜いてる。
他にやる事が無かったから、のめりこんだ。多くのエンターテイメントが溢れる中で。
「錬くん。キミは知っている筈だ。くだらない世界と、そこに生きる者たちの愚かさを」
少し不満げではあったが、錬も何も言い返せなかった。郡冶は次に体人を見る。
「キャミーがお気に入りか? 明るい性格、そして『彼女』は猫が好きだったみたいだね。写真を見たが、なるほど。雰囲気は似ている」
体人の表情が一瞬にして変わった。怒り、悲しみ、焦燥。
「妹さんの事は残念だった。飲酒運転というものが、あの世界の低俗さを表しているとは思わないか? 家族の命を奪い、キミも大切な物を失った。同情するよ」
「……ッッ」
「だが素晴らしいだろ? この世界の義手と義足。感覚は本物と大差ないはずだ」
亞紋と赤石がハッとした表情で体人を見る。
体人もその視線に気づいたのか、大きなため息をついて舌打ちを零した。
「左義手と、右義足だ。今は服着てっから見せられねーけど、見た目は本物そっくりで接合部は違和感ねーし。腕も脚も思い通りに動かせる」
かつて、体人はボクシングを学んでおり、本気で世界を目指していた。しかしある日、乗っていた車が、飲酒運転をしていた車と事故に合い、母親と妹を失った。
そして体人自身も腕と足を切断するほどの重傷を負ったのだ。
郡冶はそういった事も調べていたらしい。いやむしろ、その点が重要なのか。
「現代世界に戻った所でどうなる? キミが栄光を見せたかった相手は、もういない」
大切な妹に見せる筈だった。自分が勝つ姿を。もう全て無駄になった話だが……。
「だが私は、キミの気持ちがよく分かる。赤石、私がなぜ他世界を研究するに至ったか、どうか彼らに教えてやってくれないか?」
目が本気だった。観念したのか、赤石はゆっくりと過去を語り始める。
「幼い頃、夏の夜……。俺と兄さん。そして
浴衣姿の妹は、小さな手に財布を握りしめ、並んだ屋台に目を輝かせていた。
「あの日は人が多くて、気をつけていたのに美香を、見失ってしまった……」
「そうだ。そして私達の所へ、美香が戻ってくる事はなかった」
赤石と郡冶は妹を探し続けた。どれだけ時間が経っても。
そんな中、赤石たちがよく通っていた駄菓子屋のお婆ちゃんが口にした。
祭りが行われた神社には、かつて多くの人を別の世界に送ったといわれる天狗が眠っているのだとか。だから美香も天狗に攫われ、別の世界へ飛ばされてしまったのだと。
既に痴呆が始まっていた老婆の言葉なんて誰も信じなかったが、赤石達だけは信じた。
「その日から、私は他世界についての研究を始めた」
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