第26話


 すると画面に表示される文字。


『この機能は現在、管理者によって制限されています。使用することができません』

 亞紋は怯む。こんなメッセージは当然アプリ版では存在しない。


「知らなかったですか? あぁぁ、浅いんですよ考えが! 音声認識があるんだから、もっといろんな言葉を投げかけてあげないと! ほら、もっと意識を高く!」

 この機能が何を意味するのか? 錬は必死に考え、一つの仮説にたどり着く。


「ボクやボクの従者が殺した連中は死なず、一旦この携帯の中に封印される。そしてソイツを生かすも殺すも、全てはキング次第という事ではないでしょうか」


 今はまだ使用できないようだが、おそらく郡冶がロックをかけているのだろうと錬は睨んでいた。


「それが王たる特権! 罪を赦すも、刑を執行するのも全てはボクらの意思ひとつ。やがてはロックを外してもらいます。そしてボクは嫌いな奴らを全てデリートしてやる」


 K・Fに生きる者たちの死を、キングは自由に決定できるという事だ。


「という訳で、さっさとモネを出してくださいよ亞紋さん。アイツは絶対に死刑にしないと気が済まない。ボクの大切なお金で引いたガチャで、あのゴミクズが出てきた時の怒りや苦しみが分かんのか? お? お? 本当はもっと早く殺したかったんですけど、あいつらのマスターがコッチに来てるって言うもんだから様子を見てたんです。でももう沢山だ。亞紋さん、貴方は王の器ではない。セレン湖畔、ありゃ酷すぎですよ。お尻は大丈夫ですか? そもそも体人に勝ったのだって、あんなのはまぐれ! 実力ある従者を使っていればもっとスムーズに勝てたでしょうに。てかほら、何やってんですか、早くモネ出してくださいよ。あのハズレちゃんを殺せばきっと多くの人達が喜びますよ。ってか、お兄ちゃん呼びってのはね、本当の妹だから価値のあるものであって――」


 そこで発砲音。ワイルダーの弾丸が錬の肩に命中した。

 しかしそれは幻。錬の姿がグニャリと歪むと、本体は亞紋の背後に出現して蹴りを入れる。転がる亞紋、モネ達が叫ぶが、待機中の従者は自分の意思で携帯から出る事はできないのだ。故にモネは亞紋ではなく、錬に聞こえるように叫んだ。


『やめて錬くん! わたしが悪いなら謝るから! お兄ちゃんを攻撃しないで!』

『うるせぇクソブス! 主様の邪魔してんじゃねぇぞォッ!』


 錬が持っていた刀が吼える。どうやら武器化しても従者の意識はあるらしい。


「サリアン、言葉が悪いよ。キミには乱暴な言葉を使って欲しくないな」

『も、申し訳ありません主様! 私め、つい興奮してしまいまして……ッ!』

「構わないよ。ま、どうせモネ達が出てきてもカラーレスにブロンズの雑魚共。ボクの敵じゃない」


 その言葉が亞紋の心を刺激する。


「モネ達は僕の希望だ! 数字で価値を語るな!」

「……亞紋さん。どんな夢もいつかは覚める」


 幸福な夢、理想の夢、妄想の夢。夢のような世界、夢のような力。

 否――、これは夢に非ず。


「最高だ。負け続けたボクが勝てる世界があったんだ」

 気づけば錬は亞紋の背後に立っていた。カチンと刀が鞘に納まる音。

「キングダム・ファンタジアはキャバクラじゃねーんだよ。ゴミが」


 刹那、亞紋の両手両足が切断された。支えるものが無くなり、亞紋は地面へ倒れる。

 赤石が助けに向かおうとするが、すかさずジルルートが割り入り、妨害を行う。


「落ち着け亞紋! それも幻だ!」


 義乱の言葉で何とか冷静さは保てたが、だからといって何になる訳でもない。錬は落ちていたワイルダーを蹴り飛ばすと、鞘に収めた刀で亞紋の頬を思い切り殴りつけた。


「あの日、ボクは死ぬ筈だった」

「あっ! ぐはッ! がはっ!」

「しかしボクは生きている。何故? 決まっている。これは全て仕組まれた運命! ボクが主人公である事の約束。唯一無二のキングたる証明!」


 錬は鞘から刀を抜いて、刃を亞紋に向ける。だがその手はブルブルと震えていた。


「流石に怖いな。同じ世界の人間を殺せばどうなるのかは知らないし……」

 しかし最早、この世界は地球の法を超越している。

 錬は青ざめ、亞紋からは目を逸らしながらも、ニヤリと笑った。

「ごめん。ごめんよ亞紋さん。貴方は嫌いじゃないけど、ボクは貴方が怖いから消すね」


 王は一人でなくてはならない。王が反逆者を殺す事を恐れてはならない。

 体を纏わりつき、心を蝕む害虫は、全て殺処分しなければ。


「これは幻じゃないからね。痛いよ。死んじゃうよ。うへへはぁはぁはあぁ!」


 どうすればいい? 亞紋は考えるが、痛みのせいで思考が回らない。

 意識が遠のいていくのも嘘なのか。分からない。分からない……。

 気づけば全て真っ白だった。そこに一人だけ――、白亞の姿があった。

 またアンタか。亞紋はうんざりだった。せっかく振り払ったと思っていたのに。

『だから言ったでしょ。愛するのは辛いって』

 確かに――、携帯からは泣きそうになっているモネ達の叫び声が聞こえていた。

『私と一緒だね亞紋くんは。自分さえ良ければ、それでいいの』

 亞紋はムッとした。それは違うと叫びたかった。

(確かに辛かったけど、僕はそれでも貴女を救いたかった。今だって――)





「チェックメイト、亞紋さん。王の名において、貴方を処刑します」

 

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