第27話

 錬は震える手で刃を振り下ろした。しかし刃が亞紋に届くことは無い。

 それよりも速く、拳が錬の頬にめり込んだからだ。


「危なかったな、亞紋ッ!」


 吹き飛ぶ錬。亞紋を助けたのはハートのキング、快心体人。

 既にフレンド登録を済ませておいた赤石が連絡を入れていたようだ。


「体人! もっと早く来れなかったのか!」


 赤石が吼えると、体人の傍にいたラミーが頭をかく。


「ゴメンっす! ウチのせいっす! 驚異的な方向音痴で四回ほど遭難したっす!」

「そういう事だぜ! ってなわけで亞紋、お前はちょっと隠れてろ!」

「あ、ありがとう体人。でもどうして助けてくれたの!?」

「いやオレだって一応悪いとは思ってんだぜ。お前にいきなり襲い掛かった事。だからコレでチャラにしてくれよ!」


 体人はサムズアップを送ると、錬に向かって走っていく。


「いくぜ! キャミー、ラミー!」「おっけ! 任せて体ちゃん!」「頑張るっすー!」


 一方で錬も立ち上がり、気だるそうに体人を睨む。


『あぁ! 主様! ご無事ですか!? あのクソ男をよくも主様をッッ!』

「いいんだサリアン。どうせすぐ終わるさ」


 刀を前に掲げると、走ってくる体人の左腕が吹き飛んだ。

 血を撒き散らしながら空中を舞っている腕を見て、皆ギョッとするが――

 次の瞬間、体人の左手から放たれるパンチが錬の胴を打った。


「グほッ! こ、コイツ、幻術が効かないのか!」

「見せる幻術が悪かったな。クソガキ」

「は? マジムリ。気にいらね。だから脳筋はイヤなんだよ!」


 戦闘を開始する二人、体人は錬を亞紋から引き離すように移動していく。

 その隙に、ずっと柱の影に隠れていたベルンが亞紋のもとへが駆けつけた。


「大丈夫ゥ? ごめんね。私戦う力が全然なくって! でも治療には自信あるから、ちょっとだけ待っててねぇッ!」


 ベルンは己の武器であるハンドベルをしまうと、両手をかざす。すると淡い光が亞紋を包んだ。これは精神を安定させる光だ。脳が安らぎ、手足の感覚が戻っていく。

 ベルンは続いて、殴られた傷を癒すため、回復の光を亞紋に当てる。


「あのね亞紋くん。赤石が言っていたんだけどねぇ?」


 赤石は亞紋にどうしても伝えたいことがあり、ベルンにテレパシーで言伝を頼んだ。内容は、赤石が聴いたモネ達の声。それはあまりにも寂しげだった。

 幽閉され、出してもらえない。モネ達はあんなにも出たがっていたのに。


「私もそれは、ダメだと思うなぁ」

「仕方ないじゃないですか! モネ達を外に出せば、錬は絶対にモネ達を攻撃する!」

「じゃあ、だったらねぇ、錬くんは亞紋くんを攻撃するしかないよねぇ」

「み、皆を守るにはコレが一番なんです! だって僕は彼女達が大好きで――」

「守る事と救う事は似ているようで違うんだ。時には傷つける事が、その人を救う事にも繋がる。一番大切なのは――、心だ」


 亞紋はそれを聞いて戸惑い、言葉を失う。どうしていいか分からなかった。


「って、赤石が言ってたよう? それを伝えて欲しいって!」

 そこでベルンは亞紋の携帯を指す。

「出してあげれば?」


 亞紋はおずおずと携帯を手に取る。

 拠点に閉じ込められたモネ達は、涙目になって亞紋を睨んでいた。


「あ、ご、ごめんッ! コール! モネ、雫奈、ペティ、フィリア」


 反射的に召喚。モネたちは亞紋を見ると堰を切った様にワァワァ泣きだした。

 号泣に近い。あのクールだったペティですらボロボロと涙を零して亞紋へしがみつく。


「なぜ出してくれないのですか旦那様ぁ! シズナの事が嫌いになったのですか!?」

「うぇええん! 亞紋ンン! ひっく! ひぐっ! うぐっ! あほぉ!」


 雫奈とペティの様子を見て、亞紋は胸が引き裂かれる想いだった。

 違う。これは違う。こんな表情をさせるための行動ではなかった。

 だが彼女達が悲しむのは分かっていた。それでも亞紋は――、何を守りたかったのか。


「!」


 衝撃を感じた。フィリアが平手で亞紋の頬を打ったのだ。


「勘違いしないでください四葉くん。我々は確かに貴方の従者ですが、だからと言って追従者イエスマンになった覚えはありません」

 フィリアはしっかりと目を開いて、戸惑う亞紋を見つめていた。


「貴方を愛したのも、貴方に喜んでほしかったのも、全ては我々の意思です。私達は決して、都合良く動く人形ではないという事を、どうか分かってください」


 それは当然の発言だ。しかし亞紋はさらに胸が痛んだ。

 この平手打ちは愛ではあるが、好きな人に叩かれるのはやっぱり辛い。だからといって錬と戦わせる事も傷つけてしまうのが分かっている以上、辛い。

 結局、二つの道、どちらも辛いのだ。その時、亞紋の脳裏に白亞の辛そうな笑顔が浮かんだ。もしかしたら彼女もそうだったのか? 亞紋は白亞の言いなりになる事が正しいと思っていたが、実はそれは彼女を苦しめていたのではないか。

 馬鹿な事をさせる己に自己嫌悪して、けれども怒りを発散できないのは辛い。

 優しくされる事も、突き放される事も辛かった。どちらも辛かったんだ。


「僕はどうすれば良かったんだ……。いつも好きな人ばかり、泣かせてしまう」


 どうして人生はこう――、上手くいかない事ばかりなんだ。

 辛い。だから白亞はあんな事を言ったのか。愛するななんて事を……。


「お兄ちゃんは、どうしてわたし達を出してくれなかったの?」

 モネが前に立っていた。亞紋は申し訳なさから目を合わせる事ができなかった。

「弱いから? わたし達は足手まとい? いらない子なの?」

「違うッ! それは違うんだ! 僕はただ――ッ! 僕は、ただ……」


 救えなかったけど、救いたかったのは、昔も今も同じだった。


「王子様になりたかった。颯爽と現れて、困っている人を助けるヒーローに――……」


「なってるよ」

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