第28話

「え?」

「もう、なってくれたよ」



「ぐッ! ぉおおおおおッ!」「ニャアア!」「ぴゃあああ!!」


 体人達が地面を転がっている。一方で錬は血走った目で三人を睨んでいた。

「さっきからススススうるせェんだよゴミウサギィィ! だいたい何で姉の方が語尾キャラなのに妹の方はなんもねぇえんだよぉぉ! 何かつけろッスゥゥゥ!」

「ひっ! じゃ、じゃあ……、アンタをこてんぱんにしてやるニャン!」

「黙れェエエエ! 語尾なんて浅はかなキャラ付けに頼ってんじゃねぇ! ブチ殺すぞクソアマがァああぁぁア!」

「体ちゃーん! あたしあの子ムリーッッ!」


 そんな中、体人達を通り抜ける小さなシルエット。錬の前に、モネが立ちはだかった。


「お! やっと出てきたかハズレ、おいこら。殺す。あ、その前にお金返してください」

「ねえ、もしもわたしが錬くんに勝ったら、皆のこと認めてくれる? お兄ちゃんに酷いことしたの謝ってくれる?」


 すぐにモネの悲鳴が聞こえた。

 錬に蹴りで転がされ、斬撃がマナのベールを削り取って鮮血が散った。


「モネ!!」


 亞紋は前のめりになって走り出す。だがそれをフィリアが止めた。


「待って! あの子の風が――、変わろうとしてますッ!」


 亞紋は歯を食いしばり、立ち止まる。聞こえてきたのは錬の笑い声だ。


「倒す? 冗談言ってんじゃねぇぞゴミが」


 錬は地面に落ちたモネの武器を手に取ると、不愉快そうに見つめる。


「マジでこんなクソ武器よく選んだな。どうやって戦うんだ。ナメてんのか」


 錬はステッキをへし折ると、猫の顔を踏み潰して笑う。サリアンも笑っていた。


『愚かな女です。せめて逃げれば良かったものを』

「逃げないよ」

「え」『え』


 銃声が聞こえた。モネは腕に力を込めて体を起こしていた。

 その手には、ワイルダーが握られている。亞紋が落していたのを拾ったのだろう。とはいえ狙いは悪く、弾丸は錬には当たらずに近くの壁に命中するだけだった。


「……わたしは、いろんな人に嫌われてるんだね」

「そうだよ。ボクの世界じゃ皆キミの事を恨んでる。死ねって思ってるのはボクだけじゃないんだ。だからキミは死んでもいい存在なんだよ」

「でも、お兄ちゃんは――」


 モネは大きく首を振る。


「わたしの王子様は、わたしを好きって言ってくれたよ」


 モネは引き金をひいて、弾丸を発射していく。

 だが錬は刀を前に出して、闇でできたバリアを形成した。それらは弾丸を受け止めて無効化していく。弾はすぐに切れ、引き金をひいても何も出なくなった。

 モネは歯を食いしばる。複雑な想いがリンクしたのか、目の前には過去が広がった。

 昔は辛いことがあったら一人で泣いていた。モネの里には、歳の近いものがおらず、モネはいつも一人だった。両親は家をあける事が多かったし、たまに帰ってきても、またすぐに出て行った。

 モネはいつも一人でご飯を食べた。一人で遊んだ。それは寂しいので、人形やぬいぐるみを取り寄せてもらったが、ごっこ遊びで孤独を埋めても、ぬいぐるみはぬいぐるみだ。意思を持たないので、ごはんは一人で食べた。

 モネは本で見た兄妹というものに憧れた。兄や姉、いつも傍にいて遊んでくれる人。それが欲しくて両親に頼んだが、無理だと言われたのでモネは結局、無音の空間で一人でご飯を食べていた。


「ねえ、錬くん。この世界で一番おいしい食べ物知ってる?」

「……ハンバーガー? あ、ごめん間違えた。ポテトだ」

「違うよ。好きな人と一緒に食べるご飯だよ」


 セントラルに来てもなかなか親しい人ができなかったが、今は違う。亞紋がマスターになってくれたから雫奈たちと知り合えて、今は辛いことがあっても雫奈やペティが励ましてくれる。フィリアが優しく抱きしめてくれる。ご飯は皆で一緒に食べる。


「お兄ちゃんは真っ暗だったわたしの世界に、あったかい光をくれた。一人ぼっちだったわたしに、大切なお友達を作ってくれた」


 亞紋からテレパシーが入った。モネは教えてもらったとおり、銃を折って排莢を行う。

 モネは何を思ったのか、シリンダーの穴を指で押さえた。

 その時、モネは体人との戦いを思い出した。モネは別に亞紋の提案に乗って降参してもよかった。だってそうすればモネの世界は壊れずに済むのだから。

 しかし亞紋は何か大きな決断をして、木から飛び降りていった。

 モネは亞紋が羨ましかった。モネは亞紋のようになりたいと思った。

 今ならハッキリと分かる。他人の為に変わろうとする勇気が欲しかった。


「一緒にいると幸せなの! みんなが傍にいるだけで嬉しいのっ!」


 モネは叫んだ。涙が溢れ、頬を伝う。

 なんて激しい眼差しなのか。錬は思わず喉を鳴らし、一歩後ろに下がってしまう。

「そんな大切な人達を置いて、どうしてわたしだけが逃げられるって言うのよ!」

 モネは引き金を引いた。すると放たれたのは魔力を圧縮した弾丸ではなく、黄金色に光る宝石。錬はハッとして刀を前に出す。闇のシールドが広がり、弾丸を受け止めた。

 だが先程とは違う点が一つ。それは弾丸がシールドを削り進んでくる点だ。錬はすぐに横へ飛んで弾丸を回避する。

(なんだ? 威力もスピードも上がってる。どうして――ッ!)

 錬はすぐに壁にめり込んだ弾丸を睨む。

 理解した。モネは自分の魔法を使って、石を弾丸にしたのだ。

(いや、ただの石じゃない。これは土の魔石かッ?)

 その時、モネが強い眼差しで叫んだ。


「わたし今ッ、人生で一番怒ってる! 大好きなお兄ちゃん達を苦しめて! 許してあげないんだからっ!」


 気のせいか? いや、気のせいでは無い筈だ。モネの頬を伝う涙が輝きを放ったのは。


「わたしは貴方を倒すッ! お兄ちゃんだって、わたしが守ってみせるからッッ!!」


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