第17話

 雫奈も腰を抜かしたように崩れ落ちると、顔を半分お湯に埋めて、ありがとうございますとブクブクさせながら口にした。


(大丈夫か? 大丈夫なのかコレ!? ってか今なにしてんだコレ)


 心臓が破裂しそうだ。そんな事を思っているとモネが前にやって来る。


「えいっ」


 しかも背中を亞紋の胸に預け、もたれかかってきた。

 モネの頭頂部がすぐ目の前にある。なんだか良い匂いだ。だが、しかし――ッ!


「あれ? 腕と足どけてよ。ピッタリくっつけないよっ?」

「いや、止めよう。ピッタリはよそう。ほどほどの距離を保とう。じゃないと多分、ドン引きすると思う」

「え? んー、まあいいけど。じゃあお腹さすってほしいな」


 キャミーのナイフを受けていた部分だ。刺さってはいなかったが、痛いは痛い。

 亞紋は頷いてモネのお腹を撫でた。お湯の中だからか、凄く滑らかだ。


「んっ、んふぁ……! ふっ、お兄ちゃんっ、もっと上……、そこっ、あぅっ!」

(気のせいか? いや……! 気のせいではない筈だ)

「お兄ちゃんにおなか撫でられるの気持ちいい。これっ、すきっ、くせになりそっ!」


(モネの声が――、エロい――ッ!)


「アホなこと考えてるでしょ。すっごいアホな顔してるよ」


 ペティに言い当てられ。亞紋は思わず動きを止めた。

 一方でペティはモネに近づくと、汗で張り付いた前髪を整えてあげる。


「無理しないほうがええよモネ。汗凄い。顔も真っ赤じゃん」

「んっ。そ、そうかなっ?」


 亞紋からは見えなかったが、モネの顔は相当赤い。

 そう言えばお腹を撫でているだけなのに激しい鼓動が伝わってきた。相当緊張しているのだろう。このままだと具合が悪くなってしまうかも。


「おいでなさいモネ。シズナが冷やします」

「んんっ。ありがとぅ、雫奈お姉ちゃん」


 モネが離れて行く。すると入れ替わりでフィリアが近づいてきた。


「分かってますよね。マスターくん」


 タオルをはだけて胸を大きく露出させる。大切な部分は何とか隠れているが、ほぼ完全に露出しているソレを見て、亞紋は真っ赤になって曖昧な笑みを浮かべていた。


「フィ、フィリアさん。まさか……」

「ええ、ええ! マスターくん。私はココがいいなぁって!」

「ま、マジですか?」

「マジですよぉ。マスターくんに、触って欲しいから!」

「あのねフィリアさん。僕だって――、いやダメだ欲望に負けまぁーす!」


 もう考えるのはよそう! 以前だって何度も妄想したことはある。

 え? 気持ち悪い? うるさい! 貴様らに何が分かる! 凝り固まった既成概念を振りかざしやがって! 僕の青い春はもう爆発しそうなんだよ! そうだ、解き放て四葉亞紋。お前はもう自由だ。全ての感情に嘘をつくな。なんだよ胸の一つや二つくらい、あんなモンッ、にくまんとあんまんみたいなモンだろ! ペロリと平らげてやるよ!


「え? 本当に触るんですか……?」


 触れてやる! まさにその時だった。フィリアがサッと身を引いたのは。


「え?」「へ?」「あれ?」「ん?」「え?」「あ……! 今のは軽い冗談で……」


 フィリアは申し訳無さそうに顎を引いて、亞紋から離れていく。


「いやあああああああああああああああ!!」


 羞恥。失態。愚行。亞紋は恥ずかしさに耐え切れず、浴場を飛び出していった。


「フィリアお姉ちゃん。今のは酷いよっ!」

「シズナも思いました。ご主人様を弄ぶような事を……!」

「だ、だって……、心の準備が!」

「ま、いいんじゃね? 時には引くのもテクってヤツや」


 そこでフィリアは眉をピクリと動かした。何か、違和感を感じる。


「あら? な、なんですかコレ?」


 お湯からすくい上げたのは何やら硬いものだった。大きさは7mmから、1cmほどの石の粒だ。半透明で、宝石のようにも見える。それが浴槽の中にいくつか沈んでいた。


「石? モネちゃんですか?」

「ううん、わたし出してないよっ」

「そうですか……。まあ、湖畔で石が下着の中にでも入っていたのかもしれませんね」


 フィリアは排水溝に詰まらないように石を集めると、退けておく。


「ところでモネちゃん。このお湯には確かに痛みを癒す効果がありますが、他人の手で擦り込むといいなんて初耳でしたよ。うふふふ……!」


 ニヤリと笑うフィリアに、モネは舌を出して悪戯な笑みを返した。





「起きて、お兄ちゃん。風邪引いちゃうよ?」

「――っ! モネ」


 ソファの上。亞紋の意識が覚醒したかと思えば、目の前にはモネの微笑があった。

「ごめんッ、いろいろ携帯の方を調べてたんだけどッ、寝ちゃって……!」

「えへへ。謝らなくてもいいよ。こっちこそゴメンね。お風呂長くて」


 いつも四人で入っているため、ついつい長話をするのだとか。お風呂からあがっても髪を乾かしたり、パジャマに着替えたりしている内に外は真っ暗だ。


「マスタぁくぅん。ぎゅーっ!」「わわわっ!」

 そこで衝撃。見ればフィリアが抱きついてきた。

 目を閉じているから気のせいかもしれないが、表情がトロンとしているような……。


「酒入ってんのよ。弱いくせにすぐ飲むし、やたら絡んでくるようになる」

「良いではありませんか。ご主人様に会えて嬉しいのでございましょう。シズナにもその気持ちはよく分かります」


 ペティたちも洗面所から戻ってくるが、着ているパジャマも個性が出ていた。モネがワンピース、雫奈は和風の寝間着。ペティはTシャツ。そしてフィリアは大胆なネグリジェである。


「さっきはごめんねぇ。お姉ちゃんびっくりしちゃってぇ」

「い、いやッ、フィリアさんは何も悪くないですから。僕が暴走しただけで……」

「大丈夫だよ。後でいっぱい触らせてあげるからねぇ」


 囁くフィリアからマスカットの匂いがする。飲んだのは香酒こうしゅという酒らしい。紅茶をお酒にしたものだが、飲んだ後にしばらく体から香水のようにお茶の香りがするようだ。亞紋は優雅な香りに包まれてフニャフニャである。


「おら。絡むな酔っ払い。もう寝るぞい!」

「ちょ、ちょっとぉ! まだマスターくんとお話するのぉ!」


 ペティがフィリアを引きずっていく。

 亞紋はペティから使っていないジャージを貸してもらい、着替えと歯磨きに向かった。



(歯磨き粉まであるんだな……、それに僕らの世界と味がほとんど変わらない)


 しかし本当にフィリアは触らせてくれるのだろうか。悶々しながら戻ってくると、テーブルの上に置手紙があった。内容は、もう眠いから先に休むというもの。

 さらに亞紋の部屋は階段を上がってすぐの部屋だという事が書いてあった。

 亞紋がその部屋に向かうと、中でモネ達が綺麗に布団を並べて待っておりましたとさ。


「……いやッ、何となく分かってたけれども!」


 大きなマットレスが二つ並んで、その上に布団が三枚。そして枕が五つ置いてある。




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