第18話

「みんな故郷を離れてセントラル暮らしでしょ。寂しくて、はじめは皆で寝てたのっ」


 慣れた今も離れる気にならず、川の字で寝るのを続けているのだとか。


「はい、お兄ちゃんは真ん中ね」


 モネは亞紋の手を取ると、中央の枕へ導いていく。

 とりあえず寝てみると、モネが右隣に寝転び、亞紋の方を見て微笑んだ。

 じゃんけんで場所を決めたらしい。モネの隣には雫奈。亞紋の左隣には酒が回っているのか、フィリアが既に寝息を立てていた。そして左端にペティの並びになっている。


「じゃあ電気消すね。おやすみなさい」


 雫奈は真っ暗だと眠れないタイプらしく、いつも灯りを消した後はカーテンを開ける。

 すると月の光が部屋に差し込み、青白い光が室内を照らした。

 地球よりもはるかに強い光だ。モネ達の顔もよく見える。

(いやでもッ、眠れるかってのッッ!!)

 好きな子が傍にいる。ましてや先ほど少し眠ってしまったんだ。もうパッチリである。


「ねえ、お兄ちゃん……、起きてる?」

「う、うん。起きてるよ」


 五分ほど経ったろうか。モネが囁いた。

 月明かりに照らされた表情は、なんだか儚くて、すぐに消えてしまいそうだ。


「もっと、くっついていい?」


 返事を待たずしてモネは亞紋の布団へもぐり込んでいく。


「えへへ、近いねっ。恥ずかしいけど嬉しい。あったかいし、ずっとココにいたい気分」


 亞紋も恥ずかしそうに笑うが、モネはまた儚げな表情を浮かべた。


「でも、今でも夢なんじゃないかって思っちゃう。眠りたくないよ。起きてお兄ちゃんが消えてたら……、わたし、耐えられないよ」

「それは、僕もだよ……、キミに会いたかった。ずっと、ずっと願ってた」


 亞紋は体をモネの方に向けた。月に照らされた瞳は宝石の様で、吸い込まれそうになる。静かな夜だ。何も聞こえない、お互いの声以外は何も。


「僕は、その……」


 亞紋は過去の事を――、白亞の事を話していた。

 救いたかったのは本当だ。しかし結果としては救えず、白亞から虚無主義を叩き込まれてしまった。この世界には何の価値もなく、価値を求めてもいけない。


「でもそれは辛いから……、いないと思っていたキミ達を好きになった」

「そうなんだ……」

「ごめんッ、こんな話。困るよね?」

「ううん。話してくれてありがとう。それだけ信頼してくれてるって事だもんねっ」

「うん。でも今は死ぬほど嬉しいよ。モネ達に会えるなんて、本当に夢みたいだ」


 白亞を振り切るほどの想いを、もう無視したくない。


「僕は本当のキミ達の事をもっと知りたい。本当の僕の事も、もっと知ってほしいんだ」

「じゃあこれからもっと一緒にいようね。いろんな所に行って、いろんな事をしようね」


 モネはギュッと亞紋にしがみつく。擦れあうパジャマ、シャンプーの匂いが落ち着く。


「お兄ちゃんにとってはニセモノだったかもしれないけど、わたしにとっては全部が本当だったよ。どんな理由があったとしても、お兄ちゃんの事が大好きって言うのも本当なの。考えるとドキドキして、姿が見えなくなると不安になって。もっと笑顔でいてほしいって思える人……」


 勇者の助けになって世界を良くする事はもちろんだが、何よりも両親達に認めてほしかったから従者になった。けれども結果が出せないから焦って苦しくなる。

 でも亞紋はモネを受け入れて、期待して、いっぱい褒めてくれる。

 気づけばモネは亞紋の為に戦いたいと思う様になった。

 それは他の三人も同じだ。皆、志を持ってセントラルにやって来て従者になった。けれども結果が出せず燻っていた中で、亞紋が新しい『目的』になってくれた。

 それはある意味、亞紋と同じ『逃げ』だったのかもしれない。だがたとえ依存であったとしても、お互いは救われた。


「お兄ちゃん好き。大好きだよっ。愛してる」

「モネ、僕も……、愛してる」


 モネからしてみれば分かっていた事だ。好意がなければ液晶越しのキスはしない。


「じゃあ、わたし達っ、両想いなんだね! 恋人さんなんだねっ!」

「う、うん……ッ、でも一つ分かって欲しい事があって」


 亞紋はモネが好きだ。愛している。その想いは紛れもない真実である。

 しかしもう一つ、本当の想いがあった。亞紋は正確には『モネ達』を愛している。

 情けない話だが、選べないのだ。雫奈もペティもフィリアも、モネと同じくらい愛している。そこに差はない、その想いは本当だったし、嘘にしたくなかった。


「んもー、なに言ってるの? そんなのとっくに知ってるよっ。お兄ちゃんはわたし達四人がお嫁さんなんだって、ずっと言ってたじゃない」

「うッ! そ、そうだよ! 僕はキミ達が全員大好きなんだ! みんな愛してるんだ!」


 分かってる。モネ達はそれを踏まえて亞紋にアプローチを仕掛けているのだ。

 モネたち四人は仲良しで、みんな亞紋を愛している。亞紋はモネたちを愛している。


「ほら、なんの問題も無いよ! うぃんうぃん! それに、そもそもお兄ちゃんから、わたし達四人にプロポーズしたんじゃない!」


 嫁宣言の事だろう。モネ達はそれを本気で信じたし、それを受け入れたのだと。


「嘘はダメ! 針千本のむ? ゴクゴクするっ?」


「うッ! そ、それは勘弁してほしいです」

「だったら、またいつもみたいに愛してるって、みんなに言ってほしい……」


 モネの上目遣いが亞紋の心にスイッチを入れた。

 そう、そうか。彼女達は全てを知っているんだ。だったらもう想いを隠す事に意味はあるのか? 現代社会の常識、システムが己の心を縛って来たが、もうココは別世界だ。

 それにモネ達を愛している事に嘘は欠片もない。直視するんだ。自分の想いを!


「そうだ! モネッ、好きだ。大好きだ! 愛してる!」

「うん! うんっ! わたしも好き! だーいすきっ!」

「雫奈も、ペティも、フィリアさんも! 同じくらい愛してる!」

「うん。知ってるよ! 常識なんだよ! えっへん!」

「ば、馬鹿なこと言ってるように聞こえるかもしれないけどッ、他の誰でもいいって訳じゃない。僕はモネと雫奈とペティとフィリアさんの良いところは100個すぐに言えるけど、他の従者は分からないッ! キミ達四人だけが本当に特別なんだ!」

「んんっ、100個だけっ?」

「そこッ!? いや本当はもっと言えるけど――、って! と、とにかくそんな僕を受け入れてくれるなら! 僕の彼女……! いや、嫁になってくれ!」

「うん。お兄ちゃん大好き! わたしをお嫁さんにしてね!」


 即答だった。モネは迷う事なく、涙を流しながら亞紋を強く抱きしめる。

 亞紋もモネを強く抱きしめて意思を示した。


「お兄ちゃん……。いい、よね?」

 モネがゆっくりと近づいてくる。これは、まさか……。

「おにいちゃん。嫌なら言ってね」

「う、うん……!」

「もう、触れちゃうよ……?」


 気づけば目の前にモネの瞳があった。吐息が当たるまでの距離、心臓は過去最大の鼓動を刻んでいる筈だ。そして尚、ゆっくりと近づくモネの唇。


「んぁ……!」


 ちょん、と少しだけ二人の上唇が触れ合った。仕掛けておいてなんだが、恥ずかしくなったのか。モネは真っ赤になって少し顔を離す。

 一方で凄まじい感情が亞紋の中を駆け巡っていく。

 それは――、恋慕だ。モネを愛している。亞紋は自分の心に嘘はつかないと決めた。


「んっ!」

「んく――ッ」


 だから今度は亞紋から進むことに。初めてだったので、やり方なんて分からない。

 とにかく好きだという気持ちを乗せて、亞紋は自分の唇をモネの唇に重ねた。

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