第16話

「そ、そうでございますか。ご主人様の頼みとあらば、このシズナ、断る訳には!」


 ガラリと扉を開けて雫奈は早速、腰にあった帯を解いていく。

 スルリと落ちる帯を見て、亞紋はギョッと表情を変えた。


(え! ココで脱ぐの!?)


 一瞬口にしそうになるが、グッと言葉を飲み込む。


(欲望に素直になれ! このままだったら雫奈が脱ぐ所を見られるんだぞ!)


『だめだよ! 亞紋くん! いくら好きな人だからって、良心を捨てちゃだめ!』

(は! 天使様! 目の前に天使様が現れたじゃないか!)

『雫奈ちゃんにちゃんと教えてあげないと! 自分の性欲で彼女に恥ずかしい思いをさせてしまってはいけないよ! 僕は天使アモエル! キミの良心だ!』

(それは確かに……! だが!)

『フハハハハ! 何を迷っている亞紋! このまま黙っていればお前はうら若き乙女の着替えを見れるのだぞ!』

(お、お前は!)

『俺様は悪魔アモデウス! おはよう、お前の邪なる心!』

(あ、悪魔も来た! くっ! 悪の心と善の心が、僕の中で葛藤を――ッ!)

『待たせたな! 我は悪魔アモス! 世界よ、闇に染まれ!』

『時は儚いもの、私は悪魔アモゼブル! 悪は、我が心を潤す聖水!』

『ガハハハ! オレは悪魔アモラタン! 時は満ちた。闇の宴を始めよう!』

(悪魔めっちゃ来たぁああああああああ!!)

 邪フェスティバル、開幕。




『『『『消え去れェエエエエエエエエエエエエエエ!!』』』』

『うわあああああああああああああああああああああああ!!』


 天使は死んだ。ならば黙っていよう。雫奈達が魅力的過ぎるのが悪いのだ。

 ほら見ろ。目の前の雫奈が、恥ずかしそうにしながらも、どこかウキウキとした表情で着物に手を掛けている。シュルリと肌と布が擦れ合う音が何とも艶やかだ。

 深い青の着物がはだけると、白く透き通った肩が露になり、さらに着物が下に落ちると、下着に隠された慎ましい胸が晒される。

 下着は和風の衣装とは裏腹に、水色でフリルがついた可愛らしいものだった。

 次に雫奈はスカートを脱ぐのだが、下のパンツも水色で、フリルがついたものだった。

(うおおおおおおおおお! かわええええええ!!)

 そこで、雫奈と目があった。


「あ……、あの、ご主人様。ここから先は、流石に恥ずかしいと言いますか……、その」

「え? あ、ああ! ごめんごめん! 後ろ向いておくね!」


 少しすればお湯が増える感覚。

 振り返ると、そこには四人の美少女達が亞紋を笑顔で見ていた。


「気持ち良いねお兄ちゃんっ」


 お湯に濡れているモネは、いつも見ていた時とは違い、無性に艶やかに感じる。


「う、うん。でもどうして、こんないきなり……!」

「あのね、キャミーちゃん達が毎日体人くんとお風呂に入ってるって言うから」

「ま、マジか! アイツ意外とやる事やってるんだ……!」

 モネ達がキャミーと談笑している時にそう聞いたらしいが、実際は――


「ひぃぃ! 体ちゃん! お湯がいっぱい! あたし濡れてるよぉおおッ!」

「風呂なんだから濡れるのは当たり前だろ! いででッ! ひっかくなキャミー!」

「体くぅん! 助けてぇ! 溺れるっすぅぅぅ!」

「足ついてるし上半身出てんだから溺れる訳ねーだろ。暴れるなラミー、お湯が減る!」

「体ちゃーん! 痛いよッ! 目にアワアワが入ったよー! うぇーん!」

「シャンプーハット被れってあれほど言っただろー! あぁぁ! お前ら尻尾の毛がまた抜けて! だぁぁぁもう! 後でオレが入るんだぞーッ!」


 とまあこんな感じで完全に主人がペットをお風呂に入れる構図である。


 一方で亞紋は緊張から肩を竦め、身を縮こませていた。


「んふぅー!」


 モネは笑みを浮かべて息を吐いた。気持ちいいのはお湯のせいだけじゃない。

 やはり体人との勝利が身に沁みているらしい。普通なら勝てる相手ではなかった、しかし勝った。それはやはり彼女達も嬉しいものである。


「ま。わたし……、なんにもしてないけど……」

「そんな事ないよ。モネがいてくれたから戦う決意を固められたんだ。怪我は大丈夫?」


 いくらマナの防壁があるとは言え、みんなナイフを受けたり、鞭を受けたりと、大変だった様に見える。亞紋も体人に殴られた所は、まだ少し腫れと痛みが残っている。


「そうだっ! それなら良い方法があるよ!」


 モネが言うには、魔法の入浴剤で出来たお湯には治癒効果があり、お湯を傷口や痛む所に擦り込むと良いのだとか。


「……それも他人の手の方が効果が高まるの」


 早速モネは片手でお湯をすくうと、それを亞紋の頬へ当ててみる。


「確かに気持ち良い。殴られた所がなんか楽になってる感じがする」

「んじゃマスター、アタシらにもしてよ。ほっぺ鞭でブッ叩かれたし。めちゃ痛だし」


 可哀想に、顔を攻撃されるのは女の子として重みがあるだろう。

 亞紋は先程モネがやってくれた様にペティの頬に手を置いて、擦ってみる。


「ペティ。おかげで助かったよ、ありがとう」

「ん、マスターの為だし、仕方ないっしょ。にゅフフッ!」


 ペティが頬を綻ばせて嬉しそうに微笑んだ。いつもと違って目も笑っている。

 アプリじゃこんな表情は絶対に見れない。そしてアプリじゃ聞けない声を聞ける。

(なにより今こうして触れられるなんて、感動だ……)

 手を離すと、ペティは少し名残惜しそうにしながらもお礼を言って離れていった。

 次は雫奈が前に出る。少し小声で、自分もして欲しいとお願いしてきた。


「いいよ、雫奈はどこが痛む?」


 何も言わない。どうしたのだろう? 亞紋が不思議に思っていると、ザパァと音がして雫奈が勢い良く立ち上がった。

 亞紋が呆気に取られていると、雫奈は真っ赤になりながら後ろを向いた。


「あの、シズナは……、その」


 背中を向けた雫奈は、体を巻いていたタオルを取ると、それを片手に持つ。

 それはつまり彼女の体を隠していたものを無くすということ。白く美しい肌が、亞紋の前に晒される。絶句して目を見開く亞紋に、雫奈は上ずった声でお願いをひとつ。


「シズナは、その、お尻……」

「えッ!」


 確かに思い返してみればラミーの鞭で、お尻をベチベチ叩かれていた。

 しかし、流石にそれは……。グルグル回る煩悩のスパイラル。


「い、いいの?」

「もちろんでございます。雫奈の痛みを癒してくださいませ」


(いや、待て、流石にマズくないか?)『いきなさい』(はい……)

 悪魔が悪い。亞紋はお湯を手ですくいあげると、それをお尻になじませるように手で触れる。何、平常心を保てばこんな事はなんてことないのだ。余裕なのだ。


「ひゃ! ひうっ! あっ! んっ! んひゃぁ! ふぁ!」

(いかん! いかん! いかんんん! 平常心ンンンンッッ!!)


 保てる訳ねぇええええだろぉぉお! 亞紋はこれ以上の接触は危険と踏み、手をパッと離すと、呼吸を荒げて雫奈から距離を取った。

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