8-5

 皓く耀く月が蕭条しょうじょうとした光りを放ちつづけている。

 弘蔵が社宅の近くまで来たとき、やっと麻痺が解れて少しずつ自分の腕に思えるようになってきた。

 何度も左手を揉み解すようにする。掌が開きそうな感覚がじわりと伝わってきた。

 これまで気づかなかったのだが、左の掌の中に何かがある。

 何かを握っている。

 ぎごちない動きながらも開こうとするのだが、思うように筋肉が始動しなかった。

 弘蔵は切れかかった街灯の下に佇み、ゆっくりと時間をかけて開こうとした。

指先に感覚が少しずつ伸びているのが自分でも感じ取れた。

 小指から徐々に動きはじめた。

 薬指が動きかけたとき、白いものが見えたような気がした。

 やはり何かを握っていたことは事実であった。

 全部の指が動き、掌を開いてみると、その白く丸いものはチェーンのついた眼球のキーホルダーだった。

 弘蔵は、それが何を意味するものかまったく見当がつかなかった。

 目にした限りでは、あまりにもリアルすぎて気色のいいものとは思えなかった。

 弘蔵は短くなったチェーンを摘むと、手首を返すようにして放り投げた。

 キーホルダーは小さな音と共に道端に転がり、暗い闇に包まれた溝の中に落ちて行った。


                 ( 了 )



  最後まで読んでいただきありがとうございます。

 他にも多数作品がありますので、そちらもお楽しみください。

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