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「わかってます」

 紀子は分別のあるような言い方で弘蔵を見た。

「ありがとうございます」

 弘蔵は手摺りに頭がつくくらいにして低頭した。自分の気持をこれほど理解してもらえることがとても嬉しかった。

「仮屋さん、正直なところ、私も同じ気持でこの席に臨んだのです。

 さっきも姉がいっていましたように、一度結婚に失敗をしています。これは自分で言うのも変ですが、どちらがわるいと言う問題じゃなくて、それぞれの自分の奥底にある資質というものが符合しなかったのでしょう。結果はそうなったのですが、当事者の私としては二度と味わいたくないもののひとつです」

「ふむ」

「私も、仮屋さんがどうこう言うわけじゃないんです。これだけはわかって下さい」

「ええ、よく承知してます」

 ふたりは、もう夜景どころではなかった。

「この話は、仮屋さんにもその気がないようですから、私から姉に言って断わるようにしていいですか? 立場上、仮屋さんからは断わりにくいでしょうから……」

「はい。正直いって、おっしゃる通りです」

 弘蔵はありがたく思って素直に返事を返した。

いま江端製作所を辞める気はない。

 もし辞める気があったら、この見合いの話も受けはしなかったし、受けたいまでも自分からその気がないことをはっきりと社長の奥さんに言っていた。

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