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「値段はどれも五年だよ。品物は保証付きだ。どうだい?」

「五年?」

 江端は怪訝な顔で訊きなおした。聞かされたその数字が何を意味しているのかまったく見当がつかない。

「ああ、五年。お買い得だよ。よその店とは比べ物にならんよ」

 店の主はドスの利いた低い声で売りつけようとする。


 この市では、商品を手に入れようとするには、幾ら現金を積んでも叶えることができないことを江端は知らなかった。

 ここで欲しい物を手に入れたければ、自分の寿命を切り売りするより他ないのだ。

この市に来て肉体の一部を欲しがる者は、寿命を削られるのを覚悟の上でのことだ。

 先のことを考えないといえばそうかもしれないが、

 どうなるかわからない何年か先のことよりも、

 現在の仕事や生活を維持していきたいと思う人間がこれほど世の中にいるという事実だった。

 この市での最高額の商品は心臓の十五年。

 やはり内臓系の値段が他の部位に較べて高価であった。

 ただこの市でないものがふたつある。ひとつは脳髄、もうひとつは人間の顔だった。

 顔のそれぞれの部品は売られているのだが、すべてを取り揃えられた物は売られてなかった。それが手に入るようになると、人間としての倫理というものがなくなってしまう。

 まともに生きたい、生きようとする人間のために開かれた市が、犯罪の加担をする場所に変貌させるわけにはいかなかった。

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