3-3

「気に入ったのがあるかね?」

 店の丸椅子に腰掛けていた老婆が気安く声をかけてきた。

「……この握ったままのやつは?」

 江端は恐る恐る訊ねた。

「ああこれかい? これは仕入れたときのまんまの形だからあれだけど、ちゃんと普通の形に戻るから心配はいらない。これにするかい?」

 戸惑ったままで説明を聞いていた江端は、とんでもないと言った表情で慌てて首を振った。

 最初の店を離れると、今度は反対側の店を覗いた。

 やはり怪奇な商品が並んでいた。ここでは足首から先のパーツが売られている。

 先ほどの手先に関する商品よりは形状が多種だった。

 幅広、甲高、扁平、先鋭、外反母趾……。

 売られているものはすべて人間の体の一部には違いないのだが、こうやって部分的に見ると奇妙なものに見えてなかなか馴染むことができない。


 江端は、さらに市場の奥へとすすんで行く。そのあと魅入られたように一軒一軒顔を出して行った。

 そこに繰り広げられた市の情景は、まるで東南アジアで見た場末のそれのようでもあり、おもちゃ箱を覗いたようでもあった。江端は一軒の店の前で足を停めた。それまでの店とは並べられている雰囲気が異なっていた。

 光沢のある貝殻のようにも見えたが、白い土台に茶色や黒の円い模様が入ったガラス球のように見えた。

 ゴルフボールよりひと回り小さいくらいの大きさだった。

 台の上に陳列されたその商品は人間の眼球に違いなかった。

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