四の話 身の上話
あくる日、いつもと同じように八時半に作業がはじまる。
江端社長が気になっていた弘蔵もいつもと同じように持ち場に就いていた。
それを目にして何となく気持が鎮まった。正直なところ、昨夜の一件があってまんじりともしなかったのだ。江端は、作業状態を見るようにして工場の中をゆっくりと巡回した。
本心は、弘蔵の左手が見たかった。
江端は弘蔵の前まで来ると、
「どうや、順調にいってるか?」わざと明るい声で訊いた。
「ええ、いまのところは」
「暑いからたいへんだけど、怪我には気をつけてくれよ」
「わかりました」
江端は話しながら何とか左手を見ようとしたが、作業着が長袖なのと、掌には軍手を嵌めているのではっきりとはわからなかった。
昼休みになって、工員たちが事務所の片隅にある休憩室に昼食を摂りに集まりはじめた。
気候のいい頃は、思い思いの場所に腰を降ろして季節を箸で摘むようにしながらの昼食となるのだが、この時季はわずかな涼を求めて競い合うように休憩室になだれ込む。
事務員も普段は冷房病になるのが嫌で設定温度を高くしているのだが、昼休みが近くなると我慢をして目一杯冷やすのが日課になっていた。
工員たちの食事は十分とかからなかった。
早々に弁当を使ってしまった工員たちはテーブルに突っ伏して仮眠を取る者、艶話に夢中になる者、煙草を吹かしながらにやにやとそれを聞く者など、それぞれ憩いの時間を愉しんでいた。
そこに珍しく江端社長が休憩室に顔を出した。
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