弐の話 事故
二、三日後のことだった――。
相変わらずの蒸し暑さに辟易しながら、長く感じた一日の仕事を終えようとしたとき、弘蔵の扱っていた金属用の帯鋸盤がチンと言う音と、ガリっと言う音を同時に立てたように聞こえた。
嫌な音だった。
たまたま工場に居合わせた社長は、顔色を変えて弘蔵のもとに駆け寄った。
「どうした! 大丈夫か?」
「いや、何でもないです」
弘蔵は咄嗟に何かをズボンのポケットに押し込んだように見えた。
「何ともなかったらいいけど、怪我でもしたらたいへんだからな。気をつけてくれよ」
江端はそういいながら辺りを見廻したが、血が飛び散った様子はどこにもなかったので、ちょっと安心な顔になった。
「はい」弘蔵は青い顔で返事をした。
江端はもう一度異常のないことを確認すると、後ろを振り返ることなく事務所に戻って行った。
弘蔵は社長が事務所に入るのを見届けると、左手を作業着の上着のポケットに突っ込んだまま片付けをはじめる。
他の工員も一時は視線を弘蔵に集めたが、怪我がないとわかると急いで自分の持ち場の掃除をはじめた。
就業のチャイムが響き渡ると、灯りに集まる虫のように一斉に蛇口に向かう。
弘蔵はいつもいちばんあとだった。
そして工場の前に出て川の流れを見ながら蛇口の空くのを待つ。
しかし、きょうはどういうわけか蛇口で汗を流すこともなく、急ぐように社宅に帰って行った。
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